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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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着替えを終えたルイザは上機嫌だった。
薄いピンクのドレスはシンプルだが上質なもので、伯爵家にいた時にはとても着れない代物だ。輿入れに当たり、側妃として恥ずかしくないものをと作ったものの1つで、袖を通すのはこれが初めてである。
胸元を飾るネックレスは金色のチェーンにペンダントトップにルビーが1つ付いたもの、イヤリングもネックレスと同じルビーが1つついただけでどちらもシンプルなものだが、侍女たちに化粧を施されてすっきり髪を結い上げると、今までに見たことのない品の良い女性が鏡に写っていた。
若い女性が、今まで知らなかった美しさを引き出されて喜ぶのは自然な感情だろう。
ここへたどり着くまでの道のりを思い出すと、薔薇の宮と往復するのにうんざりする気持ちもあった。
だけどその長い距離も、それだけ長くこの姿でいられると思えば喜びになる。それにミザリーと2人で馬車に乗れることも嬉しかった。
本当はイーネと同乗しなければいけないのだと思っていた。
だけどイーネはルイザの希望をあっさりと聞き入れ、後ろの馬車でついてくるという。
これでミザリーと思いっきり話ができる。無口な侍女と2人でいるのは気詰まりだったのだ。
ルイザは嬉々として馬車に乗り込んだ。
イーネにしてみると、束の間の休息を与えただけだった。
締め付けてばかりいるとどこかで爆発するものだ。新生活を始めたばかりなのだから、人目につかない馬車の中なら好きに過ごさせても良い。
実際のところ、この王宮の中でルイザを歓迎している者はいない。
カールは国王の義務として渋々受け入れただけだし、エリザベートの近くでルイの誕生を喜び、成長を見守ったイーネたちも同じ気持ちだ。ルイザの為に新しく雇い入れた者たちも、宮廷と繋がりのある貴族の子息、令嬢たちだ。
国の為に仕方ないと頭ではわかっていても納得しきれない気持ちを抱えていた。
そんな周囲の気持ちを察してルイザを気遣っているのがエリザベートだ。
本当は誰よりも受け入れがたいはずのエリザベートが、ルイザを受け入れるよう周りを促している。
だからイーネたちも、気持ちを飲み込もうと努めているのだ。
貧しい生家で苦しい生活をしていた令嬢が、突然最上級の身分を手に入れ、舞い上がるのは理解できる。
物心ついた時から今の暮らしをしていたわけではなく、災害までは普通の貴族令嬢の暮らしをしていたのだから辛い、惨めな思いもしていただろう。
それでも長女として家や弟妹を守ろうとしているのだ。
王家からの特別講師がついた時に、弟妹にも家庭教師をつけ、学園に通えるようにして欲しいと望んだと聞いている。今は2人に家庭教師がつき、次女は学習が追いつき次第学園に編入する予定だ。長男の方も頑張り次第で正規の年次に入学できるだろう。
希望を叶え、弟妹を助けられたことが万能感に繋がっているのだろうけれど、内情を知らない者からするととんでもなく幸運な令嬢に思えるだろう。
だけど内情を知らなくても正妃のいる相手に嫁ぐのだ。
自分が側妃であることや正妃の気持ちを考えれば、どれほど浮かれていても人前では本心を隠して謙虚に振る舞うものだろう。
ルイザにはそれがない。ルイザは自分の気持ちを操る術を知らず、自分の振る舞いが人の目にどう映るのか考えることもないのだ。
目的の為に教育の不完全な令嬢を望んだのは王家の方だ。
だけどあの無自覚な無邪気さがエリザベートを傷つけなければ良いけれど。
イーネは複雑な気持ちで馬車に乗り込むルイザの背中を見送った。
「ミザリー!聞いてちょうだい!!」
馬車の扉が閉まると同時にルイザは話し出した。
初めて会った国王が肖像画よりずっと精悍で優しそうだったこと。
百合の宮がきらきら輝いていて、どんな宮殿より美しく見えたこと。
両親や弟妹と一緒に選んだ高級家具が並べられた部屋を見た時の感動や信じられないくらい美しく着飾らせてくれた侍女たちの腕の良さ。
今夜迎える初夜への期待まで興奮のままに喋り続けた。
だから気づかなかったのだ。
2人きりになっても尚、不安そうな顔をしているミザリーに。
ルイザより早くここへ来ているミザリーは、歓迎されてないことを肌で感じていた。
王妃には入宮した日に挨拶しただけで、それ以来1度も会っていない。
自分たちを煙たく思っているだろう王妃は、不安を見透かしたように優しく声を掛けてくれた。
他の使用人たちだって、ミザリーにだけ特別キツく当たるようなことはない。イーネは厳しいけれど、それは王宮侍女として相応しくなるように教育してくれているからだ。
だけどおかしくないか?
ミザリーは入宮してから1度も国王の姿を見ていない。
側妃が入るのだから、普通は1度くらい百合の宮の様子を見に来るものじゃないのか。
それにルイザはおかしいと思っていないようだが、百合の宮にあるものはすべてヴィラント伯爵家から運ばれたものなのだ。つまり国王からの贈り物は何一つ届いていない。
ミザリーも貴族の結婚について詳しいわけではないが、普通は新妻を迎えるにあたって何か贈り物を用意するものじゃないのか。
「あの、お嬢様‥‥」
言いかけてミザリーはハッとした。
ルイザはもう私たちのお嬢様ではない。側妃殿下になったのだ。
立場の違いを自覚するよう強く言われていたのに。
「申し訳ありません、妃殿下!」
「良いのよ、気にしないで」
ルイザは鷹揚に笑ってみせた。
本当は昔から親しくしているミザリーに、2人だけの時には気軽く呼ばれても良いと思っていた。
お嬢様は困るが、ルイザ様と名前で呼ばれるのも良いだろう。
だけどルイザは黙っていた。
「妃殿下」という響きが嬉しかったから、もうしばらく聞いていたいと思ったのだ。
薄いピンクのドレスはシンプルだが上質なもので、伯爵家にいた時にはとても着れない代物だ。輿入れに当たり、側妃として恥ずかしくないものをと作ったものの1つで、袖を通すのはこれが初めてである。
胸元を飾るネックレスは金色のチェーンにペンダントトップにルビーが1つ付いたもの、イヤリングもネックレスと同じルビーが1つついただけでどちらもシンプルなものだが、侍女たちに化粧を施されてすっきり髪を結い上げると、今までに見たことのない品の良い女性が鏡に写っていた。
若い女性が、今まで知らなかった美しさを引き出されて喜ぶのは自然な感情だろう。
ここへたどり着くまでの道のりを思い出すと、薔薇の宮と往復するのにうんざりする気持ちもあった。
だけどその長い距離も、それだけ長くこの姿でいられると思えば喜びになる。それにミザリーと2人で馬車に乗れることも嬉しかった。
本当はイーネと同乗しなければいけないのだと思っていた。
だけどイーネはルイザの希望をあっさりと聞き入れ、後ろの馬車でついてくるという。
これでミザリーと思いっきり話ができる。無口な侍女と2人でいるのは気詰まりだったのだ。
ルイザは嬉々として馬車に乗り込んだ。
イーネにしてみると、束の間の休息を与えただけだった。
締め付けてばかりいるとどこかで爆発するものだ。新生活を始めたばかりなのだから、人目につかない馬車の中なら好きに過ごさせても良い。
実際のところ、この王宮の中でルイザを歓迎している者はいない。
カールは国王の義務として渋々受け入れただけだし、エリザベートの近くでルイの誕生を喜び、成長を見守ったイーネたちも同じ気持ちだ。ルイザの為に新しく雇い入れた者たちも、宮廷と繋がりのある貴族の子息、令嬢たちだ。
国の為に仕方ないと頭ではわかっていても納得しきれない気持ちを抱えていた。
そんな周囲の気持ちを察してルイザを気遣っているのがエリザベートだ。
本当は誰よりも受け入れがたいはずのエリザベートが、ルイザを受け入れるよう周りを促している。
だからイーネたちも、気持ちを飲み込もうと努めているのだ。
貧しい生家で苦しい生活をしていた令嬢が、突然最上級の身分を手に入れ、舞い上がるのは理解できる。
物心ついた時から今の暮らしをしていたわけではなく、災害までは普通の貴族令嬢の暮らしをしていたのだから辛い、惨めな思いもしていただろう。
それでも長女として家や弟妹を守ろうとしているのだ。
王家からの特別講師がついた時に、弟妹にも家庭教師をつけ、学園に通えるようにして欲しいと望んだと聞いている。今は2人に家庭教師がつき、次女は学習が追いつき次第学園に編入する予定だ。長男の方も頑張り次第で正規の年次に入学できるだろう。
希望を叶え、弟妹を助けられたことが万能感に繋がっているのだろうけれど、内情を知らない者からするととんでもなく幸運な令嬢に思えるだろう。
だけど内情を知らなくても正妃のいる相手に嫁ぐのだ。
自分が側妃であることや正妃の気持ちを考えれば、どれほど浮かれていても人前では本心を隠して謙虚に振る舞うものだろう。
ルイザにはそれがない。ルイザは自分の気持ちを操る術を知らず、自分の振る舞いが人の目にどう映るのか考えることもないのだ。
目的の為に教育の不完全な令嬢を望んだのは王家の方だ。
だけどあの無自覚な無邪気さがエリザベートを傷つけなければ良いけれど。
イーネは複雑な気持ちで馬車に乗り込むルイザの背中を見送った。
「ミザリー!聞いてちょうだい!!」
馬車の扉が閉まると同時にルイザは話し出した。
初めて会った国王が肖像画よりずっと精悍で優しそうだったこと。
百合の宮がきらきら輝いていて、どんな宮殿より美しく見えたこと。
両親や弟妹と一緒に選んだ高級家具が並べられた部屋を見た時の感動や信じられないくらい美しく着飾らせてくれた侍女たちの腕の良さ。
今夜迎える初夜への期待まで興奮のままに喋り続けた。
だから気づかなかったのだ。
2人きりになっても尚、不安そうな顔をしているミザリーに。
ルイザより早くここへ来ているミザリーは、歓迎されてないことを肌で感じていた。
王妃には入宮した日に挨拶しただけで、それ以来1度も会っていない。
自分たちを煙たく思っているだろう王妃は、不安を見透かしたように優しく声を掛けてくれた。
他の使用人たちだって、ミザリーにだけ特別キツく当たるようなことはない。イーネは厳しいけれど、それは王宮侍女として相応しくなるように教育してくれているからだ。
だけどおかしくないか?
ミザリーは入宮してから1度も国王の姿を見ていない。
側妃が入るのだから、普通は1度くらい百合の宮の様子を見に来るものじゃないのか。
それにルイザはおかしいと思っていないようだが、百合の宮にあるものはすべてヴィラント伯爵家から運ばれたものなのだ。つまり国王からの贈り物は何一つ届いていない。
ミザリーも貴族の結婚について詳しいわけではないが、普通は新妻を迎えるにあたって何か贈り物を用意するものじゃないのか。
「あの、お嬢様‥‥」
言いかけてミザリーはハッとした。
ルイザはもう私たちのお嬢様ではない。側妃殿下になったのだ。
立場の違いを自覚するよう強く言われていたのに。
「申し訳ありません、妃殿下!」
「良いのよ、気にしないで」
ルイザは鷹揚に笑ってみせた。
本当は昔から親しくしているミザリーに、2人だけの時には気軽く呼ばれても良いと思っていた。
お嬢様は困るが、ルイザ様と名前で呼ばれるのも良いだろう。
だけどルイザは黙っていた。
「妃殿下」という響きが嬉しかったから、もうしばらく聞いていたいと思ったのだ。
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