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4章 〜過去 崩れゆく世界〜
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一度も赤子に会いに行かないカールだったが、ギデオンの健康管理は徹底させていた。
今度こそ息子を失うわけにはいかない。
引き続き侍医を百合の宮に待機させて少しの体調変化も見逃さないよう厳命し、毎日提出される報告書を読み込んでいた。
侍医の方でも幼い王子を救えなかったことは大きな傷になっている。
カールに言われるまでもなく毎日熱心に診察していた。
ルイは体が弱くすぐに熱を出す赤子だったが、幸いギデオンは強い子のようで滅多に体調を崩すことはなかった。
侍医たちが手を焼いていたのはルイザの方だ。
産後で安静にしないといけないのに荒れに荒れていた。
「どういうことよ?!陛下はどこ?!何で会いに来ないのよ?!」
「陛下を連れてきて!早く!!早く連れてきなさいよ!!」
「何で来ないの?!王子を産んだのよ?!王子なのよーーーっ!!!」
ベッドの上で髪を振り乱しながら叫び声を上げる。
夜着のままで部屋を飛び出そうとすることもあった。
今まで抑えつけていたものが爆発したのかもしれない。
これまでの経緯を知る侍医たちは同情を寄せつつも何とか宥めようとしていたが、ギデオンが同じ部屋に居ても突然火が付いたように叫び出すので、危なくて同じ部屋に居させることもできなくなっていた。
結果的にギデオンはマクレガー伯爵夫人と子ども部屋に籠もることになり、母親と触れ合うこともできなかった。
侍医は毎日の報告書に「どうか一度だけでも妃殿下と王子殿下に会いに来て下さい」と書いていたが、カールからその返事はなかった。
ギデオンが生まれて10日程経った頃、カールは重臣を執務室に集めて世継ぎの誕生を伝えた。
呼ばれたのはルイザの懐妊を知っている者たちだ。
彼らはカールが百合の宮に呼ばれて戻らなかった日があると知っていた。
これまで側妃が何度会いに来て欲しいと手紙を送ってきても頑なに拒んでいたカールである。そのカールが百合の宮へ向かったというのだから子が生まれたのだろうと予想していた。
気になるのは子の性別である。
だけど本来子の誕生は隠されるものなので、彼らの方から問うことができずにヤキモキしていた。
それが世継ぎとなる王子だと聞いて歓声を上げた。
「おめでとうございます!陛下」
「おめでとうございます!」
「………ありがとう」
ルイザの子の誕生を祝われるのはカールにとって複雑だった。
だけど世継ぎ不在の期間が続き、彼らは不安だったのだろう。
世継ぎの決まっていない国は不安定なものだ。もし今カールが死んだら王位継承争いが起きる。
カールとしてはマクロイド公爵に継がせたいが、公爵は継承権を放棄している。今はもうすっかり萎びれた第二王子がしゃしゃり出てくるだろう。内乱を起こさせようとカールの暗殺を企む国が無いとも言えなかった。
口に出さないだけで同じように不安を抱えている貴族も多いはずだ。
そう思えばギデオンの誕生は意義があり、カールは重要な役目を果たしたのだ。
「名前はギデオンだ。百合の宮で大事に育てられている。きっと丈夫に育つだろう」
その一言で喜びに沸いていた彼らの間にピリッとした空気が流れた。
以前も一度世継ぎを得たが、披露される前に失ったのだ。
誰かが「スペアとなる王子を……」と言い掛けたが、途中で口を噤んだ。
生まれたばかりの王子の命を危ぶむような発言は不敬でしかない。特にカールは二人目を作るつもりはないだろう。
「側妃殿下はまだ産後間もない。もうしばらくは……」と言葉を飲み込んだ。
今度こそ息子を失うわけにはいかない。
引き続き侍医を百合の宮に待機させて少しの体調変化も見逃さないよう厳命し、毎日提出される報告書を読み込んでいた。
侍医の方でも幼い王子を救えなかったことは大きな傷になっている。
カールに言われるまでもなく毎日熱心に診察していた。
ルイは体が弱くすぐに熱を出す赤子だったが、幸いギデオンは強い子のようで滅多に体調を崩すことはなかった。
侍医たちが手を焼いていたのはルイザの方だ。
産後で安静にしないといけないのに荒れに荒れていた。
「どういうことよ?!陛下はどこ?!何で会いに来ないのよ?!」
「陛下を連れてきて!早く!!早く連れてきなさいよ!!」
「何で来ないの?!王子を産んだのよ?!王子なのよーーーっ!!!」
ベッドの上で髪を振り乱しながら叫び声を上げる。
夜着のままで部屋を飛び出そうとすることもあった。
今まで抑えつけていたものが爆発したのかもしれない。
これまでの経緯を知る侍医たちは同情を寄せつつも何とか宥めようとしていたが、ギデオンが同じ部屋に居ても突然火が付いたように叫び出すので、危なくて同じ部屋に居させることもできなくなっていた。
結果的にギデオンはマクレガー伯爵夫人と子ども部屋に籠もることになり、母親と触れ合うこともできなかった。
侍医は毎日の報告書に「どうか一度だけでも妃殿下と王子殿下に会いに来て下さい」と書いていたが、カールからその返事はなかった。
ギデオンが生まれて10日程経った頃、カールは重臣を執務室に集めて世継ぎの誕生を伝えた。
呼ばれたのはルイザの懐妊を知っている者たちだ。
彼らはカールが百合の宮に呼ばれて戻らなかった日があると知っていた。
これまで側妃が何度会いに来て欲しいと手紙を送ってきても頑なに拒んでいたカールである。そのカールが百合の宮へ向かったというのだから子が生まれたのだろうと予想していた。
気になるのは子の性別である。
だけど本来子の誕生は隠されるものなので、彼らの方から問うことができずにヤキモキしていた。
それが世継ぎとなる王子だと聞いて歓声を上げた。
「おめでとうございます!陛下」
「おめでとうございます!」
「………ありがとう」
ルイザの子の誕生を祝われるのはカールにとって複雑だった。
だけど世継ぎ不在の期間が続き、彼らは不安だったのだろう。
世継ぎの決まっていない国は不安定なものだ。もし今カールが死んだら王位継承争いが起きる。
カールとしてはマクロイド公爵に継がせたいが、公爵は継承権を放棄している。今はもうすっかり萎びれた第二王子がしゃしゃり出てくるだろう。内乱を起こさせようとカールの暗殺を企む国が無いとも言えなかった。
口に出さないだけで同じように不安を抱えている貴族も多いはずだ。
そう思えばギデオンの誕生は意義があり、カールは重要な役目を果たしたのだ。
「名前はギデオンだ。百合の宮で大事に育てられている。きっと丈夫に育つだろう」
その一言で喜びに沸いていた彼らの間にピリッとした空気が流れた。
以前も一度世継ぎを得たが、披露される前に失ったのだ。
誰かが「スペアとなる王子を……」と言い掛けたが、途中で口を噤んだ。
生まれたばかりの王子の命を危ぶむような発言は不敬でしかない。特にカールは二人目を作るつもりはないだろう。
「側妃殿下はまだ産後間もない。もうしばらくは……」と言葉を飲み込んだ。
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