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4章 〜過去 崩れゆく世界〜
2 ー 過去 ー
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赤子はギデオンと名付けられた。「強力な戦士」という意味を持つ。
名を決めたのはカールだ。
病に負けずに強く成長して欲しいという意味を込めた。
赤子は百合の宮でルイザやマクレガー伯爵夫人、侍女たちが一丸となって手厚く育てているが、あれからカールは会いに行っていない。
カールの手のひらには赤子の柔らかくて温かい感触がまだ残っているような気がするが、あの愛しさを思い出しそうになる度に手をぎゅっと握って紛れさせた。
王子が生まれたと伝えた時、エリザベートは綺麗な笑みで「おめでとうございます」と言った。
これまでカールに向けたことのない王妃の笑みだ。
多くの国民に愛される慈悲深い笑みのはずなのに、カールは背中にゾクリと悪寒が走るのを感じて身を震わせた。
何か悪いことが起こりそうな予感がする。
「カール様、百合の宮へ行かなくても良いのですか……?」
エリザベートは並んでソファに座るカールに問い掛けた。
カールは息子が生まれたというのが嘘のようにエリザベートの傍にいる。
夜遅くまで執務室に残ることもなくなったし、執務中の短い休憩時間でもエリザベートの様子を見に来ていた。
それはエリザベートの知るカールとあまりに違っていた。
ルイが生まれた時は、カールは片時もルイから離れなかった。
ミルクとおむつを替える時は仕方なく乳母に預けていたが、それ以外の時は常にベビーベッドを覗き込んでルイの仕草ひとつひとつに蕩けそうな笑みを見せていた。
それなのに今のカールは赤子をまったく気に掛けていないように見える。
「良いんだ。ローザは気にしなくて良い」
優しい笑顔でそう応えるカールにエリザベートの胸が痛む。
カールが子ども好きなのはエリザベートが誰より知っていた。
待ち望んでいた息子が生まれたのに、思い切り可愛がれないのはエリザベートに気を遣っているからだ。
エリザベートさえいなければ、今頃あちらで親子三人温かい時間を過ごしているだろう。カールは赤子が泣いても涎まみれの手で触っても気にしない良い父親なのだ。
それなのにカールは一度もエリザベートの前で赤子の話をしない。
本当はエリザベートから話を聞くべきなのはわかっていた。
エリザベートも子ども好きなのは間違いなく、カールの子が気にならないわけがない。
髪の色は何色かしら。
瞳の色は?
カール様に似ているのかしら?
ルイに似ているところはあるのかしら………。
エリザベートは赤子の姿を思い浮かべる。
だけどいつの間にかルイの姿に変わっていた。
「リーザ?どうした?リーザ?!」
いつの間にか焦点の合っていない目で虚空を見つめるエリザベートにカールは慌てて声を掛けた。
だけどエリザベートには聞こえていないようで、返事をすることもこちらを見ることもない。
急に子守唄を歌い出したエリザベートにカールはビクッと身を震わせた。
名を決めたのはカールだ。
病に負けずに強く成長して欲しいという意味を込めた。
赤子は百合の宮でルイザやマクレガー伯爵夫人、侍女たちが一丸となって手厚く育てているが、あれからカールは会いに行っていない。
カールの手のひらには赤子の柔らかくて温かい感触がまだ残っているような気がするが、あの愛しさを思い出しそうになる度に手をぎゅっと握って紛れさせた。
王子が生まれたと伝えた時、エリザベートは綺麗な笑みで「おめでとうございます」と言った。
これまでカールに向けたことのない王妃の笑みだ。
多くの国民に愛される慈悲深い笑みのはずなのに、カールは背中にゾクリと悪寒が走るのを感じて身を震わせた。
何か悪いことが起こりそうな予感がする。
「カール様、百合の宮へ行かなくても良いのですか……?」
エリザベートは並んでソファに座るカールに問い掛けた。
カールは息子が生まれたというのが嘘のようにエリザベートの傍にいる。
夜遅くまで執務室に残ることもなくなったし、執務中の短い休憩時間でもエリザベートの様子を見に来ていた。
それはエリザベートの知るカールとあまりに違っていた。
ルイが生まれた時は、カールは片時もルイから離れなかった。
ミルクとおむつを替える時は仕方なく乳母に預けていたが、それ以外の時は常にベビーベッドを覗き込んでルイの仕草ひとつひとつに蕩けそうな笑みを見せていた。
それなのに今のカールは赤子をまったく気に掛けていないように見える。
「良いんだ。ローザは気にしなくて良い」
優しい笑顔でそう応えるカールにエリザベートの胸が痛む。
カールが子ども好きなのはエリザベートが誰より知っていた。
待ち望んでいた息子が生まれたのに、思い切り可愛がれないのはエリザベートに気を遣っているからだ。
エリザベートさえいなければ、今頃あちらで親子三人温かい時間を過ごしているだろう。カールは赤子が泣いても涎まみれの手で触っても気にしない良い父親なのだ。
それなのにカールは一度もエリザベートの前で赤子の話をしない。
本当はエリザベートから話を聞くべきなのはわかっていた。
エリザベートも子ども好きなのは間違いなく、カールの子が気にならないわけがない。
髪の色は何色かしら。
瞳の色は?
カール様に似ているのかしら?
ルイに似ているところはあるのかしら………。
エリザベートは赤子の姿を思い浮かべる。
だけどいつの間にかルイの姿に変わっていた。
「リーザ?どうした?リーザ?!」
いつの間にか焦点の合っていない目で虚空を見つめるエリザベートにカールは慌てて声を掛けた。
だけどエリザベートには聞こえていないようで、返事をすることもこちらを見ることもない。
急に子守唄を歌い出したエリザベートにカールはビクッと身を震わせた。
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