影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

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4章 〜過去 崩れゆく世界〜

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 カールがギデオンを避けていてもどうしても外せない子どもの為の儀式がある。
 特に王家の子どもにとって風習通りに儀式を行うのは重要なことだ。行われていないと王子としての正当性を疑われることになりかねない。
 カールはマクレガー伯爵夫人から王子を初めて沐浴させる「御湯の儀式」はどうするのかという手紙を受け取り、これ以上逃げられないことを悟った。
 ギデオンはマクレガー伯爵夫人に体を拭かれているが、「御湯の儀式」をしていないので生まれて10日経っても沐浴をできていないのだ。

 カールは悩んだ挙げ句、明日の夜「御湯の儀式」を行うと返事を出した。
 儀式の準備だけは生まれる前から進めさせていたのでカールが指示さえ出せばいつでも行えるようになっている。



 カールが明日百合の宮へ来るというのはイーネからルイザに知らされた。

「明日の夜、陛下が御湯の儀式の為にこちらへいらっしゃいます。妃殿下も同席されるのですから体調を整えなければいけないでしょう」

「え?!陛下がいらっしゃるの?!」

 ベッドの中でぼんやりしていたルイザはイーネの言葉に声を上げた。
 今日も朝から一騒ぎした後貧血を起こして倒れたのだ。体調が回復しているとはとても言えず、顔色も青白い。

「はい。明日は御湯の儀式ですが、これから先五十いかの祝いや洗礼もございます。しっかりなさらなければなりません」

 五十いかの祝いは子が生まれて50日目に行われる初めて食事を食べる日だ。勿論本当に何かを食べるわけではなく、口元まで持っていって食べさせる真似事をするだけだが、この子が今後一生食べるのに苦労しないようにという願い込められている。洗礼は教会で神の信者になる為に必要な儀式だ。
 どの儀式も当然両親が揃って行われる。

「大変!急いで準備をしなきゃ!!陛下がいらっしゃるのにこんな姿は見せられないわ!!」

「御湯の儀式の準備は既に終わっていますのでご安心下さい。ですが痩せられましたので用意したドレスはサイズが合わないかもしれませんね」

 御湯の儀式に必要なのは沐浴の為の新しい桶と清潔で大きなタオル、沐浴の後に着させる白い肌着と夜着だけだ。
 カールの指示を受けてイーネがどれも手配している。桶は杉の産地として有名な領地で優秀な職人に作らせたし、タオルも絹織物で有名な領地の商人に直接注文をして届けさせた。肌着も夜着も最高級のものだ。

 ただ御湯の儀式で沐浴されるのは乳母の役目で、両親はその様子を見守るしかない。
 だから豪華なドレスは必要なく、むしろ清潔感があり清楚に見える白っぽいドレスが良いとされている。
 イーネはルイザの為に締め付ける必要のないベージュのワンピースドレスを用意していた。

「そう、ドレスが……。困ったわ………」

 ルイザは青白い顔を更に青ざめさせた。
 サイズの合わないブカブカのドレスなんて着ていたらみっともない思われるだろう。
 カールの気を引かないといけないのにこれ以上おかしな姿を見せるわけにはいかない。出産してから肌の手入れもしていないのでボロボロで見苦しいに違いない。

 そんなルイザの気持ちがイーネにはわかっていた。
 だけど表情を変えることなくルイザが今やるべきことを告げる。

「妃殿下が今やるべきことはきちんと休まれることです。少しでも体を回復させないと体力が保ちませんよ」

 体力が戻っていれば朝の内にドレスを試着して詰めることもできるかもしれない。
 休憩を挟みながらじっくり入浴をして肌を磨き上げることも、しっかり化粧を施して目の下の隈や青白い頬を隠すこともできるかもしれない。
 それらはすべてルイザの体調次第で、最悪の場合儀式の途中で退出することになるかもしれないのだ。その場合、サイズの合わないドレスや乾燥した肌より悪い印象を残すことになる。

「………わかったわ。今日はもう大人しくしているわ」

 ルイザは焦る気持ちを抑えて目を閉じた。
 出産後、ルイザがゆっくり休んだのはこの日が初めてだった。





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