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4章 〜過去 崩れゆく世界〜
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エリザベートが聞こえないはずの赤ちゃんの泣き声を聞いているという話は当然カールにも伝えられた。
エリザベートは「不思議よね?」と笑っているが、そんな軽々しいものではない。カールはすぐに侍医へ相談したが、侍医の診断はストレスに因るもの。
ストレスの原因はわかりきっているだけに、カールも侍医も何も言えずに俯いた。
エリザベートの夢に出てくるルイは、生まれたての赤ちゃんだったりよちよちと歩き回る幼子だったり4歳になる手前の亡くなる直前の姿だったりまちまちだ。
だけどエリザベートはいくつのルイでも違和感なく受け入れた。
そしてルイはいくつの時でも全力でエリザベートを愛し、甘えてくれる。
「おかしゃま、えほんよんで」
「良いわよ。お膝にいらっしゃい」
嬉しそうに駆け寄り、エリザベートの膝にちょこんと座ったルイは甘い香りがして、膝に感じる重みも心地よい。
ページをめくる度に出てきた絵を指さしながら「わんわん」「にゃんにゃん」「ぞうしゃん」「きりんしゃん」と教えてくれる声も可愛くて、お語しがちっとも先に進まなくてもエリザベートは幸せに包まれていた。
目が覚めるとそんな幸せは闇の向こうへ消えてしまう。
淋しくて苦しくて子ども部屋へ行ってみても、整然とした部屋が余計に淋しさを募らえた。
もう絵本や玩具を広げて遊ぶ部屋の主はいないのだ。
「リーザ!リーザ、どうした?!」
子ども部屋の扉を開けたまま蹲って泣くエリザベートにカールが走ってくる。
エリザベートは夢と現実の区別がつかない時があるのでいつも先に起きるようにしているが、カールも深く眠ってしまう時がある。ふと目が覚めて、隣にエリザベートがいないことに気づいたカールは慌てて寝室を飛び出したのだ。
「ルイ……っ!ルイがいないの。あの子が……っ」
体を震わせ嗚咽を漏らすエリザベートをカールは抱き締めることしかできなかった。
その日は気持ちの良い天気だった。
外で昼食を食べることに決めたエリザベートたちは、庭園にある大きな樹の下にシートを敷いてランチボックスを広げる。
いつもと気分が違うからか、ルイは普段嫌がる胡瓜もパクパク食べた。
食事を終えるとカールはシートの上にごろんと横になる。いつも遅くまで執務をしているので疲れているのだろう。暖かいので風邪をひく心配はない。
「おとしゃま、おひるね?」
「疲れていらっしゃるのよ。少し眠らせてあげましょうね」
エリザベートがそう言うとルイは素直に頷いた。
しばらくすると庭園を駆けまわりながらどんぐりを拾っていたルイが、戻ってきてエリザベートの手を引く。
「ねえ、おかしゃま、あっち!」
「ちょっと待って、ルイちゃん。靴を履かないと……」
エリザベートは立ち上がり靴を履こうとするが、ルイは待ちきれないようだ。
「おかしゃま、はやくぅ!」と手を引っ張っていたが、その内手を離して走っていってしまった。
「待ってちょうだい、ルイちゃん。待って!」
エリザベートは慌てて追いかける。
急いで追いかけたのにルイの姿は見えなくなってしまった。
「ルイちゃん!どこにいるの?!ルイちゃん!!」
「リーザ!しっかりしろ!リーザ!!」
カールの大きな声にエリザベートはハッと気がついた。
昼下がりの庭園にいたはずなのに、辺りは真っ暗だ。
「ここは……?」
「回廊だよ。庭園に出ようとしていたんだ」
カールはいつものようにエリザベートと一緒に眠りについた。
眠っている間にエリザベートが起き出して、寝室から出ていってしまったのだ。ハッと目が覚めた時、エリザベートがいないことに気づいたカールは青くなった。
これまでエリザベートが起き出していたのは起床時間とほとんど変わりない時間だった。それなのに今はまだ夜中の3時頃で外は真っ暗である。
寝室を飛び出したカールは夜番の侍女や騎士と一緒に薔薇の宮中を探していたのだ。
「庭園……。そうよ!ルイちゃん!!」
「リーザ!!」
外に飛び出そうとするエリザベートをカールが慌てて抱き止める。
エリザベートは寝た時の姿のままで靴も履いていないのだ。
「離して!ルイが待っているの!早く行ってあげなきゃ!」
「ルイはいない!もういないんだ……」
「嘘よ!ちゃんといたわ!私の手を引っ張って……」
腕から抜け出そうと藻掻くエリザベートをカールは強く抱き締める。
ルイを探しに行こうと暴れていたエリザベートも次第に現実を思い出し、全身から力が抜けたように崩れ落ちた。
「嘘よ、うそ……っ」
回廊に備え付けられた灯籠の薄明かりの中、エリザベートの泣き声が響き渡る。
声を聞きつけて集まってきた侍女や騎士たちも沈痛な面持ちで視線を伏せた。
エリザベートは「不思議よね?」と笑っているが、そんな軽々しいものではない。カールはすぐに侍医へ相談したが、侍医の診断はストレスに因るもの。
ストレスの原因はわかりきっているだけに、カールも侍医も何も言えずに俯いた。
エリザベートの夢に出てくるルイは、生まれたての赤ちゃんだったりよちよちと歩き回る幼子だったり4歳になる手前の亡くなる直前の姿だったりまちまちだ。
だけどエリザベートはいくつのルイでも違和感なく受け入れた。
そしてルイはいくつの時でも全力でエリザベートを愛し、甘えてくれる。
「おかしゃま、えほんよんで」
「良いわよ。お膝にいらっしゃい」
嬉しそうに駆け寄り、エリザベートの膝にちょこんと座ったルイは甘い香りがして、膝に感じる重みも心地よい。
ページをめくる度に出てきた絵を指さしながら「わんわん」「にゃんにゃん」「ぞうしゃん」「きりんしゃん」と教えてくれる声も可愛くて、お語しがちっとも先に進まなくてもエリザベートは幸せに包まれていた。
目が覚めるとそんな幸せは闇の向こうへ消えてしまう。
淋しくて苦しくて子ども部屋へ行ってみても、整然とした部屋が余計に淋しさを募らえた。
もう絵本や玩具を広げて遊ぶ部屋の主はいないのだ。
「リーザ!リーザ、どうした?!」
子ども部屋の扉を開けたまま蹲って泣くエリザベートにカールが走ってくる。
エリザベートは夢と現実の区別がつかない時があるのでいつも先に起きるようにしているが、カールも深く眠ってしまう時がある。ふと目が覚めて、隣にエリザベートがいないことに気づいたカールは慌てて寝室を飛び出したのだ。
「ルイ……っ!ルイがいないの。あの子が……っ」
体を震わせ嗚咽を漏らすエリザベートをカールは抱き締めることしかできなかった。
その日は気持ちの良い天気だった。
外で昼食を食べることに決めたエリザベートたちは、庭園にある大きな樹の下にシートを敷いてランチボックスを広げる。
いつもと気分が違うからか、ルイは普段嫌がる胡瓜もパクパク食べた。
食事を終えるとカールはシートの上にごろんと横になる。いつも遅くまで執務をしているので疲れているのだろう。暖かいので風邪をひく心配はない。
「おとしゃま、おひるね?」
「疲れていらっしゃるのよ。少し眠らせてあげましょうね」
エリザベートがそう言うとルイは素直に頷いた。
しばらくすると庭園を駆けまわりながらどんぐりを拾っていたルイが、戻ってきてエリザベートの手を引く。
「ねえ、おかしゃま、あっち!」
「ちょっと待って、ルイちゃん。靴を履かないと……」
エリザベートは立ち上がり靴を履こうとするが、ルイは待ちきれないようだ。
「おかしゃま、はやくぅ!」と手を引っ張っていたが、その内手を離して走っていってしまった。
「待ってちょうだい、ルイちゃん。待って!」
エリザベートは慌てて追いかける。
急いで追いかけたのにルイの姿は見えなくなってしまった。
「ルイちゃん!どこにいるの?!ルイちゃん!!」
「リーザ!しっかりしろ!リーザ!!」
カールの大きな声にエリザベートはハッと気がついた。
昼下がりの庭園にいたはずなのに、辺りは真っ暗だ。
「ここは……?」
「回廊だよ。庭園に出ようとしていたんだ」
カールはいつものようにエリザベートと一緒に眠りについた。
眠っている間にエリザベートが起き出して、寝室から出ていってしまったのだ。ハッと目が覚めた時、エリザベートがいないことに気づいたカールは青くなった。
これまでエリザベートが起き出していたのは起床時間とほとんど変わりない時間だった。それなのに今はまだ夜中の3時頃で外は真っ暗である。
寝室を飛び出したカールは夜番の侍女や騎士と一緒に薔薇の宮中を探していたのだ。
「庭園……。そうよ!ルイちゃん!!」
「リーザ!!」
外に飛び出そうとするエリザベートをカールが慌てて抱き止める。
エリザベートは寝た時の姿のままで靴も履いていないのだ。
「離して!ルイが待っているの!早く行ってあげなきゃ!」
「ルイはいない!もういないんだ……」
「嘘よ!ちゃんといたわ!私の手を引っ張って……」
腕から抜け出そうと藻掻くエリザベートをカールは強く抱き締める。
ルイを探しに行こうと暴れていたエリザベートも次第に現実を思い出し、全身から力が抜けたように崩れ落ちた。
「嘘よ、うそ……っ」
回廊に備え付けられた灯籠の薄明かりの中、エリザベートの泣き声が響き渡る。
声を聞きつけて集まってきた侍女や騎士たちも沈痛な面持ちで視線を伏せた。
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