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侯爵がわたしの部屋にやってきた
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「コンコン」
扉が控えめにノックされた。
「マヤ、起きていますか? マックです。入ってもいいでしょうか?」
「こ、侯爵閣下?」
扉の向こうから謙虚に尋ねてきたのは、侯爵だった。おもわず、飛び起きていた。
サンドリーヌだったら、そのままの姿勢で「勝手にして」とか言ったのに。
「ちょちょちょっ、ちょっと待ってください。まだ寝台でゴロゴロしていたのです」
「そのままでかまいません。今日一日、寝台でゴロゴロしている方がいい」
彼は、甘く誘ってくる。
「一日ゴロゴロしている方がいい」だなんて、どれだけわたしを誘惑するの? って問いたくなる。
上掛けに潜り込んだタイミングで、侯爵が入ってきた。
上掛けから顔だけだし、偽りの夫が寝台の横に椅子をひっぱってきてそれに座るのをジッと見つめる。
あいかわらず美しすぎる夫。それなのに、わたしはあいかわらずボサーッとしている。
(宰相はわたしのことを『ちんちくりん』と言っていたけれど、あたらずとも遠からずといったところかしら)
わたしたちは、契約上においてでも不釣り合いな夫婦だとあらためて実感する。
「マヤ、よく眠れましたか? ああ、尋ねるまでもないようですね」
彼は、苦笑した。
ずっと寝台にいるのである。よく眠れなかったわけはない。
「マヤ。その、昨日はほんとうにケガはなかったのですね? 一夜を経て、痛むところはありませんか?」
「そういえば、筋肉痛っぽい気はします。昨日、全力で走りましたから。ですが、あなたが心配しているような、殴られたり蹴られたりしたというような痛みはありません」
「ほんとうによかった。迎えに行くのが遅くなり、申し訳ありませんでした」
彼は、頭を下げた。
彼は、どうしてこんなに謙虚なのだろう。
いまさらながら疑問に思う。
「侯爵閣下、離縁して下さい」
「はあ?」
自分でも驚いた。
どうしてこんな言葉が口から飛び出したのか、まったく理解出来ない。
彼は、めちゃくちゃびっくりしている。
それはそうよね。わたし自身、驚いているのだから。
(ここはふつう、お礼を言うところよね? あるいは、『助けに来てくれてうれしかったわ』とか言うわよね? それなのに、どうして離縁を迫るわけ? ああ、そうか。いつもの癖ね。ふたりきりになると問わずにはいられない、という習性みたいなものなのよ)
だとすると、わたしは病んでいるのかもしれない。
「離縁したい病」に。
たしかにそうなんだけど。
苦笑してしまった。
「わたしは、どうも複雑な感じがするのです。あなたに迷惑をかけてしまうでしょう。というか、すでに大迷惑をかけてしまっていますね。とにかく、宰相はこのまま黙ってはいない気がします。あなたにこれ以上迷惑をかけない為に、いますぐ離縁して下さい。これは、いままで以上に望んでいることです」
いっきに説明した。
(そうだったのね。わたしってえらい。じつは、離縁したい理由がちゃんとあったのよ)
自分の説明に自分で納得する謎さ。
「マヤ、お断りします」
彼の美貌にいつものやわらかい笑みが浮かんだかと思うと、いつものようにやわらかく拒否された。
「どうしてですか? あなたはほんとうに愛するレディを連れてきたではないですか? って、その愛するレディは? 彼女こそ大丈夫なのですか? わたしを逃す為に囮になってくれたのです。って彼女、ごろつきどもを蹴ったりしていましたが、あなたの愛するレディはいったい何者なのです?」
ミレーヌのことである。
彼女は、わたしなどよりよほど体のどこかを痛めているに違いない。
彼女は、昨日ここに帰ってきたときにはピンピンしていた。だけど、それもガマンしていたとか装っていたのかもしれない。
「えっ、いったいだれのことを言っているのです?」
彼は、心底驚いたような表情をしている。
「だれのことって……。ですから、あなたの愛するレディのことですよ」
バネが跳ね上がるように上半身をピョコンと起こし、彼の美貌に自分の寝起きの顔を近づけた。
扉が控えめにノックされた。
「マヤ、起きていますか? マックです。入ってもいいでしょうか?」
「こ、侯爵閣下?」
扉の向こうから謙虚に尋ねてきたのは、侯爵だった。おもわず、飛び起きていた。
サンドリーヌだったら、そのままの姿勢で「勝手にして」とか言ったのに。
「ちょちょちょっ、ちょっと待ってください。まだ寝台でゴロゴロしていたのです」
「そのままでかまいません。今日一日、寝台でゴロゴロしている方がいい」
彼は、甘く誘ってくる。
「一日ゴロゴロしている方がいい」だなんて、どれだけわたしを誘惑するの? って問いたくなる。
上掛けに潜り込んだタイミングで、侯爵が入ってきた。
上掛けから顔だけだし、偽りの夫が寝台の横に椅子をひっぱってきてそれに座るのをジッと見つめる。
あいかわらず美しすぎる夫。それなのに、わたしはあいかわらずボサーッとしている。
(宰相はわたしのことを『ちんちくりん』と言っていたけれど、あたらずとも遠からずといったところかしら)
わたしたちは、契約上においてでも不釣り合いな夫婦だとあらためて実感する。
「マヤ、よく眠れましたか? ああ、尋ねるまでもないようですね」
彼は、苦笑した。
ずっと寝台にいるのである。よく眠れなかったわけはない。
「マヤ。その、昨日はほんとうにケガはなかったのですね? 一夜を経て、痛むところはありませんか?」
「そういえば、筋肉痛っぽい気はします。昨日、全力で走りましたから。ですが、あなたが心配しているような、殴られたり蹴られたりしたというような痛みはありません」
「ほんとうによかった。迎えに行くのが遅くなり、申し訳ありませんでした」
彼は、頭を下げた。
彼は、どうしてこんなに謙虚なのだろう。
いまさらながら疑問に思う。
「侯爵閣下、離縁して下さい」
「はあ?」
自分でも驚いた。
どうしてこんな言葉が口から飛び出したのか、まったく理解出来ない。
彼は、めちゃくちゃびっくりしている。
それはそうよね。わたし自身、驚いているのだから。
(ここはふつう、お礼を言うところよね? あるいは、『助けに来てくれてうれしかったわ』とか言うわよね? それなのに、どうして離縁を迫るわけ? ああ、そうか。いつもの癖ね。ふたりきりになると問わずにはいられない、という習性みたいなものなのよ)
だとすると、わたしは病んでいるのかもしれない。
「離縁したい病」に。
たしかにそうなんだけど。
苦笑してしまった。
「わたしは、どうも複雑な感じがするのです。あなたに迷惑をかけてしまうでしょう。というか、すでに大迷惑をかけてしまっていますね。とにかく、宰相はこのまま黙ってはいない気がします。あなたにこれ以上迷惑をかけない為に、いますぐ離縁して下さい。これは、いままで以上に望んでいることです」
いっきに説明した。
(そうだったのね。わたしってえらい。じつは、離縁したい理由がちゃんとあったのよ)
自分の説明に自分で納得する謎さ。
「マヤ、お断りします」
彼の美貌にいつものやわらかい笑みが浮かんだかと思うと、いつものようにやわらかく拒否された。
「どうしてですか? あなたはほんとうに愛するレディを連れてきたではないですか? って、その愛するレディは? 彼女こそ大丈夫なのですか? わたしを逃す為に囮になってくれたのです。って彼女、ごろつきどもを蹴ったりしていましたが、あなたの愛するレディはいったい何者なのです?」
ミレーヌのことである。
彼女は、わたしなどよりよほど体のどこかを痛めているに違いない。
彼女は、昨日ここに帰ってきたときにはピンピンしていた。だけど、それもガマンしていたとか装っていたのかもしれない。
「えっ、いったいだれのことを言っているのです?」
彼は、心底驚いたような表情をしている。
「だれのことって……。ですから、あなたの愛するレディのことですよ」
バネが跳ね上がるように上半身をピョコンと起こし、彼の美貌に自分の寝起きの顔を近づけた。
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