「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた

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 そのあと、司祭様がわたしと話がしたいと言っていたらしいけれど、体調が悪いからと断ってもらった。

 この夜、意外にも眠れた。ドキドキはしていたけれど、寝台に入ったらほとんどすぐに眠れた。もともと寝つきがいいのと、忙しすぎて疲れているというのもある。

 が、夢をみた。それは、まだわたしがこの国に人質としてやって来たばかりの頃にみた夢と同じ夢である。

 この国と祖国が戦争になり、優勢だったこの国の将軍たちが脅しにきた。わたしは、そこで即座に人質に差し出された。人質としてやってきたばかりの頃、そのときの場面を毎日のように夢でみていた。けれど月日とともにそれもみなくなり、王宮から逃げてからはいっさいみなくなっていた。

 それなのに、突然またあのときの夢をみたのだ。

 鮮明に覚えているその夢をみたのは、偶然であるとは思えなかった。

 そして、その夢にでてきた人物のことが気になった。以前みていたときには、その人物は舞台でいうところのチョイ役だった。しかし、いまみたばかりの夢では、その存在感はおおきくなっていた。

 そんな調子で朝を迎えたものだから、朝からいつもと様子が違った。

 ケンだけでなく、ジョーイとライラにも心配をかけてしまった。

 この日、「満腹亭」が定休日でよかった。 



「満腹亭」が定休日のこの日、ジョーイとライラは遠くの町で催されている定期市に買い出しに行った。ケンは、もちろん学校である。

 朝から掃除や洗濯や庭いじりをすることで、昨夜のことを頭から追い払おうとした。それから、夢のことも。しかし、ついつい思い出したり考えてしまう。

 上の空でとはいうものの、朝一番から動いていたこともあり、ランチタイムまでまだ大分とある頃にはすべての用事が終わってしまった。

「そうだ。教会の図書室に本を返しに行かなくては」

 そして、また違う本を借りたい。

 とはいえ、ちいさな図書室にある本の数は多くはない。ほとんど読みつくしていて、二度三度と借りている本もすくなくない。

「そうね。逃げてばかりじゃダメ」

 昨夜のケンの話では、例の青年はしばらく滞在しているという。

「ランチを持っていかないと」

「満腹亭」では、学校のランチを提供することがある。いつもは、ジョーイとライラと三人で作っている。しかし、定休日はふたりは買い出しに行くので、ひとりでサンドイッチを作って持って行くことにしている。

 というわけで、サンドイッチを手早く作った。

「わたしも立派になったものね」

 出来上がった大量のサンドイッチを見まわし、自分で自分を褒めておいた。

 それから、三つのバスケットにサンドイッチやフルーツを詰め込み、教会へと向かう。

 
 教会に近づくにつれ、子どもたちの歓声が聞こえてくる。

 教会前の広場で、子どもたちが棒切れを振りまわしている。その中心にいるのは、昨夜の青年である。

 青年は、陽光の下で昨夜以上に輝いている。キラキラと輝く彼は、最高にカッコいい。

 祖国でもこの国の王都でも、もちろんこの辺りでも、彼ほどカッコいい男性を見かけたことはない。

 と思っている間に、またしても胸がドキドキしはじめた。

「母さんっ!」

 ケンの可愛らしい声が耳に飛び込んで来るまで、ボーっと立ち尽くしていたらしい。

 ケンと子どもたちだけでなく、青年と司祭様もすぐ近くまでやって来ていた。

「やあ、マコ」

 司祭様は、白髪で渋カッコいい。司祭服が最高に似合っている。というか、この世に存在する全司祭服が、司祭様用に作られているみたいである。

 その司祭様のやさしい笑みに、やっと青年から気をそらすことができた。

「司祭様、こんにちは。本を返しにきました。もちろん、ランチ持参です。ああっ!」

 ランチは持ってきたけれど、かんじんの本を持ってくるのを忘れていることに気がついた。

「本、忘れてしまいました」
「マコ、本はいつでもいいんだよ。それよりも、いつもランチをありがとう。ほら、みんな。ランチを運んでくれ。ランチタイムにしよう」
「はい」

 ケンを中心に子どもたちがバスケットを受け取り、運んでくれた。

「もう大丈夫なのか?」
「え?」

 司祭様に顔をのぞきこまれ、ハタと思いだした。

「は、はい。昨夜は失礼いたしました」

 慌てて昨夜の非礼を詫びた。

「それならば、あらためて紹介しよう。マコ、彼はルーカス・ジェファーソン。彼は、ある人を捜していてね。情報をもとに、このレイクウッドにやってきた。じつは、彼はわたしの名付け子なのだよ。ルーカス、この可愛らしいレディがマコだよ」

 司祭様の言ったことで、ルーカスが捜しているのがわたしだと直感した。

(ジェファーソンという家名、聞いたことがある)

(そうだ。三大公爵家筆頭ね。ということは、彼は陛下の……)

 すぐに思い出した。

 たしかジャファーソン公爵家子息のひとりは王家の養子になる、というしきたりがあったはずだ、と。

「レディ、はじめまして。ルーカス・ジェファーソンです。その、もう大丈夫なのですか?」

 言葉とともに差し出された手。

 ドキドキは、いまやバクバクへとかわっている。それこそ、心臓がどうにかなってしまっていそう。それどころか、いまにも止まってしまいそうで恐怖さえ覚えてしまう。

 彼の容姿にドキドキバクバクしているわけではない。

 分厚く節くれだった手を、見たことがあるからである。手、だけではない。彼の声に聞き覚えがあるからでもある。

 目の前のルーカスと会ったことがある。

 たしかに、彼と会ったことがある。

「マコ・ジェニングズです」

 差し出された手を握った。

 握った瞬間、偽名を使わなくてよかったと自分の判断を褒めたくなった。

 なぜなら、彼がわたしのことを知っていると気がついたからだ。そして、わたしも彼を知っていると気がついたから。

 やはり、わたしはルーカスと会っていたのだ。

 それは、この国の王都で名ばかりの王妃をしていたときではない。祖国にいたときのことだ。

 ルーカスとは、祖国の宮殿で会ったのだ。

 彼は、祖国に攻め入ってきてわたしを人質に差し出すよう、国王であるわたしの父を脅した将校のひとりだ。

 そして、あっさり人質に差し出したわたしに手を差しだし、気遣ってくれた唯一の人。

(あのとき、彼は最年少の将校だった。そして、仮面を装着していた。だからこそ顔を見てもわからなかったけれど、違和感があったのね)

 納得している場合ではないけれど、納得してしまった。

「マコ。ルーカスは、きみを捜してここにやって来たのだよ」

 司祭様が静かに告げた。

 その司祭様に、承知していると頷いてみせる。

 胸のバクバクは、いまはもうおさまっている。

「母さん?」

 バスケットを運んで戻ってきたケンは、わたしたちの様子に違和感を覚えたようだ。

「さあ、ケン。ランチにしよう。みんなといっしょに手を洗ってきなさい」
「はい、司祭様」

 ケンが走り去ると、話しはあとでという暗黙の了解でわたしたちも歩きはじめた。


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