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「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」
その日、形ばかりの夫である国王陛下から言い渡された。
陛下は、大国の国王。そして、わたしはその大国に人質としてやってきた小国の王女。いえ、王女だった。
残念ながら、祖国はわたしを見捨てた。訂正。祖国ではない。拒否や抵抗することなく、ためらいもなく、わたしを人質に差し出した国王のお父様と正妃のお母様。ふたりは、わたしを人質に差し出したときと同じようになんのためらいもうしろめたさもなく、条約を破った。
その結果、彼らは滅んだ。
人質であるわたしではなく、人質を差し出した彼らは悲惨な末路を迎えることになった。
形ばかりの夫である陛下は、わたしより年上だった。それこそ、親子ほど年齢が離れていた。それは、年齢だけではない。肉体的にも精神的にも離れていた。
正妃を亡くした彼には、その正妃との間に後継ぎがいた。ふたりの王子である。それから、この国のしきたりかなにかで、公爵家から養子をもらっていてその王子がいる。だから、陛下は後継者に不自由はない。そして、陛下は亡くなった正妃を愛しすぎている。いまだに忘れられないでいる。だから、彼はこれまでさらなる正妃を迎えようとはしなかった。側妃でさえ、迎えなかった。
そんな陛下のもとに、人質花嫁としてニ十歳以上年齢が下のわたしがやってきたのだ。
彼がわたしにたいして興味や関心を抱くはずもない。
当然、放っておかれた。公式の行事の際、彼の横にちょこんと立ったり座ったりする程度。
そんなこれみよがしの正妃なものだから、王宮でのわたしの扱いはとにかくひどかった。人質だから、仕方がない。そうそうに諦め、割り切った。
王族や家臣や貴族たちからはいない者として扱われ、侍女や執事からは下っ端として扱われた。
与えられた部屋は、いまは使われなくなった折檻部屋。大昔、聞きわけが悪かったりおおきなヘマをした使用人を閉じ込めていた部屋で、窓ひとつなく湿気の多い部屋だった。
それでも耐えることができたのは、雨露をしのげて食べる物があったから。調理場での手伝いの際、おこぼれをあずかることができたから。
人間、どのような環境や状況にあっても、食べることと眠ることができれば生きていける。
だから、当時のわたしはがんばれた。
そして、もうひとつ。
わたしに関心も興味がなく、愛情を含めてなんの情もない陛下がいたから。それから、祖国で結果的にに家族から救ってくれた将校がいたから。このふたりの存在が、わたしに死んではならない。かろうじてでも生きるべきだとがんばらせてくれた。
陛下は、わたしに関心や興味がないとはいえ公式の場ではきちんとエスコートしてくれる。そのときにみせる彼のやさしさと笑顔が、すごく素敵だった。
家族に見捨てられ、孤独で子どもだったわたしは、そんな陛下に憧れた。
いまにして思えば、ほんとうに子どもだった。精神的に、である。
そんな子どものわたしには、陛下から極秘に言い渡された内容が行使される七日の間にぜったいにしたいことがあった。
そして、それを実行に移した。
あんな無謀で無茶で、なにより無益なことは、あとにもさきにもあれ一回のことだろう。
それほどのことだった。
しかし、当時のわたしには、あれがすべてだった。そう。あれこそがわたしの一生の宝物になると信じていた。
そして、それはある意味正解だった。
そう。ある意味では、一生の宝物になった。
宝物になった、という表現はおかしいかもしれない。
宝物を得ることができた、と表現すべきだろう。
その日、形ばかりの夫である国王陛下から言い渡された。
陛下は、大国の国王。そして、わたしはその大国に人質としてやってきた小国の王女。いえ、王女だった。
残念ながら、祖国はわたしを見捨てた。訂正。祖国ではない。拒否や抵抗することなく、ためらいもなく、わたしを人質に差し出した国王のお父様と正妃のお母様。ふたりは、わたしを人質に差し出したときと同じようになんのためらいもうしろめたさもなく、条約を破った。
その結果、彼らは滅んだ。
人質であるわたしではなく、人質を差し出した彼らは悲惨な末路を迎えることになった。
形ばかりの夫である陛下は、わたしより年上だった。それこそ、親子ほど年齢が離れていた。それは、年齢だけではない。肉体的にも精神的にも離れていた。
正妃を亡くした彼には、その正妃との間に後継ぎがいた。ふたりの王子である。それから、この国のしきたりかなにかで、公爵家から養子をもらっていてその王子がいる。だから、陛下は後継者に不自由はない。そして、陛下は亡くなった正妃を愛しすぎている。いまだに忘れられないでいる。だから、彼はこれまでさらなる正妃を迎えようとはしなかった。側妃でさえ、迎えなかった。
そんな陛下のもとに、人質花嫁としてニ十歳以上年齢が下のわたしがやってきたのだ。
彼がわたしにたいして興味や関心を抱くはずもない。
当然、放っておかれた。公式の行事の際、彼の横にちょこんと立ったり座ったりする程度。
そんなこれみよがしの正妃なものだから、王宮でのわたしの扱いはとにかくひどかった。人質だから、仕方がない。そうそうに諦め、割り切った。
王族や家臣や貴族たちからはいない者として扱われ、侍女や執事からは下っ端として扱われた。
与えられた部屋は、いまは使われなくなった折檻部屋。大昔、聞きわけが悪かったりおおきなヘマをした使用人を閉じ込めていた部屋で、窓ひとつなく湿気の多い部屋だった。
それでも耐えることができたのは、雨露をしのげて食べる物があったから。調理場での手伝いの際、おこぼれをあずかることができたから。
人間、どのような環境や状況にあっても、食べることと眠ることができれば生きていける。
だから、当時のわたしはがんばれた。
そして、もうひとつ。
わたしに関心も興味がなく、愛情を含めてなんの情もない陛下がいたから。それから、祖国で結果的にに家族から救ってくれた将校がいたから。このふたりの存在が、わたしに死んではならない。かろうじてでも生きるべきだとがんばらせてくれた。
陛下は、わたしに関心や興味がないとはいえ公式の場ではきちんとエスコートしてくれる。そのときにみせる彼のやさしさと笑顔が、すごく素敵だった。
家族に見捨てられ、孤独で子どもだったわたしは、そんな陛下に憧れた。
いまにして思えば、ほんとうに子どもだった。精神的に、である。
そんな子どものわたしには、陛下から極秘に言い渡された内容が行使される七日の間にぜったいにしたいことがあった。
そして、それを実行に移した。
あんな無謀で無茶で、なにより無益なことは、あとにもさきにもあれ一回のことだろう。
それほどのことだった。
しかし、当時のわたしには、あれがすべてだった。そう。あれこそがわたしの一生の宝物になると信じていた。
そして、それはある意味正解だった。
そう。ある意味では、一生の宝物になった。
宝物になった、という表現はおかしいかもしれない。
宝物を得ることができた、と表現すべきだろう。
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