2 / 10
2.
しおりを挟む
「マコ、カッツじいさんによく噛んで食うように言ってくれ」
「ジョーイ、ちゃんと言っておいたわ」
「マコ、いつものを頼むよ」
「はい、ジェットさん。いつものようにピクルスたっぷりね」
今日も大盛況。
レイクウッドの町にある唯一の食堂。名は、「満腹亭」。店名のいわれは、説明するまでもない。
五年近く前、この食堂の店主夫妻に拾われた。ふたりは、文字通り拾ってくれた。
店主夫妻の名は、ジョゼフ・フランクリンとライラ。ジョゼフは、ジョーイと呼ばれている。
五年前、ふたりは拾ってくれた上にここにいてもいいと言ってくれた。
『店を手伝ってくれたら、あとはすべてタダだ。もちろん、多くはないがちゃんと給金は払う』
その願ってもない提案に飛びついたのはいうまでもない。
それは、人生で最高の幸運だった。いまだにつくづく思っている。
それが五年前のこと。
町にひとつしかないどころか周囲の町や村にも食堂はない。つまり、「満腹亭」はこのあたりで一軒の食堂。
毎日忙しすぎる。
この忙しさを、これまでジョーイとライラのふたりきりでのりきっていたというから驚いてしまった。とはいえ、最初は足をひっぱってばかりいてふたりにはよりいっそう忙しい思いをさせてしまったけれど。
それはともかく、王宮の調理場で下ごしらえ等していたので、野菜や肉を切ったり、むいたりそいだりすることはもともとできていた。しかし、それ以上のことはできなかった。だから、すこしずつ学んだ。ふたりは、わたしに調理や接客や経営を教えてくれた。
それでどうにかなり、いまがある。
「ライラ、そろそろマコにいい婿を捜してやったらどうだい」
だれかが言いだした。いつものことである。
いつもだれかが同じようにこのことを言いだすのは、この店の日課ののひとつだ。
「いいんだよ。そんなものは、縁だよ。だれかがあてがうとか、ましてやおしつけるとかするもんじゃない。縁があれば、そのうちいい人があらわれる」
「だったら、おれは?」
「マイキー、おまえはじいさんだろうが? せめてろくでなしの孫を薦めろよ」
「それなら、うちの息子の方がいいぞ。息子は、マコを気に入っているしな」
「なにいっ! テッド、おまえの息子は三度結婚して三度とも逃げられてるだろうが。どうせ同居しているおまえとおまえのかみさんが、嫁をいびって追い出したんだろう?」
そして、お客さんどうしでワイワイ言うのもいつものこと。
わたしは、いつもそれを笑顔でやりすごす。
ジョーイとライラには、ある程度のことは話をしている。
ふたりに話をして、わたしは彼らの遠い親戚の子どもという設定になった。だから、孫娘のような存在になっている。
「ただいま」
店の入り口から元気よく入ってきたのは、ケン・ジェニングズ。つまり、わたしの子どもである。
彼は、まだ五歳になったばかり。教会の学校に通っている。
「おかえり」
「おかえり」
厨房からジョーイが飛び出してきて、ライラとともにケンを抱きしめた。
ふたりは、ケンに弱い。というか、メロメロどろどろの状態なのだ。
「ケン、今日はどうだった? うちのわんぱく坊主、また立たされただろう?」
「おじさん、ネイトはいつもぼくにいろいろ教えてくれるよ。だから、立たされるなんてとんでもない。司祭様も褒めているよ」
ケンに弱いのは、ここに来るお客さんたちも同様である。
かしこくてやさしくて気遣い抜群で、なにより可愛くてかっこよくて。そんなミニ紳士のケンに、だれもがメロメロどろどろになっているのだ。
それはともかく、ケンは自分のエプロンをつけると率先して店を手伝いはじめた。これもまた、いつものこと。
こうして、一日があっという間にすぎていく。
「ジョーイ、ちゃんと言っておいたわ」
「マコ、いつものを頼むよ」
「はい、ジェットさん。いつものようにピクルスたっぷりね」
今日も大盛況。
レイクウッドの町にある唯一の食堂。名は、「満腹亭」。店名のいわれは、説明するまでもない。
五年近く前、この食堂の店主夫妻に拾われた。ふたりは、文字通り拾ってくれた。
店主夫妻の名は、ジョゼフ・フランクリンとライラ。ジョゼフは、ジョーイと呼ばれている。
五年前、ふたりは拾ってくれた上にここにいてもいいと言ってくれた。
『店を手伝ってくれたら、あとはすべてタダだ。もちろん、多くはないがちゃんと給金は払う』
その願ってもない提案に飛びついたのはいうまでもない。
それは、人生で最高の幸運だった。いまだにつくづく思っている。
それが五年前のこと。
町にひとつしかないどころか周囲の町や村にも食堂はない。つまり、「満腹亭」はこのあたりで一軒の食堂。
毎日忙しすぎる。
この忙しさを、これまでジョーイとライラのふたりきりでのりきっていたというから驚いてしまった。とはいえ、最初は足をひっぱってばかりいてふたりにはよりいっそう忙しい思いをさせてしまったけれど。
それはともかく、王宮の調理場で下ごしらえ等していたので、野菜や肉を切ったり、むいたりそいだりすることはもともとできていた。しかし、それ以上のことはできなかった。だから、すこしずつ学んだ。ふたりは、わたしに調理や接客や経営を教えてくれた。
それでどうにかなり、いまがある。
「ライラ、そろそろマコにいい婿を捜してやったらどうだい」
だれかが言いだした。いつものことである。
いつもだれかが同じようにこのことを言いだすのは、この店の日課ののひとつだ。
「いいんだよ。そんなものは、縁だよ。だれかがあてがうとか、ましてやおしつけるとかするもんじゃない。縁があれば、そのうちいい人があらわれる」
「だったら、おれは?」
「マイキー、おまえはじいさんだろうが? せめてろくでなしの孫を薦めろよ」
「それなら、うちの息子の方がいいぞ。息子は、マコを気に入っているしな」
「なにいっ! テッド、おまえの息子は三度結婚して三度とも逃げられてるだろうが。どうせ同居しているおまえとおまえのかみさんが、嫁をいびって追い出したんだろう?」
そして、お客さんどうしでワイワイ言うのもいつものこと。
わたしは、いつもそれを笑顔でやりすごす。
ジョーイとライラには、ある程度のことは話をしている。
ふたりに話をして、わたしは彼らの遠い親戚の子どもという設定になった。だから、孫娘のような存在になっている。
「ただいま」
店の入り口から元気よく入ってきたのは、ケン・ジェニングズ。つまり、わたしの子どもである。
彼は、まだ五歳になったばかり。教会の学校に通っている。
「おかえり」
「おかえり」
厨房からジョーイが飛び出してきて、ライラとともにケンを抱きしめた。
ふたりは、ケンに弱い。というか、メロメロどろどろの状態なのだ。
「ケン、今日はどうだった? うちのわんぱく坊主、また立たされただろう?」
「おじさん、ネイトはいつもぼくにいろいろ教えてくれるよ。だから、立たされるなんてとんでもない。司祭様も褒めているよ」
ケンに弱いのは、ここに来るお客さんたちも同様である。
かしこくてやさしくて気遣い抜群で、なにより可愛くてかっこよくて。そんなミニ紳士のケンに、だれもがメロメロどろどろになっているのだ。
それはともかく、ケンは自分のエプロンをつけると率先して店を手伝いはじめた。これもまた、いつものこと。
こうして、一日があっという間にすぎていく。
185
あなたにおすすめの小説
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
婚約者を追いかけるのはやめました
カレイ
恋愛
公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。
しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。
でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる