王人

神田哲也(鉄骨)

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閑話

閑話 「温泉に入ろう」

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「わー!」
「おお! すげえじゃねえか!」
「これは……気持ちよさそうね」

 フィアスも、父も母も、一様に歓声をあげた。

 目の前にあるのは、温泉。
 先日俺とラスが見つけた、川に湧いている温泉だ。
 水の流れる音に、緑の森。立ち上がる湯気に、漂う硫黄の香り。
 完璧な露天風呂である。

「ニジェの町の温泉は確かに気持ちよかったからな。早速入ろうぜ!」
「そうね……ところでアラン、この柵は誰が作ったの?」

 露天風呂は木の柵で囲まれていた。
 中は一応男女で区切られていて、木の床を敷いた脱衣所が作られている。天井はないけどね。

「これは、ラスと僕が頑張って一緒に作ったんだよ」
「へー……。すげえじゃねえか」
「おにいさま、すごーい!」
「この木はどうしたの? 縄は……木の蔓のようだけど」
「柵の木はラスに風の術で切ってもらったんだ。ちゃんと乾かしたりはしてないけど、家じゃないからいいと思って、そのまま使っちゃった。立てるのもラスが手伝ってくれて、僕がやったのは、柵に蔓を巻き付けて、縛ったことくらいだけどね」
「ラス、えらい!」
「ラス、すごーい!」
「そうね、ラス、ありがとうね」
「わふ!」

 皆に褒められ、撫でられているラスは得意げだ。尻尾もぶんぶん振られている。

「アランも、すごいわね」
「おう! 流石おれの息子だ!」
「おにいさまもすごい!」

 両親に頭を撫でられ、フィアスに抱きつかれる。

「そ、それはそうと、早く入ろうよ。感想は入ってから聞かせてくれればいいから!」
「おう! そうだな!」
「あらあら、照れちゃったかしら?」
「おかあさま、はやくはいろ!」

 照れ隠しにそう言って、俺は男子の脱衣所に足を踏み入れた。

「おー、中はこんななってるのか」
「ちゃんと棚まで作られているのね、すごいわ」
「おにいさま、このかごはなーに?」
「それは、脱いだ服を入れておくためのものじゃないかしら、フィアス」
「そっかー!」

 俺に続く家族。
 皆、脱衣所を見て、また歓声をあげている。
 棚はトンカチと釘で頑張って作った。多少歪んでいるのには目を瞑ってほしい。
 籠は柵にも使った硬い木の蔓で見よう見まねで編んだ。こっちも素人の作品だ。見栄えが悪いところは我慢してくれると嬉しい。

「って、なんで母様までこっちに来てるのさ!? 女性は入り口別だよ!?」
「あら? 別にいいじゃない。家族なんだから」
「今は俺達しかいねえし、いいじゃねえか。ニジェの町でも一緒だっただろ」

 ああ、そうだった。そうでした。そりゃ、確かに家族で入ったけど。

「おにいさま、いっしょじゃいけないの……?」
「いや、そんなわけないじゃないか、フィアス」

 目に涙を浮かべるフィアスには勝てなかったよ……。

 でも、でもさ。

「折角作ったのに……」
「……わふ」

 その呟きは、ラスにしか届かなかった。



「いやー! 気持ちいいな!」

 父が湯に浸かり、声をあげた。

「本当に、景色もいいし」

 母が景色を眺め、父に同意する。

「あったかいねー。ラス」
「わふ」

 フィアスはラスにつかまりながら、ぷかぷかと浮かんでいた。
 みんな、気持ち良さそうに温泉を満喫しているようだ。

 俺は湯に浸かりながら辺りを見渡す。

 柵の向こうには川が流れ、その中を覗き込めば、透き通った水に泳ぐ魚が見えていた。
 木々の葉はゆらゆらと風に揺れて、耳にざわめきを届けている。
 森の中からは、獣や鳥の鳴き声が聞こえてきていた。
 目を遠くに向ければ、川の上流にある、小さな滝が目に入る。
 大きな岩場の間を落ちる水は飛沫をあげていた。

 本当に、いい場所を見つけてしまったものだ。

「おっ! 魚がいるな」
「父様」

 父が立ち上がり、川の中を覗き込んでいる。

「あとで、釣りでもする?」
「なるほど、それもいいな! 竿はあるのか?」
「脱衣所の脇に置いてあるよ」
「わかった、取ってくる!」
「あ、え? 今!?」
「ばっか! アラン。お前、どうせなら温泉に入りながら釣るってのも楽しそうじゃねえか」
「えええ……?」

 俺が困惑しているのを尻目に、父が裸のまま脱衣所に行き、竿を持ち出してきた。
 そしてどこからか見つけてきた虫を釣り針に刺して、川に糸を垂らす。
 温泉に入りながら釣りをするだなんて、聞いたことないんだけど……。

「お! きたきた!」

 父が竿を引く。釣り糸の先には大きな川魚が食いついていた。

「わー! とうさま、すごーい!」
「すごい大きな魚ね。あとで焼いて食べましょうか」
「うん!」

 釣った魚は母の結界に収められた。ご丁寧にも、その中に水を入れて。
 結界の水の中を、川魚は泳いでいる。
 術って、こんなこともできるんだもんなあ。すごいよなあ。

 あれ? でも。

「母様。もしかして、この結界って、川の中にも作れる?」
「ええ、作れるわよ?」
「じゃあ、結界を使えば、もっと簡単に魚を捕まえられるんじゃ……?」
「……なるほど、できるかもしれないわね」

 川の中に結界を作って、魚を閉じ込めればいいだけの話だ。母なら簡単だろう。
 しかし母は少し思案して、頭を振った。

「今はやめときましょう」
「……?」
「だって、あの人が、あんなに楽しんでるんですもの」

 母は目を細めて父を見つめる。

「おっ! またきやがった! こいつもでけーぞ!」
「おとうさま、すごーい!」

 父は既に三匹目を吊り上げている最中だった。
 フィアスも父も、なんとも楽しそうである。

「無粋な真似は、やめましょう」
「……そうだね」

 その後、温泉を出て、焚火で魚を焼いてみんなで食べた。

「おいしいね、おにいさま!」
「そうだね、フィアス」
「ラスもおいしい?」
「わふ!」
「おとうさま、ラスもおいしいってー!」
「そっか、たくさん食えよ!」
「そうね。まだまだありますからね」

 母の結界の中で泳いでいる川魚はまだ十匹以上。
 どんだけ釣ったんだ、父。

「今度はヴィルホとか、ジュリオあたりも連れてきたいな」
「そうね、また来ましょう」
「意外と近かったしな」

 両親はそう言いながら笑いあい。

「おにいさまのおんせん、またはいりにきたい!」
「うん。また来ような、フィアス」

 フィアスのおねだりに、俺も笑った。

 穏やかな家族の時間が、そこには流れていた。
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