王人

神田哲也(鉄骨)

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6巻

6-2

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 翌日からは山道に入った。はじめは平坦だった道もけわしさを増していく。進むにつれて木々が増え、次第にうっそうとした景色に変わっていった。
 しばらくして、こちらをうかがう獣やゴブリンの群れがあることに気づいた。奴らは俺達が隙を見せるのを待っているのか、すぐに襲い掛かってくるわけではない。
 だが、こちらはいやおうにも警戒が高まっていく。
 そんなとき、父が言った。

うっとうしいから、俺が行ってくるわ。お前らはここで待ってろよ?」
「え?」

 俺が止める前に父は馬車を飛び降り、あっという間に山の中に消えてしまった。

「……どうしやしょう、若」

 ホンザが困ったように眉を下げて俺を見る。
 ゴブリンや獣が相手だ。父ならば何の問題もないだろうが、流石に隊をこのまま進めることはできない。なにしろ、父は「待ってろ」と言っていたのだから。

「帰ってくるのを待つしかないだろうね……」

 俺は父の代わりに号令をかけ、敵の襲撃に備えて臨戦態勢をとるように指示した。
 俺自身も剣に手をかけようとしたところで、その動きを止める。

「ああ……でも、父様が戻ってくるまで、さほど時間はかからないと思うよ」
「……で、やすか?」
「うん……すっごい勢いで、ゴブリンの数が減ってるから」

 そう。父の行った方向を探知の術で探っているのだが、ものすごい勢いでゴブリンとおぼしき反応が減っているのだ。
 父はかなり暴れまわっているらしく、木々が揺れ、破壊音にびっくりしたのか、鳥が慌てて空に飛び立っている。
 この調子なら三十分もかからずに、ゴブリンは駆逐されることだろう。

「――あっ。ゴブリン達が逃げていくみたいだ」
「あー……。まあ、なんだかゴブリンが、いっそ哀れになりやすねえ」
「まったくだ」

 逃げていくゴブリンを父は追撃していたが、そのうちに諦めたらしい。
 ゆっくりとこちらに向かってくる父の反応を皆に伝え、臨戦態勢を解除するように指示する。
 やがて、木々の間から父が現れた。

「待たせたな。これでしばらくは寄ってこねえだろ」

 そりゃ、五十匹以上も倒せば、そんなすぐには同じ規模の群れなんて作れないだろう。

「お疲れ様でやした!」
「おう。じゃ、出発するか!」

 戻った父の号令で、隊は動きだした。


 ――だが、その夜のことだ。

「……またか」

 父の呟きが、き火を囲む者達の耳に届いた。
 食事が目の前にあるというのに、誰も手をつけようとしない。フォークは器の上に置かれており、それぞれの手にあるのは剣や槍、弓だった。俺もその例に漏れず、剣を持っている。
 風が吹き、木々がざわめく。まるでそこに隠れているものの存在を伝えるかのように。

「……アラン様、昼間と同じ奴らですかい?」
「わからない……だけど、囲んでいるのはゴブリンの群れだと思う。数は百以上……いや、二百近い」
「二百か。別に大した数じゃねえが、馬や荷物を守んのに、手が取られるな」

 父はため息をつき、苦々しく言った。

「一応結界は張ってあるから、馬や荷物、それにルチアは大丈夫だと思う。けど、あまり信用しないで欲しい。母様とは精度が違うから」

 俺も法術は使えるが、この国で一番の使い手と言われる母には遠く及ばない。ゴブリン相手であっても、油断は禁物だ。

「わかってる。だが、こう暗いと面倒だよな」

 空には雲が広がっており、月の光さえない。焚き火が消えれば、本当に真っ暗だ。
 光の法術や術具で光を出すことはできても、木の向こう側ややぶの中まで照らしだすことは不可能なのだ。

「そうだアラン。あの光の剣をまた使えねえか? こう暗いとこでなら、かなりいい明かりになると思うんだけどよ」
「突然何を言い出すかと思えば……そんなことにあれを使いたくないんだけど」

 父が言っているのは、古の王との戦いで使った剣のことだ。
 邪を払う光の祝福の効果を剣に付与すると、刀身は光に包まれてまばゆく輝く。確かにあれなら、照明代わりになるだろうが……。

「まあまあ、いいじゃねえか。で、使えるんだよな?」
「そりゃまあ、使えるけども」
「じゃ、頼むぜ! 剣が明かりになりゃ、かなり便利だしよ。何より、かっこいいじゃねえか!」
「……はあ。わかったよ。一応、他の皆にも同じように、武器に光を付与してみる」

 まあ、かっこいいのは俺も認める。この光の剣は見た目からして、地球で有名な宇宙戦争映画で騎士が使っている武器や、白い悪魔と称されるロボット兵器が用いる武器にかなり似ているのだ。かっこよくないはずがないじゃないか。
 小さく息を吐き、光の剣を顕現させるために気持ちを切り替え、意識を集中する。
 さほど時間はかからず、皆の剣や槍、弓が光をまとった。

「おっ、これこれ! じゃ、俺行ってくるわ! こぼれた奴は任せたぜ!」

 昼間と同じテンションで山の中に入っていく父を見送る。
 やがて相変わらずの速度で次々とゴブリンをほふっているのが、探知の術から伝わってきた。
 だが、敵の数が昼間とは違う。父の猛攻を潜り抜けた少なくない数のゴブリンが、俺達に向かってきていた。

「迎え撃て! 馬車や積荷を守るんだ!」
「おおお!!」

 俺が大きく叫んで指示を出すと、ホンザをはじめとした武装した男達が雄叫びをあげた。


   †


 ゴブリンの群れとの攻防は夜明けまで続いた。
 大量のゴブリンが一度に押し寄せて混戦になったわけではなく、数十単位のゴブリンが何度も襲ってきたのだ。
 初回の攻撃は数が多く、追い払うまでに時間がかかったが、その後の一回一回の戦闘は短かった。
 このままではらちが明かないということで、今は山道を進みながら、都度ゴブリンを撃退している。
 ゴブリンは、近寄ってちょっかいをかけては逃げていく。こちらが疲労するのを狙っているかのようだった。
 俺がそんな疑念を漏らすと、ホンザが言った。

「でも若、ゴブリンにそんな知恵があるなんざ、聞いたことないですぜ」

 ホンザの言葉はもっともだ。
 だが、今も何匹かのゴブリンが俺達の跡をつけ、山の木々の間からこちらをうかがっている。

「確かにホンザの言う通りだけど、この状況はそうとしか思えない」
「同感だ。現にあいつらは俺が切り込んでも距離をとるばかりで、積極的に反撃しようとはしてこない。おかげで思ったほど狩ることができなかったしな」

 父もゴブリンの異様さを感じていたらしい。
 獲物を追い込むための知恵――俺達を狙っているゴブリン達には、それがあった。

「ですが、しょせんはゴブリンでやすぜ? あいつらの武器はとにかく数! それだけでさあ」
「まあ、そうなんだけどな」

 事実、散発的に襲ってくる数十匹のゴブリンは脅威になっていない。小さな石を投げてくることもあるが、その程度ならば俺の張った結界で弾くことができている。

「それにしても、結構倒したはずなのに、全然ゴブリンが減った気がしない。もしかすると、近くに巣でもあるのかもしれない」

 俺がそう言うと、父はため息をついた。

「巣、かあ……確かになあ」

 基本的に、ゴブリンは臆病だ。それなのに、これだけ強気で何度もちょっかいをかけてきているということは、かなり大きな群れ――巣があると予想できる。

「その巣をなんとかするか、早くここから遠ざかるか、だよな」

 そう呟いた父は、ひとまずここから遠ざかることにしたらしい。指示に従い、一行は進み続けた。


 それから半日経ってもなお、ゴブリンは俺達の追跡をやめなかった。
 初めのうちはある程度隠れるようなりを見せていたのだが、今はそれさえもなくなってきている。要するに、距離はあるものの、姿が丸見えなのだ。
 父は腕を組んで思案していたのだが、次第に組まれた腕に力が入っていくのがわかった。なにせ、メキメキと小手のきしむ音が聞こえてきたのだから。
 ひたいには血管が浮かび、ぴくぴくと口元がひくついている。
 そんな父をよそに、コツッと、ゴブリンが投げたであろう石が結界にぶつかった。

「ああー! うぜえーー!!」

 父がえた。俺は火山が噴火したような様子の父に両肩をつかまれ、激しく揺さぶられる。

「おい、アラン! 探れ! 今すぐ探れ! そして俺に教えろ!」
「え、ええっ!? な、何をさ!?」
「あいつらの巣だよ! 巣を見つけるんだ! 探知の術を使えば、できるだろうが!」
「ちょ、ちょっと待って! わ、わかった、わかったからっ!!」

 昨日から頻繁にちょっかいをかけられているのが我慢ならなかったんだろう。
 念のために“できるかどうかわからない”と言い含めてから、俺は意識を集中して、探知の術を展開する。
 いつもよりも広く、深く。ゴブリンが現れる方向に絞って、奴らの足跡を辿たどるように。
 百メートル……三百メートル……五百メートル……一キロ。
 ゴブリンは点々と、まるでそこに道があるかのごとく列を作っていた。その列を辿れば辿るほど、どんどん一集団の数が多くなっていく。
 やがて、見つけた。ここから東に約二キロ。一つ山を越えた先の、崖のふもと。そこに、ゴブリンの巣穴と思われるものがあった。

「――俺とアランで巣穴をつぶしてくる。お前らはここで……いや、このままレイナル領へ進んでいてくれ。指揮はホンザ、お前だ」

 そう言い放って、父は俺が伝えた方向に歩きだした。

「若、気をつけてくだせえ!」
「ああ! そっちも!」

 俺は剣と荷物を慌てて手に持ち、父の後を追った。


「――で、ここがその洞窟か?」
「そうみたいだね。……てゆーか、洞窟を守るようにたくさんのゴブリンがいたんだから、それが何よりの証拠じゃないかな」

 数メートル先には、切り立ったがけの側面に大きく口を開けた洞窟がある。
 ここに来るまでに、百を超えるゴブリンを倒してきた。
 特に数が多かったのが、この洞窟入り口付近。少し開けたこの場所には、倒したゴブリンのがいが折り重なって積まれている。
 ゴブリンとの戦いで、俺の出番はなかった。いや、少しは活躍……というか、役には立っていたと思うんだけど、ほとんどの敵は父が倒してしまったのだ。
 うっぷんを晴らすように戦う父の獲物を横取りするなんて、俺にはできなかったというだけなんだが。

「中の様子はわからないのか?」
「うーん……入り口周辺は探れるけど、奥まではここからじゃ無理だよ」
「わかった。じゃあ、突撃するか」
「……いや、敵の巣に入るって、そんなさらっと決めることじゃないよね?」
「気にするなって。どうせ入らなきゃいけないんだ。遅くたって早くたって、さらっとしててもどろっとしてても同じじゃねえか。それとも何か? 『……アラン、これから、ゴブリンの巣に突入する。あれは地獄の入り口だ……。命を拾え』……とでも言えばいいのか?」

 父はあえて大げさに言って、俺をからかう。
 じとっとした目を向けると、父は「まぁまぁ」と言って俺をなだめた。

「それに、ここで巣を潰しておかないと、ネッドが来るときなんかに大変だろうが」
「そりゃ、そうなんだけどさ」
「うだうだ言ってないで、ほら、行くぞ」

 背中を強く叩かれ、少しよろけながら一歩前へ。
 父は光の剣を手に、洞窟へ入っていく。
 どうやら父は光の剣を大層気に入ったようで、剣で洞窟内を照らして進む。中は結構広くて、五、六人が横に並んで歩いても余裕があるくらいの道幅だ。
 暗がりからゴブリンが何匹も襲ってきたが、問題なく撃退しては進んだ。

「結構深いな」
「そうだね、まだまだ続いていそうだよ……って、今度は上から来るよ!」
「おう」

 新たに岩の上から三匹のゴブリンが飛びかかってきたが、父が剣を振ると、それらは一瞬にして肉塊と成り果てる。
 だが、やはり敵の数が多い。奥にはどれだけのゴブリンがいるのだろう。

「……結構な規模の巣だ。もしかしたら、誰か人が捕らえられているかもしれねえ。心に留めておけ」
「……はい」

 どれほど進んだだろうか。敵の襲撃が落ち着いたのでもう一度探知の術を使うと、それまでとは違う反応が返ってきた。
 ここから先、およそ二十メートル先に、大きな空洞があるのが感じ取れたのだ。そこはとても広く、野球場くらいと思える。

「アラン、この先か?」
「うん。でも、かなり数が多いよ。本当に行くの?」
「当たり前だ。そんなにいるってんなら、なおさらだろ。今駆除しておかないと、もっとでかい群れになっちまうぞ」

 なんだ、おじづいたのか? と言う父に、そんなことはないと返す。
 ただ、気分が乗らないのは確かである。
 ただでさえ光の届かない洞窟の中で、気が滅入るのだ。
 ゴブリンを倒せば、剣から肉と骨を断つ感触が手に伝わり、血と臓物が飛び散る。もともとゴブリンが放っている悪臭に加えて、それらの生々しい臭いが立ちこめると、本当にキツい。
 何度経験しても、慣れることができない。

「この先だな」

 父が岩陰から慎重に奥をのぞき込み、俺もそれにならう。大きな空間が、そこに広がっていた。
 地面から天井まで、約五十メートル。天井からは巨大な牙みたいな岩がいくつも伸びており、それは地面からも同じように生えていた。
 岩のいくつかには、ぼろぼろのなわばしや、岩と岩を繋ぐつり橋がかかっており、その先には草や木、何かの皮で作られたテントとおぼしきものがいくつもあった。恐らくゴブリンの住居なのだろう。
 それらの入り口には松明たいまつの火が掲げられている。
 岩の上の通路には多くのゴブリンが行き交っていて、武装している者が多いのは、恐らく俺達――侵入者撃退のためだろう。

「……こりゃ、村、だな」
「……ゴブリンの、村」

 思わず漏れ出た声色は父と似ており、俺達が同じような感情を抱いているのだとわかった。


   †


 村にいたゴブリンの数は、千近くにのぼった。

「――さて、どうするか……」
「うん。困ったね……」

 父と俺のぼやく声。
 この言葉は事後のものである。多少危うい場面はあったものの、ゴブリンのせんめつはつつがなく終わった。この国最強の騎士である父がいたのだから、当然といえば当然なのだが。
 それまでの鬱憤を晴らすかのような父のれつな攻撃に、ゴブリンは為すすべもなく倒れていった。
 ゴブリンを駆除し、死骸を埋めるか、燃やすかして帰還。それで終わりのはずだった。
 しかし俺と父の前には今、こちらを見つめる人影がある。その数、およそ百。
 彼らの肌は、濃い、薄いという違いはあるものの、皆緑色。下あごから突き出した牙に、赤い瞳。背はあまり高くなく、一番大きい男性でも、俺の目の高さほど。
 彼らは小鬼族。邪神の影響でゴブリンになっていた小鬼族が、本来の姿に戻ったのだ。
 村にいたすべてのゴブリンが戻ったというわけではなく、ほんの一部ではあるけれど。

「まさか、お前の光の剣で、こんなことができるとはな……予想外だったぜ」
「う、うん」

 父様、俺も予想外だったよ。まさか光の剣で、ゴブリンから邪神の魂を切り離すことができるなんて。
 以前グイがゴブリンから小鬼族となったとき、ミミ様と散々検証したけれど、他のゴブリンを同じように小鬼族に戻すことはできなかった。その手がかりすら、掴めなかったというのに。
 今回も、小鬼族に戻ったゴブリンもいれば、そのまま絶命した者もいる。どういう条件でそうなったのかは、よくわからない。
 小鬼族には男性も女性もいて、グイと同じ子供から成人した大人みたいな年齢の者まで様々だ。

「だけどそれよりも、この人達をどうするかだよ……」
「そうだよなあ……」

 これだけの人数の小鬼族だ。隊に連れていくわけにもいかない。かといって、放っておくこともできないだろう。なにせ、彼らは俺達を頼って指示を仰いでいるのだから。
 父と二人して腕を組んで唸る。

「と……とにかく、だ。俺は先に隊に戻るから、お前はこいつらを引き連れて、なんとかしてくれ!」
「えっ!? ちょっと、父様!?」
「じゃあな、すぐに迎えはよこすからな、頼んだぞ!」

 そう言うと、ゴブリンの村に俺と小鬼族を置いて父は走り去った。

「……ボス、ドウスル?」
「……どうしようか?」

 まだうまく言葉を喋ることができない小鬼族の男に、俺はそのまま問い返すことしかできない。

「外に連れていくなら、この格好のまま歩かせるのはまずいよな」

 俺は裸同然の小鬼族達に、服を与えることから始めた。
 ゴブリンの住居の天幕に使われていた革を手に取り、グイのときと同じように、ナイフで簡単な貫頭衣を作っては小鬼族に着せていく。
 そのまましばらく俺が作業を続けていたら、小鬼族の女性が自分で作ってみたいと言い出したので、ナイフを渡してみた。
 すると、その女性は俺よりもぎわよく貫頭衣を作成していく。
 何着か作成したものを見て問題ないと判断した俺は、彼女に服作りを任せ、その他の作業を小鬼族に分担させるため、グループを作った。
 食料を調達するグループ。ゴブリンの死骸を集めるグループ。死骸を埋めるための穴を掘るグループなどだ。
 食料は、彼らがこれまでやってきたのと同じように、積極的に狩りや採取をしてくれるので問題ない。虫なんかも取ってきてくれるのは、グイのときと同じだ。それは丁重にお断りしたが……。

「みんなは、このゴブリンと同じだったんだけど、そのときの記憶はやっぱりあるのか?」

 俺がゴブリンの遺体を指して言うと、小鬼族の男が頷く。

「オレタち、コイツラとオナジダッた。キオク、アる」
「みんなデ、ココに穴をホッテ、暮らしてタ」
「家もツクッタぞ」
「ミンナデ協力シテ、狩りモシタ」

 まだまだ言葉はたどたどしいが、グイと同じくそのうちりゅうちょうになるだろう。

「お前達はいつから村を作るようになったんだ? あと、他にもこんな村があるのか?」
「オレタチ、大体、三十くらいの昼ト夜デ、この村ツクッタ」
「ということは、およそ一ヵ月で、この規模の村ができたのか」
「ホカニあるのか、俺は、ワカラナイ……」

 肩を落とす小鬼族の男。

「……ダケド、村を作り始めたのは、あいつがコレヲ置いていっテカラダ」
「これは――」

 彼がそう言って見せてくれたものを目にして、俺は息を呑んだ。


 随分と時間を使ってしまったが、まだ日は沈んでいない。ゴブリンの村を後にして、元来た道を戻り、レイナル領目指して森の中を進む。
 すると、小鬼族が何かを見つけてざわつきだした。

「どうしたんだ?」
「ボス、何カクル」
「何か?」
「上カラダ!」

 小鬼族の男に促され、木々の枝と葉の間から空を覗く。
 見えたのは、白く輝く毛皮を持つ巨狼と、その背に乗っている小柄な影。

「兄様ーっ!」
「わう! わう!」
「フィアス! ラス!?」

 三ヵ月ぶりの、妹と相棒との再会だった。
 地面に降り立ったラスは俺に鼻先を寄せてくる。

「わう! わふ!」
「あ、あははははは! ラス、くすぐったいよ!」


 もふもふの感触。これも久しぶりだ。

「兄様!」
「おっ……と!」

 続いて、胸に飛び込んでくるフィアスを受け止める。

「……お帰り、兄様」
「ああ……ただいま、フィアス」

 体全体で、俺はフィアスの体温を感じるのだった。


   †


「じゃあ、父様が、フィアスに?」
「うん! 母様の術で、兄様達が帰ってきてるのがわかったから、迎えに来たんだよ! 途中で父様に会って、それから兄様のところに来たの!」
「そっか。ありがとう、フィアス。ラスも」
「わふ!」

 二人のことを懐かしく感じる。まあ、実際に三ヵ月以上も会えていなかったのだから、当然か。
 ラスは法術で色々なものを運べるが、流石に小鬼族百人を一度に運ぶことはできなかった。
 だからフィアスとラスには一度レイナル領に戻り、必要な物資と迎えをよこすよう、母様や城の者に伝えて欲しいとお願いした。
 それからは順調だった。ラスとフィアスがすぐに戻ってきたのはもちろんのこと、鳥人族が食料や野営に必要な物資を運んでくれたのに続き、森の移動にけた獣人族の部隊が俺達を迎えに来てくれたのだ。

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