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6巻
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ゴブリンとしてこのあたりの山を駆けていた小鬼族の足も速く、それから三日でレイナル領にたどり着いた。
確かにかなりの速度だったけれど、俺の先を進んでいたはずの父達よりも早く到着したことには驚きだ。どこで追い抜いたのだろう。
「お帰りなさい。アラン」
「お帰、り」
「ただいま。母様、ミミア」
出迎えてくれた使用人と、その中心にいる二人に帰城の挨拶をした。
ミミアが胸に飛び込んできたので、そのまま抱きとめて頭を撫でる。
ミミアは、ミミ様と俺の力で存在を得た子で、一応、ミミ様が母親、俺が父親ということになっている。
「母様、色々と報告することがあるんだけど」
「ええ。わかっているわ。でもまずは落ち着いて、ゆっくりなさい。あの人が帰っていないのに、あまり焦るものではないわ。小鬼族の方達のことは、なんとかしておくから」
「……ありがとう、母様」
穏やかな笑みを浮かべた母の言葉に、俺は頷いた。
それから半日後、父が帰還したという報せを受けた。
……何故か父は、何人かの盗賊を連れていたが。
「――というわけで、会議だ」
父の執務室には、たくさんの人が集まっていた。
父、母、俺、フィアス、ミミア、傭兵のヴィルホさん、執事のジュリオ。そして精霊樹の森の代表として、樹霊族のティーリさんことアルティリエ、同じくオルボーンさん。
父は樹霊族の二人と会ったことがなかったので、まずは自己紹介から始まった。
会議で口火を切ったのは父で、父が王都に呼ばれた理由と、そこで起きた事件を説明した。
ダオスタでの一連の経緯はほとんど父が話してくれたが、パウーラでの戦いや、俺の力についての説明は俺自身で行った。
そして、ヴィルホさんは領内の治安、軍の状況について。ジュリオは領内の人口、農作物や生産物を含む経済状況について。母からは現在領で起きている問題、改善に向けての施策などを説明。そしてオルボーンさんの口から、森の状況が報告された。
一通りの報告が終わると、あの小鬼族と、父の連れてきた盗賊に話が移る。
「小鬼族については、光の剣で斬ったゴブリンがああなったんだよ。グイと同じようにね。なんで今回元の姿に戻れたかまでは、わからないけど……」
「領内にまだ精霊樹の森の人達のために作った仮設住宅が残っていたから、彼らをそこに案内するように家の者に伝えたわ。今のところ、特に問題は起きていないみたいね。グイちゃんみたいに、素直な人達だわ。それと、一月ほど前に、王都から逃げ出してきたっていう獣人達が来たの。彼らも同じ場所に住んでいるけれど、大丈夫だと思うわ」
「そうなんだ。ありがとう、母様」
どうやら、とりあえずの住居はなんとかなるようだ。
食料についても、先ほどジュリオから報告があった通り、収穫はこれからだけど、備蓄があるので問題ないとのこと。
それにしても王都の獣人が、うちにも逃げてきたとは……。
母曰く、獣人達は、なにやら神の使いに導かれてここまで来たと言っているようだけど、話を聞く限り、その神の使いってラスのこととしか思えない。
フィアスを見たら、あからさまに目を逸らしたので、うん、何かしら関係があるのだろう。
「それでヤンよ、お前の連れてきた盗賊どもはなんなんだよ? お前の指示通り、地下牢に収容してきたけどよ」
ヴィルホさんが、父に話を振った。
「あー……、あいつらはなんというか、助けてくれって泣きついてきたんだよ」
「助けてくれ、だあ? 一体何があったんだ?」
「それがよ、どうやらゴブリンどもに襲われたらしいんだわ」
「なんだ、ゴブリンかよ。盗賊なのに随分と弱っちい奴らだな、おい」
「だが、俺達が遭遇したようなゴブリンだったら、確かにてこずるかも知れないぜ? 思い返してみればみるほど、あのゴブリン達は異常だった」
「異常……?」
それまで黙って話を聞いていたティーリさんの口から、そんな呟きが漏れる。
振り返ってティーリさんを見ていたヴィルホさんは、父に向き直った。
「異常ってのは、なんだ?」
「奴等は、戦術ってやつを使ってたんだよ」
会議は終わり、俺は自分の部屋に入った。
随分と久しぶりに感じる。使い慣れた机や椅子を撫で、柔らかな風で踊るカーテンに触れる。
窓の外には、遠く高く聳える山々、光る湖面、そしてレイナルの町が見えた。
旅の荷物を床に置き、俺は本棚に目を向ける。
もう何度も読み返した本が並んでいるそこに、俺は一冊を追加した。
オメテクトル神様にもらった、あの神書。旅の中で、何度も読み返した。
そして考えた。自分のことを。
「……人々を導き、世界を救う」
大それた課題だ。とてもそれが俺にできるとは思えない。
両手を見つめ、考える。
俺が救えるのは、手の届く範囲だけ。あのゴブリン達だって、獣人達だって、救うことなんか……いや、救うだなんて、おこがましい。俺自身の力など、ないに等しいのだ。
だけど、やるしかない。たとえ救うことができなくとも……それが約束なのだから。
「アラン、いるか?」
物思いにふけっていると、ノックの音が部屋に響いた。聞こえてきた声はティーリさんのものだ。
俺は扉を開けて、ティーリさんを部屋に迎え入れる。
「疲れているだろうに、すまない。森に行く前に、少し会っておきたくてな」
「いいよ。そんなに疲れてもいないから」
先の会議で、ティーリさん達樹霊族は、森の見回りを強化することが決まった。
知恵を持つゴブリンの出現は、それだけなら大事とまではいえないかもしれないが、警戒するに越したことはない。
聖域と化した精霊樹の森に異変は起こっていないというので、それ以外の森を警邏する。
「それで、どうしたの?」
「いや、これといった用事はない。ただ――」
ふわりとした風とともに、花の香りに包まれる。気がつけば俺は、ティーリさんに抱きすくめられていた。
「こうして、お前を感じておきたくてな」
囁かれた耳元がくすぐったい。頬に当たる柔らかな髪が愛おしかった。
「――お帰り、アラン」
「ただいま。ティーリさん」
少しの間、このままで――ティーリさんはそう俺に言った。
時間にして、一分もなかっただろう。やがてティーリさんは頬に口付けを残し、俺の部屋を後にした。
「……兄様」
「……お父、さん」
そして扉の陰から一部始終を見ていたと思われる、二人の少女の呟きが俺の耳に届いた。
ティーリさんが去った後、フィアスとミミアに抱きつかれ、しばらくの間、身動きがとれなかった。
そして唐突に妹は顔を上げて、町に行こう! と言ったのだ。
「ほら、兄様早く!」
「こっ、ち!」
俺はフィアスとミミアに手を引かれながら、久しぶりにレイナルの町を歩く。
木造の建物が多いこのメインストリートには、いくつもの店が軒を連ねている。
肉や魚、野菜を売る店。木材や金属を売る店。布や衣類、雑貨を売る店。そして食べ物の屋台。
俺が王都に出かける前よりももっと店が増え、人や活気も増しているような気がする。
俺がそんなことを口にすると、フィアスが言った。
「それはそうだよ。だって、この間もいっぱい人が来たんだもん」
確かに、王都から逃れてきた獣人に加え、先ほど俺達が連れてきた小鬼族達もいる。
もともとの人口がそれほど多くなかったためか、たった数百人程度でも違いを強く感じた。
「それよりも、今度はあっちだってば! あそこの肉饅頭がおいしいんだよ!」
「お父、さん。あっちも、おいしい、よ」
「はいはい」
規模は王都に比べるべくもない。しかしその活気はちっとも負けてないように思えた。
人間も獣人も亜人も争わず、互いに差別なんかしていない。
犬人に猫人に牛人、豚人に鳥人。樹霊族のようなエルフに、小鬼族。
この領内には様々な種族の人達が暮らしているのだ。
彼らは笑ったり、穏やかな表情を浮かべたりしていた。
そうして町をぶらぶらと歩き、ある露店を覗いたときのことだ。俺は不意に声をかけられた。
「おや? なんだい、久しぶりだねえ。いつ帰ってきたんだい?」
大きな籠を手に声をかけてきたのは、精霊樹の森で出会った女性。人間がいないはずの森の村で、何故か一人、そこにいた人物。
「カルラさん。いや、実は帰ってきたばっかりなんですよ」
そう、精霊樹の森で行き倒れていたところをラスが助けた、カルラさんだ。
「ん? 帰ってきたばっかりって……ははあ、それで、休む暇もなく連れ回されてるってわけかい? あんたも大変だねえ」
店の商品にはしゃいでいるフィアスとミミアを見て、カルラさんは大体の状況を察したようだ。
「ははは……まあ、しばらく会えなかったわけですから、このくらいはしてあげないとって思って」
「あんたも大概優しいよねえ。それで、王都はどうだったんだい?」
「まあ、色々とありました」
「ふーん? なんだか、楽しいことだけじゃなかったようだね。ま、詳しいことはまた聞かせておくれよ。じゃあね」
「あ、はい」
そう言ってカルラさんは往来の中に溶け込んでいく。
そういえば、カルラさんは元盗賊だったはず。父が連れてきた盗賊と、何か関係があったりするのだろうか?
「ちょっと兄様、何やってるの!? 早く、こっちだってば!」
「はいはい」
考え事をしていると、フィアスの少しいらだったような声が聞こえてきた。
近づいて来たフィアスに手を取られ、引かれるがままに町を歩く。
食べて走って、また歩いて。終始笑みの絶えない二人に釣られて、俺もまた笑顔になる。
また何か食べたいものでも見つけたのだろう、フィアスが一人で屋台に向かっていく。
「そんなに食べて、太っても知らないぞ」
俺がそう言っても聞きもしないフィアスを少し呆れた顔で見守っていると、控えめに手が引かれた。
「お父、さん」
ミミアだ。顔を向けると、彼女はそっと口にする。
「今夜、ミミ様が、お話したい、って、言ってた、よ」
レイナル城には、いくつかの塔が建っている。その中でも白く彩られた塔に、俺はその夜、一人で向かった。ここはミミ様がミミアの体に在ったとき、好んでよくいた場所だ。
木と石の螺旋階段を上り、厚い木の扉を押す。
重々しい音が響いて開いた扉の先にいたのは、白い髪と肌の少女。
「ミミ様」
「来たわね、アラン」
見た目はミミアだが、纏っている雰囲気はまったくの別物だ。
「久しぶりね」
ミミ様はそっと俺の頭を抱いた。ふわりとした、優しい花のような香りに包まれる。
そのまま、数分ほど経っただろうか。
「あ、あの、それでミミ様、話って……?」
「あ、そうだったわね、ごめんなさい。こうやって肉体で触れるのは久しぶりだから、つい。そう、アランに話しておかなければならないことがあるの」
ミミ様は俺から離れて居住まいを正す。
「邪神のこと。それと小鬼族のような邪神に魂を侵された種族について、伝えておこうと思って」
塔の部屋は狭く、向かい合って椅子を二つも置けば、膝と膝が触れ合うほどだ。
少し涼しく感じる秋の風が窓から入り、時折肌を撫でる。
「まずは、邪神がどんな存在なのか。前に話したことがあったと思うけれど、彼らはこの世界を自分達のものにしようとしている。人の平安を乱し、破壊と憎悪でこの世界を満たそうとしているの。この世界に生きている生物――特に人種と呼ばれる知能の高い種は、主神様の魂を宿しているわ。それは神と呼ばれる私達も同じ。等しく、主神様の魂――分御霊を宿している。……でも、邪神は違うのよ」
「俺達人間や、ミミ様は主神様の魂を宿しているのに、邪神は違う? 邪神は、系統が異なるということですか?」
「その通りよ。邪神は、ある一人の神様が生み出してしまった存在なの」
「神様が、邪神を?」
「そう、主神様の業を盗み、自分の直系の子を作り出してしまった。そうして生まれたのが邪神。折りしも人という種が作られた直後、自らの優秀さを示さんがために、邪神を作ったのだと言われているわ。主神様はお怒りになられた。なにせその神様は、主神様のお作りになった最高の芸術品である人よりも、自分の作った子の方が優秀だ、彼らこそが地上を支配し、栄えるべきだと主張したのだから。もちろん、そんな主張が受け入れられることはなかった。結局その神様は、主神様に反逆の意を示した罪で、地獄に幽閉されることとなってしまったの。今でも、地獄の最下層『凍結地獄』にいると言われているわ」
まだ人が神の声を聞き、その言葉に従って日々の生活を営んでいた頃。
罪なんてものは存在しなかった時代。
邪神を生み出してしまったその神様のために、地獄が作られたのだとミミ様は語った。
「だけど、生み出された邪神に罪はないわ。だから主神様は大愛をもって、彼らの存在をお許しになったの。それが今日に至るまで、邪神が存在している理由」
しかし邪神は、自分達を生み出した親神の性質を受け継いでしまっていた。神に祝福されて生まれ出た人を憎み、この世界を壊して奪わんと考えたのだ。
世界に蔓延る争いや憎悪は、邪神の働きによるもの。彼らは人の負の感情を巧みに操っている。さらには小鬼族をはじめとした他の種族の魂を侵し、変異させてしまった。
現に俺は王都の剣闘大会で、変異した人間を見た。薬の力もあっただろうが、あれは間違いなく邪神の力によるものだ。
「今回、アランは多くのゴブリンを、本来の姿である小鬼族に戻してあげたわね」
「はい、ゴブリンを光の剣で斬ったら、小鬼族になっちゃいました」
「ええ。どうやら貴方の光の剣は、魂を斬る力があるみたいね」
邪神の魂が切り離され、ゴブリンが小鬼族になった。でも――。
「でも、光の剣で斬ったゴブリンは、もっといたんです。どうして戻ったのが全員ではなかったのでしょう?」
ゴブリンのまま死んだ者との違いは?
「それはね、アラン。小鬼族に戻れた者とそうでない者の、魂の比率の差によるものなのよ」
「魂の比率?」
ミミ様によれば、ゴブリンのまま死んだ者は、魂が邪神の系統にかなり寄っていたのではないかとのことだ。邪神の力が切り離されて本来の魂だけになったものの、魂の力が足りず、そのまま死んでしまったのだという。
ならば、その死んだ小鬼族は、どうなってしまったのか。ようやく魂が解放されたというのに生きられないなんて、あまりに可哀想だ。
だが、そうこぼした俺に、ミミ様は言った。
「安心なさい。小鬼族に戻れずに死んでしまったゴブリンの魂も、邪神からはきちんと切り離されている。だから、彼らも正しい道に進めるの。あっちで修行を真面目にすれば、魂を強くすることができるわ。そして必ず生まれ変われるの」
「……良かった」
それを聞いて、安堵の息を吐いた。なら、あのゴブリン達にも救いがあるというわけだ。
そして話はまた邪神に戻る。
「邪神の弱点は、光。それは知っているわね」
「はい」
「だけど、もう一つ、対抗できるものがあるの」
コノリの母親であるカトカさんや、薬でおかしくされていたフラン姉ちゃんに取り憑いていた邪神も、俺の光を嫌って逃げていった。
それ以外に、もう一つ。一体なんなのだろう。思案する俺に、ミミ様は言った。
「それはね、アラン。心よ」
「心?」
「そう、強く、正しい心。人を思いやり、救おうとする、信念のある心。それこそが、邪神に対しての最大の武器となる。そのことを覚えておいて」
「――はい」
ミミ様は手を伸ばす。そして俺の頬にそれを添え、優しく微笑むのだった。
†
グラントラム王国の首都、ダオスタ。
その都市を囲む堅牢な壁は、内側に住む人々を、営みを、文化を守っている。
三重の壁にはそれぞれ名前がつけられており、壁として積まれた石と同じく、この街にも歴史があった。
ダオスタの中心には、大きな城が建っている。
この国の中枢であるその城は、かつて要塞だったというが、長い時間をかけて屋根や壁、扉や窓などに装飾が施され、今ではその面影を見ることは難しい。
そんな場所の、とある薄暗い部屋の中で、幾人もの男達が話し合っていた。
どの人物も、豪華な衣装を纏っている。顔かたちはそれぞれ異なっているが、ただ一つだけ共通しているものがあった。誰も彼も、眉間にしわが寄っているのだ。
「――此度の奴隷どもの反乱のせいで、労働力が足らぬ! 我が国の穀物生産量は、最盛期の六割にまで落ち込んだぞ!」
テーブルを拳で打ちつけて叫んだのは、グラントラムの農林産業を担当している大臣だ。
「そう声を荒らげるな。十分聞こえておるわ。こちらだって、新たな壁の建造にと、獣人どもを手配しておったのだ。あの事件の影響は、お主のところだけではない」
「左様。市場のほうも、人手が足りなくて困っておる。冒険者組合に人員を要請しているが、補うことはできておらん」
続いて国土開発大臣、経済産業大臣が窮状を訴える。
他の面々もしきりに頷き、先の事件における、各々の問題を述べるのだった。
「しかし、捕らえている獣人達を出して使うことはできんぞ。奴らには罰が必要なのだ」
「では、どうせよと言うのだ!?」
グラントラム王国の首脳陣。彼らは今回の反乱に加わった獣人達の処遇をどうするかで揉めていた。全員死刑にすべきだとの声や、人員不足なら懲罰として活用すべきという意見、また、もともと獣人達は国民の所有物なので、所有者に返却すべきだとする主張がぶつかり、事件から一ヵ月経った今でも解決には至っていない。
第二章
「やはり、森の様子がおかしい」
森の調査をしていたティーリさんが、城に来て俺に会うなりそう言った。
樹霊族に調査をお願いしたのは、レイナル領から南西方向にある、広大な森と山々だ。先日、俺達がゴブリンに遭遇したのもそこである。
ティーリさんをはじめとする樹霊族は、森のスペシャリストだ。
あれから一ヵ月、ティーリさん達に調査をしてもらったのは、彼女達の生まれ育った森ではない。だけど彼女達は獣や精霊の声を通じて、森と会話することができる。
森の歩き方も人間とは違うし、普通ならば気がつくことはない異変を察知することが可能なのだ。
俺はすぐさま父やヴィルホさんらを呼び、ティーリさんの報告を聞くことにした。
父の執務室に全員が集まり、応接用のソファに腰を下ろす。
「――まず、獣の数が多い。それもこの辺りでは見かけない、大型の獣がかなり含まれている」
「獣? ゴブリンじゃないのか?」
父の問いに頷き、ティーリさんは続ける。
「うむ。我々が気になったのは獣の多さだ。むしろゴブリンをはじめとする亜人を発見することはできなかった」
「亜人がいねえって、そりゃどういうこった?」
しかし、ティーリさんはヴィルホさんの質問に首を振った。
「わからん。獣に話を聞こうとするも、なかなか要領を得なくてな。森の木々も霊力が低くて、あまり話を聞けるような状態ではなかった。お前達のほうに進展はないのか?」
ティーリさんに聞かれ、ヴィルホさんは頭をかく。
「んー。こっちも同じだ。盗賊達が拠点にしていたっていう隠れ家に行ってみたんだが、収穫はあまり……な。ゴブリンなんかの姿はなかったぜ?」
父やヴィルホさんは例の盗賊達を連れて、主にこの周辺の森を探っていた。
彼らの頭領が行方不明だから捜索して欲しいと頼まれて、拠点付近の捜索も行ったが、これといった成果は得られなかったそうだ。
しかもゴブリンの姿はどこにもなく、ただ静かな森はこれまでと何ら変わりなかったという。
もしかしたら、俺と父で潰した巣のゴブリンと、盗賊達を襲ったゴブリンは同じ群れだったのだろうか。
そんな考えも頭をよぎったが、ふと先日聞いたことを思い出して、その可能性を否定する。
確かにかなりの速度だったけれど、俺の先を進んでいたはずの父達よりも早く到着したことには驚きだ。どこで追い抜いたのだろう。
「お帰りなさい。アラン」
「お帰、り」
「ただいま。母様、ミミア」
出迎えてくれた使用人と、その中心にいる二人に帰城の挨拶をした。
ミミアが胸に飛び込んできたので、そのまま抱きとめて頭を撫でる。
ミミアは、ミミ様と俺の力で存在を得た子で、一応、ミミ様が母親、俺が父親ということになっている。
「母様、色々と報告することがあるんだけど」
「ええ。わかっているわ。でもまずは落ち着いて、ゆっくりなさい。あの人が帰っていないのに、あまり焦るものではないわ。小鬼族の方達のことは、なんとかしておくから」
「……ありがとう、母様」
穏やかな笑みを浮かべた母の言葉に、俺は頷いた。
それから半日後、父が帰還したという報せを受けた。
……何故か父は、何人かの盗賊を連れていたが。
「――というわけで、会議だ」
父の執務室には、たくさんの人が集まっていた。
父、母、俺、フィアス、ミミア、傭兵のヴィルホさん、執事のジュリオ。そして精霊樹の森の代表として、樹霊族のティーリさんことアルティリエ、同じくオルボーンさん。
父は樹霊族の二人と会ったことがなかったので、まずは自己紹介から始まった。
会議で口火を切ったのは父で、父が王都に呼ばれた理由と、そこで起きた事件を説明した。
ダオスタでの一連の経緯はほとんど父が話してくれたが、パウーラでの戦いや、俺の力についての説明は俺自身で行った。
そして、ヴィルホさんは領内の治安、軍の状況について。ジュリオは領内の人口、農作物や生産物を含む経済状況について。母からは現在領で起きている問題、改善に向けての施策などを説明。そしてオルボーンさんの口から、森の状況が報告された。
一通りの報告が終わると、あの小鬼族と、父の連れてきた盗賊に話が移る。
「小鬼族については、光の剣で斬ったゴブリンがああなったんだよ。グイと同じようにね。なんで今回元の姿に戻れたかまでは、わからないけど……」
「領内にまだ精霊樹の森の人達のために作った仮設住宅が残っていたから、彼らをそこに案内するように家の者に伝えたわ。今のところ、特に問題は起きていないみたいね。グイちゃんみたいに、素直な人達だわ。それと、一月ほど前に、王都から逃げ出してきたっていう獣人達が来たの。彼らも同じ場所に住んでいるけれど、大丈夫だと思うわ」
「そうなんだ。ありがとう、母様」
どうやら、とりあえずの住居はなんとかなるようだ。
食料についても、先ほどジュリオから報告があった通り、収穫はこれからだけど、備蓄があるので問題ないとのこと。
それにしても王都の獣人が、うちにも逃げてきたとは……。
母曰く、獣人達は、なにやら神の使いに導かれてここまで来たと言っているようだけど、話を聞く限り、その神の使いってラスのこととしか思えない。
フィアスを見たら、あからさまに目を逸らしたので、うん、何かしら関係があるのだろう。
「それでヤンよ、お前の連れてきた盗賊どもはなんなんだよ? お前の指示通り、地下牢に収容してきたけどよ」
ヴィルホさんが、父に話を振った。
「あー……、あいつらはなんというか、助けてくれって泣きついてきたんだよ」
「助けてくれ、だあ? 一体何があったんだ?」
「それがよ、どうやらゴブリンどもに襲われたらしいんだわ」
「なんだ、ゴブリンかよ。盗賊なのに随分と弱っちい奴らだな、おい」
「だが、俺達が遭遇したようなゴブリンだったら、確かにてこずるかも知れないぜ? 思い返してみればみるほど、あのゴブリン達は異常だった」
「異常……?」
それまで黙って話を聞いていたティーリさんの口から、そんな呟きが漏れる。
振り返ってティーリさんを見ていたヴィルホさんは、父に向き直った。
「異常ってのは、なんだ?」
「奴等は、戦術ってやつを使ってたんだよ」
会議は終わり、俺は自分の部屋に入った。
随分と久しぶりに感じる。使い慣れた机や椅子を撫で、柔らかな風で踊るカーテンに触れる。
窓の外には、遠く高く聳える山々、光る湖面、そしてレイナルの町が見えた。
旅の荷物を床に置き、俺は本棚に目を向ける。
もう何度も読み返した本が並んでいるそこに、俺は一冊を追加した。
オメテクトル神様にもらった、あの神書。旅の中で、何度も読み返した。
そして考えた。自分のことを。
「……人々を導き、世界を救う」
大それた課題だ。とてもそれが俺にできるとは思えない。
両手を見つめ、考える。
俺が救えるのは、手の届く範囲だけ。あのゴブリン達だって、獣人達だって、救うことなんか……いや、救うだなんて、おこがましい。俺自身の力など、ないに等しいのだ。
だけど、やるしかない。たとえ救うことができなくとも……それが約束なのだから。
「アラン、いるか?」
物思いにふけっていると、ノックの音が部屋に響いた。聞こえてきた声はティーリさんのものだ。
俺は扉を開けて、ティーリさんを部屋に迎え入れる。
「疲れているだろうに、すまない。森に行く前に、少し会っておきたくてな」
「いいよ。そんなに疲れてもいないから」
先の会議で、ティーリさん達樹霊族は、森の見回りを強化することが決まった。
知恵を持つゴブリンの出現は、それだけなら大事とまではいえないかもしれないが、警戒するに越したことはない。
聖域と化した精霊樹の森に異変は起こっていないというので、それ以外の森を警邏する。
「それで、どうしたの?」
「いや、これといった用事はない。ただ――」
ふわりとした風とともに、花の香りに包まれる。気がつけば俺は、ティーリさんに抱きすくめられていた。
「こうして、お前を感じておきたくてな」
囁かれた耳元がくすぐったい。頬に当たる柔らかな髪が愛おしかった。
「――お帰り、アラン」
「ただいま。ティーリさん」
少しの間、このままで――ティーリさんはそう俺に言った。
時間にして、一分もなかっただろう。やがてティーリさんは頬に口付けを残し、俺の部屋を後にした。
「……兄様」
「……お父、さん」
そして扉の陰から一部始終を見ていたと思われる、二人の少女の呟きが俺の耳に届いた。
ティーリさんが去った後、フィアスとミミアに抱きつかれ、しばらくの間、身動きがとれなかった。
そして唐突に妹は顔を上げて、町に行こう! と言ったのだ。
「ほら、兄様早く!」
「こっ、ち!」
俺はフィアスとミミアに手を引かれながら、久しぶりにレイナルの町を歩く。
木造の建物が多いこのメインストリートには、いくつもの店が軒を連ねている。
肉や魚、野菜を売る店。木材や金属を売る店。布や衣類、雑貨を売る店。そして食べ物の屋台。
俺が王都に出かける前よりももっと店が増え、人や活気も増しているような気がする。
俺がそんなことを口にすると、フィアスが言った。
「それはそうだよ。だって、この間もいっぱい人が来たんだもん」
確かに、王都から逃れてきた獣人に加え、先ほど俺達が連れてきた小鬼族達もいる。
もともとの人口がそれほど多くなかったためか、たった数百人程度でも違いを強く感じた。
「それよりも、今度はあっちだってば! あそこの肉饅頭がおいしいんだよ!」
「お父、さん。あっちも、おいしい、よ」
「はいはい」
規模は王都に比べるべくもない。しかしその活気はちっとも負けてないように思えた。
人間も獣人も亜人も争わず、互いに差別なんかしていない。
犬人に猫人に牛人、豚人に鳥人。樹霊族のようなエルフに、小鬼族。
この領内には様々な種族の人達が暮らしているのだ。
彼らは笑ったり、穏やかな表情を浮かべたりしていた。
そうして町をぶらぶらと歩き、ある露店を覗いたときのことだ。俺は不意に声をかけられた。
「おや? なんだい、久しぶりだねえ。いつ帰ってきたんだい?」
大きな籠を手に声をかけてきたのは、精霊樹の森で出会った女性。人間がいないはずの森の村で、何故か一人、そこにいた人物。
「カルラさん。いや、実は帰ってきたばっかりなんですよ」
そう、精霊樹の森で行き倒れていたところをラスが助けた、カルラさんだ。
「ん? 帰ってきたばっかりって……ははあ、それで、休む暇もなく連れ回されてるってわけかい? あんたも大変だねえ」
店の商品にはしゃいでいるフィアスとミミアを見て、カルラさんは大体の状況を察したようだ。
「ははは……まあ、しばらく会えなかったわけですから、このくらいはしてあげないとって思って」
「あんたも大概優しいよねえ。それで、王都はどうだったんだい?」
「まあ、色々とありました」
「ふーん? なんだか、楽しいことだけじゃなかったようだね。ま、詳しいことはまた聞かせておくれよ。じゃあね」
「あ、はい」
そう言ってカルラさんは往来の中に溶け込んでいく。
そういえば、カルラさんは元盗賊だったはず。父が連れてきた盗賊と、何か関係があったりするのだろうか?
「ちょっと兄様、何やってるの!? 早く、こっちだってば!」
「はいはい」
考え事をしていると、フィアスの少しいらだったような声が聞こえてきた。
近づいて来たフィアスに手を取られ、引かれるがままに町を歩く。
食べて走って、また歩いて。終始笑みの絶えない二人に釣られて、俺もまた笑顔になる。
また何か食べたいものでも見つけたのだろう、フィアスが一人で屋台に向かっていく。
「そんなに食べて、太っても知らないぞ」
俺がそう言っても聞きもしないフィアスを少し呆れた顔で見守っていると、控えめに手が引かれた。
「お父、さん」
ミミアだ。顔を向けると、彼女はそっと口にする。
「今夜、ミミ様が、お話したい、って、言ってた、よ」
レイナル城には、いくつかの塔が建っている。その中でも白く彩られた塔に、俺はその夜、一人で向かった。ここはミミ様がミミアの体に在ったとき、好んでよくいた場所だ。
木と石の螺旋階段を上り、厚い木の扉を押す。
重々しい音が響いて開いた扉の先にいたのは、白い髪と肌の少女。
「ミミ様」
「来たわね、アラン」
見た目はミミアだが、纏っている雰囲気はまったくの別物だ。
「久しぶりね」
ミミ様はそっと俺の頭を抱いた。ふわりとした、優しい花のような香りに包まれる。
そのまま、数分ほど経っただろうか。
「あ、あの、それでミミ様、話って……?」
「あ、そうだったわね、ごめんなさい。こうやって肉体で触れるのは久しぶりだから、つい。そう、アランに話しておかなければならないことがあるの」
ミミ様は俺から離れて居住まいを正す。
「邪神のこと。それと小鬼族のような邪神に魂を侵された種族について、伝えておこうと思って」
塔の部屋は狭く、向かい合って椅子を二つも置けば、膝と膝が触れ合うほどだ。
少し涼しく感じる秋の風が窓から入り、時折肌を撫でる。
「まずは、邪神がどんな存在なのか。前に話したことがあったと思うけれど、彼らはこの世界を自分達のものにしようとしている。人の平安を乱し、破壊と憎悪でこの世界を満たそうとしているの。この世界に生きている生物――特に人種と呼ばれる知能の高い種は、主神様の魂を宿しているわ。それは神と呼ばれる私達も同じ。等しく、主神様の魂――分御霊を宿している。……でも、邪神は違うのよ」
「俺達人間や、ミミ様は主神様の魂を宿しているのに、邪神は違う? 邪神は、系統が異なるということですか?」
「その通りよ。邪神は、ある一人の神様が生み出してしまった存在なの」
「神様が、邪神を?」
「そう、主神様の業を盗み、自分の直系の子を作り出してしまった。そうして生まれたのが邪神。折りしも人という種が作られた直後、自らの優秀さを示さんがために、邪神を作ったのだと言われているわ。主神様はお怒りになられた。なにせその神様は、主神様のお作りになった最高の芸術品である人よりも、自分の作った子の方が優秀だ、彼らこそが地上を支配し、栄えるべきだと主張したのだから。もちろん、そんな主張が受け入れられることはなかった。結局その神様は、主神様に反逆の意を示した罪で、地獄に幽閉されることとなってしまったの。今でも、地獄の最下層『凍結地獄』にいると言われているわ」
まだ人が神の声を聞き、その言葉に従って日々の生活を営んでいた頃。
罪なんてものは存在しなかった時代。
邪神を生み出してしまったその神様のために、地獄が作られたのだとミミ様は語った。
「だけど、生み出された邪神に罪はないわ。だから主神様は大愛をもって、彼らの存在をお許しになったの。それが今日に至るまで、邪神が存在している理由」
しかし邪神は、自分達を生み出した親神の性質を受け継いでしまっていた。神に祝福されて生まれ出た人を憎み、この世界を壊して奪わんと考えたのだ。
世界に蔓延る争いや憎悪は、邪神の働きによるもの。彼らは人の負の感情を巧みに操っている。さらには小鬼族をはじめとした他の種族の魂を侵し、変異させてしまった。
現に俺は王都の剣闘大会で、変異した人間を見た。薬の力もあっただろうが、あれは間違いなく邪神の力によるものだ。
「今回、アランは多くのゴブリンを、本来の姿である小鬼族に戻してあげたわね」
「はい、ゴブリンを光の剣で斬ったら、小鬼族になっちゃいました」
「ええ。どうやら貴方の光の剣は、魂を斬る力があるみたいね」
邪神の魂が切り離され、ゴブリンが小鬼族になった。でも――。
「でも、光の剣で斬ったゴブリンは、もっといたんです。どうして戻ったのが全員ではなかったのでしょう?」
ゴブリンのまま死んだ者との違いは?
「それはね、アラン。小鬼族に戻れた者とそうでない者の、魂の比率の差によるものなのよ」
「魂の比率?」
ミミ様によれば、ゴブリンのまま死んだ者は、魂が邪神の系統にかなり寄っていたのではないかとのことだ。邪神の力が切り離されて本来の魂だけになったものの、魂の力が足りず、そのまま死んでしまったのだという。
ならば、その死んだ小鬼族は、どうなってしまったのか。ようやく魂が解放されたというのに生きられないなんて、あまりに可哀想だ。
だが、そうこぼした俺に、ミミ様は言った。
「安心なさい。小鬼族に戻れずに死んでしまったゴブリンの魂も、邪神からはきちんと切り離されている。だから、彼らも正しい道に進めるの。あっちで修行を真面目にすれば、魂を強くすることができるわ。そして必ず生まれ変われるの」
「……良かった」
それを聞いて、安堵の息を吐いた。なら、あのゴブリン達にも救いがあるというわけだ。
そして話はまた邪神に戻る。
「邪神の弱点は、光。それは知っているわね」
「はい」
「だけど、もう一つ、対抗できるものがあるの」
コノリの母親であるカトカさんや、薬でおかしくされていたフラン姉ちゃんに取り憑いていた邪神も、俺の光を嫌って逃げていった。
それ以外に、もう一つ。一体なんなのだろう。思案する俺に、ミミ様は言った。
「それはね、アラン。心よ」
「心?」
「そう、強く、正しい心。人を思いやり、救おうとする、信念のある心。それこそが、邪神に対しての最大の武器となる。そのことを覚えておいて」
「――はい」
ミミ様は手を伸ばす。そして俺の頬にそれを添え、優しく微笑むのだった。
†
グラントラム王国の首都、ダオスタ。
その都市を囲む堅牢な壁は、内側に住む人々を、営みを、文化を守っている。
三重の壁にはそれぞれ名前がつけられており、壁として積まれた石と同じく、この街にも歴史があった。
ダオスタの中心には、大きな城が建っている。
この国の中枢であるその城は、かつて要塞だったというが、長い時間をかけて屋根や壁、扉や窓などに装飾が施され、今ではその面影を見ることは難しい。
そんな場所の、とある薄暗い部屋の中で、幾人もの男達が話し合っていた。
どの人物も、豪華な衣装を纏っている。顔かたちはそれぞれ異なっているが、ただ一つだけ共通しているものがあった。誰も彼も、眉間にしわが寄っているのだ。
「――此度の奴隷どもの反乱のせいで、労働力が足らぬ! 我が国の穀物生産量は、最盛期の六割にまで落ち込んだぞ!」
テーブルを拳で打ちつけて叫んだのは、グラントラムの農林産業を担当している大臣だ。
「そう声を荒らげるな。十分聞こえておるわ。こちらだって、新たな壁の建造にと、獣人どもを手配しておったのだ。あの事件の影響は、お主のところだけではない」
「左様。市場のほうも、人手が足りなくて困っておる。冒険者組合に人員を要請しているが、補うことはできておらん」
続いて国土開発大臣、経済産業大臣が窮状を訴える。
他の面々もしきりに頷き、先の事件における、各々の問題を述べるのだった。
「しかし、捕らえている獣人達を出して使うことはできんぞ。奴らには罰が必要なのだ」
「では、どうせよと言うのだ!?」
グラントラム王国の首脳陣。彼らは今回の反乱に加わった獣人達の処遇をどうするかで揉めていた。全員死刑にすべきだとの声や、人員不足なら懲罰として活用すべきという意見、また、もともと獣人達は国民の所有物なので、所有者に返却すべきだとする主張がぶつかり、事件から一ヵ月経った今でも解決には至っていない。
第二章
「やはり、森の様子がおかしい」
森の調査をしていたティーリさんが、城に来て俺に会うなりそう言った。
樹霊族に調査をお願いしたのは、レイナル領から南西方向にある、広大な森と山々だ。先日、俺達がゴブリンに遭遇したのもそこである。
ティーリさんをはじめとする樹霊族は、森のスペシャリストだ。
あれから一ヵ月、ティーリさん達に調査をしてもらったのは、彼女達の生まれ育った森ではない。だけど彼女達は獣や精霊の声を通じて、森と会話することができる。
森の歩き方も人間とは違うし、普通ならば気がつくことはない異変を察知することが可能なのだ。
俺はすぐさま父やヴィルホさんらを呼び、ティーリさんの報告を聞くことにした。
父の執務室に全員が集まり、応接用のソファに腰を下ろす。
「――まず、獣の数が多い。それもこの辺りでは見かけない、大型の獣がかなり含まれている」
「獣? ゴブリンじゃないのか?」
父の問いに頷き、ティーリさんは続ける。
「うむ。我々が気になったのは獣の多さだ。むしろゴブリンをはじめとする亜人を発見することはできなかった」
「亜人がいねえって、そりゃどういうこった?」
しかし、ティーリさんはヴィルホさんの質問に首を振った。
「わからん。獣に話を聞こうとするも、なかなか要領を得なくてな。森の木々も霊力が低くて、あまり話を聞けるような状態ではなかった。お前達のほうに進展はないのか?」
ティーリさんに聞かれ、ヴィルホさんは頭をかく。
「んー。こっちも同じだ。盗賊達が拠点にしていたっていう隠れ家に行ってみたんだが、収穫はあまり……な。ゴブリンなんかの姿はなかったぜ?」
父やヴィルホさんは例の盗賊達を連れて、主にこの周辺の森を探っていた。
彼らの頭領が行方不明だから捜索して欲しいと頼まれて、拠点付近の捜索も行ったが、これといった成果は得られなかったそうだ。
しかもゴブリンの姿はどこにもなく、ただ静かな森はこれまでと何ら変わりなかったという。
もしかしたら、俺と父で潰した巣のゴブリンと、盗賊達を襲ったゴブリンは同じ群れだったのだろうか。
そんな考えも頭をよぎったが、ふと先日聞いたことを思い出して、その可能性を否定する。
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