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連載
7-02
しおりを挟む整備された石畳の道が濡れ光っている。
真っ直ぐに伸びた道路は中央で区切られ、人や馬車が規律を守って通行していた。
誰も彼もが慣れた様子で、この小降りなど気にもしていない。
流れの緩やかなこの中から目を移せば、道路の両側には人の作った見事な建物が目に入ってくる。
均一で統一されたその町並みは見事の一言に尽きる。
石と漆喰の白壁。屋根は青か緑の瓦。
個々を見れば細かな装飾であったり、色のバランスであったり、大きさが違っているのがわかるが、それがかえってこの統一された街並みに人間味を与えていた。
肌に纏わりつくような細かな雨。
空を見上げれば、遥か高くに灰色の雲が乗っかっている。
故郷では、空はもっと近かったのに……。
馬の背に揺られて進むこの道のある場所は、グラントラム国内ではない。
ここはサージカント領の領都べナス。
通称『雨の都』と呼ばれるこの都市は、ドゥルアーン帝国の一地方に過ぎなかった。
「スマンなあ、こっちではこれが普通なんや」
空を見上げて顔をしかめていた俺に、隣を進んでいたカサシスが謝ってきた。
帝国の貴族であるカサシスのフルネームは『カサシス・ヴァルク・サージカント』。
そう、ここはカサシス達の一族が治める土地だ。
「いや、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだ」
「……そか」
視線を前に戻す。
「しかしまあ、まさかドラゴンとは恐れ入ったで。それに、あいつらにも」
「まあ、色々とね」
「他にも、色々といそうやなあ……」
「それはどうだろうね?」
「……怖いなあ」
会話はすぐに途切れてしまう。
ここまでの長い道のりで、彼と交わした言葉は少なかった。
気にしているのだろう。
自分が、そのきっかけになってしまったことを。
――レイナル領にグラントラムからの軍が差し向けられた。
まさに青天の霹靂。いや、兆候はあったのかもしれない。
レイナル領に住む獣人たちをグラントラムに奴隷として謙譲しろという、政府からの要求を断ったのがそもそもの原因だ。
だが、今回の理由はレイナルが帝国と通じていたというもの。
売国の容疑をかけられたのだ。
幼馴染であり、藍華騎士団というグラントラムで民衆の支持を得ている女性騎士団の団長である、フランチェスカ・カッティーニ。俺がフラン姉ちゃんと呼んでいるその人と、彼女の父親であるジョルジェット・カッティーニ。ジョルジェット様は俺の父であるアラン・ファー・レイナルの友であり、グラントラム近衛騎士団長でもある。その親子がグラントラム国内の親レイナル派をまとめてくれたと報告を聞いて、安心していたのは確かだ。
だがまさか、仮にもグラントラム軍のトップの一人であるジョルジェット様に悟られずに軍を動かすことができるとは思わなかった。
その数は千二百人。長い隊列を組み、レイナル領に向かう山道を越えてきたのだ。
その前段階として送られてきた調査隊は、妨害を行い、その足を遅くさせることができた。時間を作り、その間にフラン姉ちゃんやジョルジェット様がグラントラム国内で味方を増やしてくれた。しかし今回は数が多すぎた。
グラントラムの首都ダオスタで商店を営むネッドから報せを受けたときはもう、軍は山道に入っていた。
話は通じず、要求は降伏してレイナル領を明け渡せというもののみ。
ならば降伏すればどうなるかと聞けば、父や母は思い罪を着せられ、投獄。俺や妹のフィアスは国外追放。そしてレイナル領の住民は皆、ダオスタへ移送されるとのこと。
従うことなんて出来るわけがない。
だが、当主である父は亜人の群れから対抗する為、その支援に向かったきりだった。
母はいたものの、決断を下せずにいた。
抵抗か、降伏か。
レイナル領の戦力――グラントラム側には知られていない、獣人や亜人達の力を借りれば撃退は可能だろう。
しかしそれをしてしまえば、グラントラムから完全に離反することになる。
それは、フラン姉ちゃんたちの努力を無にしてしまうのと同義だった。間近にせまったグラントラム国軍を前に、食い荒らされるのを見ているしかないのか。そんな思いが湧き上がった。
そんなときだ。カサシスが提案してきのは。
「アラン、サージカントの軍をここに受け入れてもらえへんやろか? そうすれば、グラントラムの軍だって、不用意には近づけんはずや。ここで多少の地は流れるかもしれへん。やけど、少なくとも時間を稼ぐことはできるはずや。お前の親父さんが帰るまで。ここの住民が逃げるくらいの、な」
聞けば、既にサージカント領軍はダオスタから反対側の山中まで進んできているとのことだった。
旧い道を修復しながら、およそ五百の兵が。
昔レイナル領から東を探索したときに、朽ち果てた道の跡を見つけたことがあった。そこを少しずつ、誰にも悟られないようにしながら。
あまりにも都合のいい、まるでお膳立てされたような提案だった。
そのとき、繋がったのだ。カサシスの「すまない」という言葉と、彼の兄に対する態度が。
問い詰めてみれば、カサシスはあっさりと白状した。
レイナルをグラントラムから離反させ、サージカントのものにする為の工作が行われていたことを。カサシス自身は、それに利用されたと。
カサシスの提案を断れば、レイナルは孤軍。それどころか西からはグラントラム、東にはサージカントが待ち構え、絶体絶命だ。
提案を受け入れるしかない。そう思った。
父のいない今、母や妹、レイナルの地で暮らす皆を守る為には……。
「お客人、見えてきました。あれが我がサージカント領の誇る、ミルヴァレーゼ宮殿です」
サージカント家に仕える使用人の一人が告げた。
その人の指し示す方向には、建物の間から見える、一本の輝く尖塔が空に突き出されていた。
「あそこが宮殿の正面なんやけど、俺たちが行くんは、あっこやない」
幾人かの兵が守る大きな門を潜って馬を下りた。一本の樹――枝の先が様々な幾何学模様になっている――の両脇に獣を携えている紋章がサージカントの紋章だという。それが大きく入った馬車に乗り込み、整った広大な庭を進む。青白い花々が咲く花壇に囲まれた道はどこか寂しげな印象を受けた。
馬車での移動は二百メートルほどだっただろうか。大きな尖塔の建物の前に下ろされた。見上げるのは大階段。
五十メートルを越える幅の階段には噴水と木々が規則正しく植えられ、暖かさと涼感を演出している。
「なあ」
「なんだ?」
「……お手柔らかに頼むで」
「それは、約束できないな」
話しかけてきたカサシスに少しぶっきらぼうに返す。
俺は怒っているのだ。
「まあ、そうやろなあ……」
「ただ、忠告をしに行くだけだよ。穏便にね」
カサシスが立ち止まった俺に並ぶ。
手の甲にどこかから零れ落ちた雫が当たっては散っていった。
カサシスの手が少し震えている。
表情も強張ったままだ。
俺は彼の肩を軽く叩いて、言った。
「文句を言ってやるよ、カサシス」
カサシスを利用した、サージカントの一族に。
「……ありがとな」
彼らしくもない、小さな声が雨音の中に落ちた。
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