王人

神田哲也(鉄骨)

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7-03

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 レイナルにサージカントの軍を招き入れるというカサシスからの提案を受けた夜、少し考えさせてくれとレイナル城の尖塔のひとつに篭もった。
 この地を統べている神様に悩みを聞き届けてもらう為に。
 風のない、静かな夜だった。
 軋む木製のドアを開けて、椅子が一つしかない部屋の中へ。
 俺は徐にその椅子に座り、目を閉じた。
 気持ちは重く、暗い。
 ただ静かに祈った。
 扉が開かれるのを。
 時間にして一時間ほどだろうか。
 どこからともなく、声が頭に響いた。

『――悩んでいるようね』

 優しい、自愛に満ちた女性の声だ。
 祈りに応えてくれた存在の名前を呼ぶ。

「ミミ様……」
『久しぶりね。貴方がそんなにも悩んでいるのを見るのは』
「そう、でしょうか。……いえ……そうかもしれません」
『話してみなさい』
「……はい」

 俺は悩みを打ち明けた。
 それは懺悔だった。
 今のレイナルの状況を。
 神様であるミミ様が、知らないはずがないのにも関わらず。

「自分たちで決断しなければならないことはわかっています。自分を信じなければならない、ということもわかります。ただ、俺は……」

 言葉はそこで詰まる。
 自分が何を言おうとしているのか、それさえもわからなくなった。
 俺の口から音が無くなれば、静寂が部屋の中を支配する。
 俺の問いにもなっていない問いに、やがてミミ様は応えた。

『アラン、怖いのね。皆を率いることが。決断を下すことが』
「……はい」

 正確に言い当てられたのは、俺の思いだった。
 もう何度も自分の判断で決めてきた。今まで何度も。
 だけど、これほど多くの人の道を、命を背負ったことはなかった。
 だから、怖かった。
 自分が大きな決断をしなければいけないことが。

『そして苦しんでいるのね。友に裏切られたと思って』
「…………はい」

 そう、何よりも俺が苦しんでいるのは、カサシスのことだ。
 裏切られた。
 今まで共に冒険して、背中を合わせて戦って来た。

「……友達だと、思っていました」

 そう思っていたのだ。

「だけど、ただの思い込みだったみたいです……」

 心の中にあるのは、喪失感だ。
 失ってしまったものは、俺には大きすぎた。

「カサシスははじめから、このレイナル領が目的だった……。剣闘大会での出会いも、一緒に冒険者をしたことも、ダンスの練習をしたことも、彼と過ごした時間全部が……」

 下を向いて俯くしかない。
 今は上を見ることはできなかった。

『今の貴方は、悲しみに暮れて、涙で何も見えていないのね……』

 その通りだ。今は何も見えない。
 ただ悲しみと責任だけが重くのしかかる……。

『アラン、私に言えることは一つだけ。自分に自信を持ちなさい。それだけよ』

 声は優しげで、笑みを浮かべるミミ様の顔が見えたような気がした。

『怖くて当然。それを恥じることはないわ』
「……え?」

 ふわりと暖かい空気が通り過ぎ、それきりミミ様の声は聞こえなくなった。
 光の術具は部屋の中を照らしている。
 蝋燭の火にも似た、赤く柔らかな光だ。
 部屋の中には俺一人きり。他には誰もいない。
 強い風が石を鳴らした。
 迷うな、と叱咤するように。

「……怖くて当然。恥じることはない……」

 ミミ様の言葉を反芻し、呟く。
 不思議とそれだけで心は落ち着いていく。
 目を瞑り、拳を強く握って深呼吸を繰り返す。

「より、人が助かる方法は……。救われる方法はなんだ……」

 静かに思考を続けた。
 やがて空が白み、尖塔の小窓に小鳥が舞い降りた頃だ。

「――よし!」

 決意を胸に、俺は立ち上がった。
 迷いはある。だけどやるしかない。
 最善を尽くすしかない。

「――本当に、それでいいのね? 後悔はない?」

 決断を告げた俺に、母が聞き返す。
 母の言葉は否定ではなく、ただの確認だった。

「うん。それが最善なんだと、俺は思う」
「わかったわ」

 そのまま、眠りもせずに皆に話をしにいった。
 寝ている余裕はなかった。
 グラントラム軍、そしてサージカントの軍がレイナル領に到着するまで、時間がなかった。

「俺たちは当主代理の考えを支持する。もう奴隷はまっぴらごめんだ」

 レイナル領に逃げ込んできた獣人達は、そう言っていた。

「国がなんで、ご当主様達を追い出そうとするだ? そんなん、許せねえべ!」

 元からこの地に住んでいた住民たちの声だった。

「なんとも勝手なものだな……。私たちは問題ないよ」
「勝手、勝手!」
「ここは君達の住処だったんじゃないのかい? アラン」
「僕らも追い出されるのは嫌だよ。アラン」

 精霊樹の森に住んでいた住民たち。

「ボスがなんで追い出されるんだ?」
「ははあー。そりゃ大変なごっだなあー」

 エリピアの地下都市と、その周辺に住む者達。

「なんともまあ、本当に人間ってのは欲深いもんだねえ。……って、アタイもそうだった」
「お前はもう、樹霊族のようなものだろう」
「いやいや。流石に結婚したからって、種族は変わらないんじゃないかい?」
「肉体的にはな……。だが、お前の魂はもう、我らと共にある」

 なにやら甘い空気を醸しだす樹霊族と人間の二人。
 咳払いをすればこちらを見やり「我らは支持する」と男は言った。
 もう、気兼ねすることはなくなった。

『任せて! 私頑張るよ!』

 光を反射して、ピンク色が煌めいた。
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