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2.手、放してもらっていいですか?
しおりを挟むその人を見つけたのは本当にたまたまだった。バイトで失敗をして凹みながら帰った帰り道。そこでやっていた小さなイベント。駆け出しアイドルの路上ライブだった。
立ち止まる人は少なかったけれど、それでも一生懸命歌って踊る姿に目を引かれ、元気が貰える気がして少しだけ見ていくことにした。そこにいたのが我が推しとなる人だった。通行人の邪魔にならないように道端に避けてそのライブを見ていた。人の少なくなった道端で誰にも見られていなくても、その人はキラキラと輝くように見えた。舞台には3人いるのにその人にしか目が行かない。
最初は軽い気持ちで見始めたのに、結局最後まで見てしまっていた。終わってしまうのが悲しいくらい、そのライブにハマっていた。終わって彼らが片付けを始めても、立ち去ることなく見ていた。
「あの…俺等のライブ見てくださってありがとうございました。それでその、また月曜にやるので良かったらまた来てくださいね!」
ぼーっと見つめていた俺に気付いた彼が声をかけてくれた。にもかかわらず吃驚した俺は、逃げるように走り出していた。
失礼なことをしたのを謝りたくて、次のライブにもその次にも行った。けれど、声をかけることもできないままだった。毎回密かに目立たない場所で応援していた。
最初にたまたま見た次のライブで、彼や彼の所属するグループの名前を聞いた。
「alfalfaです!よろしくお願いします!俺はリーダーの藍月(あいる)です!名前だけでも覚えていってください!」
リーダーらしい俺のイチ推しの彼は藍月と言うらしい。今日もキラキラと輝いて見える。黒髪で少し長い前髪を綺麗に流して整えている。後ろもふわりと整えられ、今日もイケメンだな。
「はいはい!僕は、もえぎです!よろしく!」
二人目に話し始めた、衣装がピンクで可愛い感じの雰囲気の彼は、もえぎくんか。推しではないけれど覚えておこう。
「最後に俺は、理人(りひと)だ。よろしく。」
最後の一人は落ち着いた人のようで、細めの眼鏡をかけた黒髪の人だった。それから少し雑談を挟んで、一曲目が始まる。歌って踊る藍月くんに夢中になっているうちに、直ぐに終わってしまった。今日は、3曲で終わりの日のようで、2曲目も3曲目もあっという間に終わってしまった。
その代わりに今日は、手渡しでCDを売り出すらしい。買ってくれた人には握手もしてくれるのだとか。1000円だというのでついつい2枚買ってしまった。一枚につき一人と握手だったので藍月くんと1回握手してもらうことにした。藍月くんはきっとこの間の事など気にしていないのだろうか。いや、そもそも覚えていないのかもしれない。笑顔で対応してくれた。
「お、おうえん…してます!」
「はい!いつもありがとうございます!!」
「っ!」
まぁ…コミュ障の上、推しの笑顔を至近距離で直視することに耐えられなかったので逃げるように帰っただが…。
それからも路上ライブに行ってはグッズがあれば最低一つは買っていた。5度ほどライブに行った頃、SNSを始めてみることにした。というのも、alfalfaのメンバーもSNSをやっているらしく、それを見てみたかった。
ものの見事にalfalfaに嵌っていった俺は、alfalfaの上げている投稿を拡散したり、alfalfaのグッズを買った写真を気ままに上げたりしていた。コメントも出来るだけするようにしていた。特に藍月くんを推しで、忙しくても藍月くんの投稿には必ずコメントした。
そんなことを繰り返して、alfalfaを追い始めて3ヶ月がたった頃、路上ライブはもうしないというお知らせが投稿された。
その理由としては、人気になってきたことで、通行人の迷惑となること、またスカウトされたのでそちらのトレーニングに専念してパフォーマンス向上をはかるとのことだった。
確かに最近のライブではそこそこの人だかりになっている。俺はあの小さなライブが好きだったし、近くで見られる藍月くんのステージが好きだった。だから少し寂しい気持ちはあった。けれどそんなことを言っても仕方がないことはわかっているし、人気になるのは彼らにとっていい事だ。お知らせの投稿にいつものように応援のコメントをしておいた。
そんなお知らせから数ヶ月たち、姿を見れることはないものの、SNSの更新は相変わらずしてくれていたし、時々動画も上げてくれていた。元気な姿が見られて嬉しかったし、欠かさずいいねやコメントをした。
彼らのひたむきな努力が実りついにデビュー日が公表された。更にはそれにあわせて、CDも販売するのだという。気合を入れて、応援せねばと取り敢えずバイトのシフトをギリギリまで増やした。
そしてやってきた彼らのデビューの日。彼らはその日から一気に一世を風靡するアイドルに駆け上がった。当初予定していたよりもずっと売れたらしいCDは即座に完売。もともと先行予約で予約していて本当に良かった。
路上で売っていたCDとデビューシングルのCDを持って、あのライブをしていた場所と一緒に撮ってSNSに上げた。彼らの初めてのライブは、近くの会場から遠方のライブ会場まで抽選にことごとく外れたので行けなかったが、それでも応援していると伝えたかった。
そんな折、握手会チケットが当たるかもしれないグッズが売り出された。alfalfaのグッズを必ず買う俺は、たまたま当たりを引いていた。これは…一途に応援し続けた俺へのご褒美…?ライブ外れた分の運が回ってきたのかな。
握手はしてもらったことはあるが、どうしようか…。行くべきなんだろうけど、alfalfaのファンは殆ど女の子だ。俺が行けば必ず浮く。いくら俺の背が女の子に埋もれそうなほど低くてもだ。でも、また近くで藍月くんを見たい。
そんな時に、思いついたのが女装だったのは、今でも俺はあの時おかしかったんだと思う。alfalfaのイベントに行きたすぎる故の過ち。
何を血迷ったか、女装をして握手会に行くという人生最大の黒歴史を残した日。ボーイッシュな女の子で通るだろうと、短めなウィッグをかぶり、ジーンズ、パーカー姿で赴いた。
沢山の女の子で溢れた会場で、間違えないように藍月くんの列を選んで並ぶ。チケットの確認をされて、持ち物の確認もされた。待つこと数時間、ついに推しの目の前にやってきた。
「応援ありがとう!並んでて寒かっ…たよね…」
こんな人数を、対応しているのに笑顔で話しかけてくれた推しの顔が固まる。握手して貰うために差し出した俺の手は宙ぶらりんのまま、戸惑い手を引っ込めようとすると、すごい勢いで掴まれた。そして、そのままぎゅっと握りこまれる。
「あ…ごめんね、嬉しくて!ずっと応援してくれてるよね!」
そう言って、とびっきりの笑顔を見せてくれる推し。尊い。目が推しの輝きで潰れそう…。いや、待てよ。なんて言った?ずっと応援してくれてる?コレは、覚えてもらってるのか?
そうだとしたら今の俺の格好は恥ずかしすぎないか?
いや、考えないようにしよう…。
「あ、えと応援してます。頑張ってください。」
そういうのが精一杯だった。そして時間を知らされたので、手を放して、次の人に場所を譲ろうとする。あれ?離れな…離れない!
「あの、手、放してもらっていいですか?」
「ああ、ごめ…ごめんね。あの少し話したくて。少し奥で待っててくれたりしない…かな?」
他の人に聞こえないように小声で伝えてくる藍月くんは、断ろうと口を開く俺を察してかとても悲しそうな顔をする。……そんなの断れねぇよ!
斯くして推しのしょぼん顔に負けた俺は推しの知り合いだからということにされて、控室に通された。
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