上 下
5 / 6
5ブーケ

優しすぎる男

しおりを挟む
セリコは家に帰り、湯を沸かしていっぷくすることにした。その間に仕事の服に着替えたのだが、今、強制的に仕事が休みだったことに気づき、服を脱ぐ。

色んなことがありすぎて頭が追いつかないらしく、頭を冷やす意味でシャワーを浴びていた。のだが、なぜかお湯を張っていない浴槽に浸かる。


わたし、本当にリア充になったんだよね…。
突然すぎて頭が追いつかない。


「ってお湯ないじゃん!」


独身女のひとりノリツッコミはなかなか痛々しい。

ピロピロ     ピロピロ

携帯が鳴った。

ピッ

「はい、もしもし?」
「セリコ? あたしだけど」

どうやら声の主はリンコのようだ。

「無事に帰ってたみたいでよかったわ。
あんたのことだから道端で寝てたりしたらどうしようかと心配してたのよ。」

ギクッ


リンコの鋭い発言に焦った。

「…えっとねー、まぁ道端では寝ちゃったんだけど年下の男の子に保護されてー…」

セリコは上手い言い訳が思いつかなかった。

「なんつった?」
声が急に低くなった。
「あ、あの、でも処女喪失はしてないし
すごくいい子だったんだよ?」

必死に彼の良い所をアピールしたが出会って日も浅いのであまり気の利いた事は言えず。

「はぁー」
リンコは深いため息をついた。

「おい、馬鹿。」
「は、はい。」
電話ごしでも伝わってくる怒りの波動にセリコはつばを飲んだ。

「そいつがちゃんとした男だったからよかったけど、もしろくでもないやつだったら
  あんた危ない目にあってたんだからね!」

相当怒ってはいるが、心配するあまり声が荒ぶっているようにも聞こえる。

「ごめん、リンコ…。」
ここまで心配してくれる友達に嬉しさと申し訳なさが入り交じった。

「まぁ、あたしの責任でもあるんだけどさ。タクシー拾わせて帰らすべきだったわ。」


どうしよう。
言うに言い出せなくなってしまった。

その保護してくれた男と付き合っているなんて言ったら説教だけじゃ済まないよねー…。

「…。」
「どうした?」
なにから話せばよいかわからず黙った。

「まさかとは思うけどさ…そいつと付き合った?」

リンコの勘と推理能力は人並み以上だ。
「エスパー!?」
「おい、馬鹿。そいつとは別れた方がいい。
と、あたしは思う。」
彼とは別れることを勧める。

「…35歳でもいいって。…処女でもいいって言ってくれたの。それだけで私…すごく嬉しくって…。」
セリコは今の彼に対する思いを言葉をつまらせながら語った。
その思いが通じたのか

「わかった。でも、これだけは約束して。」
「なに?」
「何かあったらすぐ電話すること。
旦那がどうしようとあんたに会いに行ってやるから。」


かっこよすぎでしょー!


「うん。ありがとう。」
そう言って電話を切った。

ピロピロ     ピロピロ

リンコ、まだ何かあったのかな?

ピッ

「もしもし?」

この声は!

「マ、マコくん!?」
「まだ離れてそんなに経ってないのに声が聞きたくなっちゃって。
 すみません、子供っぽくて。」

不意打ちの電話に何を話せばよいかわからない。

「全然、子供っぽくなんかないよ。電話にでてマコくんの声だってわかった時すごく嬉しかった。」
「…そんな、ストレートに言わないでくださいよ。照れるんですけど。」
「え!?」

電話越しの見えない相手が照れているわかった途端、なぜだか急にこちらまで恥ずかしくなった。

「好きだよ、セリコさん。」
「ちょ、それは反則でしょうが。」

二人は正式に恋人同士になった。
それから4日後、セリコは長期休暇を経て、無事に仕事に復帰した。

「マコくん、…今日家に行ってもいい?」
「もちろんだよ。雨降るみたいだから傘忘れずにね。」
「うん。」
「電車ではなるべく座席に座ってね。あと、寝ちゃダメだよ。痴漢には気をつけてよ?」
「うん。     ふふ」
口に手をあてて、笑いをこらえる。
「なにがおかしいのさ。」
「マコくん、心配しすぎだなーって。」
「人がこんだけ心配してんだから笑うな。」
「ごめんって。ふふふ」
マコはセリコの左右のほっぺを両手で軽くつねった。
「彼女なんだから心配するに決まってんじゃん。バカ。」


好き!


その日、セリコは35年間連れ添った処女に別れを告げた。

それから2週間が経った。

(突然、押しかけたらマコくんびっくりするかな?  どんな顔してくれるんだろう。)


セリコは連絡せずにマコの家を訪ねた。


「マコくん、来ちゃった。」
玄関のドアを開け、部屋に入ると髪がボサボサの見知らぬ女が裸でマコのベットに寝ていた。

2人が愛し合ったベットで…。

その様子を目撃したにも関わらず、マコは平然と料理を作っていた。

「いらっしゃい、セリコさん!」
はじめて会った時はあんなに好きだった笑顔が今はすごく怖かった。


「マ、マコくん、この人誰?」
なんとか言葉が出た。

「え? 昨日失恋して泣いてたからほっとけなくてさなぐさめてあげたんだよ。」
また、笑った。

「どういう…意味?」

聞きたくなかった。でも、聞かなければいけない気がした。

「どういうって一緒に寝たに決まってんじゃん。僕、可哀想な女の人ほっとけないからさ。」

パチンッ

平手打ちでマコを叩いた。

「え、、、なんで?  なんでいい事したのに叩かれなきゃいけないの?」
セリコは泣くのを必死にこらえた。


「あんたは…あんたはやっていいことと
ダメなことの区別もつかないの?」
何を言うのが正解なのかわからなかった。

「可哀想な女の人をなぐさめて何が悪いの?セリコさんだってその中の一人じゃん。
  みんな、僕なしじゃ生きていけないようになればいいんだよ。」



パチンッ

「同じこと、二度も言わせないで。
可哀想なのは…あんただよ。さよなら。」



こうしてセリコは優しさをはきちがえたダメ男を一人成敗したのだった。

ピロピロ     ピロピロ

「はい、真宮ですけど」
「ひっく   ひっく」
「…セリコ?」
「リンコ~、私、また駄目だったよ~。
う、う、う、」

セリコは我慢していた涙を何粒も何粒も流した。今までの幸せだった記憶を思い出して。


あんな男のために泣いてやることなんかないのにね。


しおりを挟む

処理中です...