26 / 51
第26話※
しおりを挟む
夜の世界が屋敷を包み、寝室には仄かに灯したランプの光が揺れていた。
ベッドに横たわったハイデンは、うっすらと汗ばむ額に手を当てて息を吐く。
呪詛は、まだ体の中に残っているらしい。
先ほどリリアによって放たれた力は、完全には払えず、胸の奥に小さく鈍い棘のように居座っている。
意識が散りそうになるほどの痛みではないが、確かに、それはそこにあった。
起き上がろうとして、胸がきしむように疼いた。
(……薬か、対症療法でもいい。何かないか?)
重たい身体を引きずって起き上がりかけたその時、音もなく扉が開く。
勢いよく開いた扉に、反射的に驚いてしまった。
「……なにしてんだ、まだ顔色が悪いぞ」
現れたのは表情を変えない男、クリスだった。
ランプの明かりに照らされた彼の髪が輝いており、そしてその手には水差しと布を握りしめている。どうやらハイデンの看病の続きをするつもりらしい。
「具合はどうだ」
「……まだ、ちょっと……体の奥に違和感が残ってる」
クリスはため息をつくとベッドの端に腰を下ろし、じっとハイデンの顔を覗き込む。
目の奥に、不自然なほど真剣な光でこちらを見ており――それをみて不思議と、そして何故か嫌な予感がした。
「な、なんだよ……その顔……」
「まだ、呪詛が入り込んでいるみたいだな」
「あ、ああ……だから、薬で収まるかどうか――」
「決めた」
「何を?」
「呪詛を取り出す」
ハイデンは盛大にむせてしまった。
「なっ!?と、取り出すってどうやって……いや、そもそもお前にそれが出来るのかクリス!?」
「そりゃ、こうして――あーして――こーして、だ。つまりくっつけばいい」
「全然説明になってない!お前は僕に何をしようとしてる!?」
「大丈夫だから黙ってろ」
「いやだ!怖い!クリスが何か怖いこと言ってきている!!」
じりじりと後ずさるハイデンに、クリスは面倒そうに目を細めるとそのまま強引に押し倒すようにして彼の胸元に手を当てた。
「……動くな」
「動くぞ!?何されるのかわからないのに!!」
バタバタと暴れかけるハイデンの手を制し、クリスは真剣な目で一言。
「俺を信じろ、ハイデン」
その言葉に、ハイデンの動きを止めた。
信じたくないわけではない。寧ろ目の前の男は唯一信じていたい存在だ――だが、怖いものは怖い。
「せめて色々と説明してからにしてくれ!」
「…………俺のひいばあちゃん、昔は教会で【聖女】をしていた」
「初耳なんだけど!?今!、そのタイミングで!?なんで今言った!?」
「だから、俺……呪詛とか、そういうの――身体で浄化できるらしい……ひいばあちゃんが言ってた」
「らしいって何!?なんでそんな大事な事が【らしい】なの!?」
「一度も試したことなかったんだ……けど、今やるしかないだろ?」
「今かよ!!そういうのはもっと段階を踏んでからにしてくれ!?」
「死ぬハイデンは見たくないから嫌だ」
「ぼ、僕だって……もう……なんでお前がこんなに必死なんだよ、怖いよ本当に……」
「決まってるだろ。お前が――【生きたい】って思ったからだ」
その言葉に、ハイデンは小さく目を見開く。
それと同時に胸の中に、微かに残る呪詛の残滓が少しだけ揺らいだ感じがして――クリスの手が、彼の肌に触れた。
ぴたり、と空気が張りつめる。ハイデンの喉が小さく鳴った。
「ちょっ……ちょっと待って、待ってくれ。これって、その、どこまで……?」
「全部、だ」
あっさりと告げられたその言葉に、ハイデンの鼓動が跳ねた。
皮膚のすぐ下を、呪詛とは別の熱が走る。
クリスの手が、ゆっくりとハイデンの上衣の留め具を外していく。動きに迷いなど全くなく、けれどその指先には何処か震えがあった。
「……震えてる……お前も、怖いんだろ」
「……当たり前だろ。初めてなんだから」
目をそらしながら告げるその声が妙に色気を含んでいて、ハイデンは息を詰める。
襟元から覗いた素肌に、クリスの唇が静かに落ちる。最初は戸惑いがちだった口づけは、徐々に熱を帯び、肌に吸いつくようになっていく。
「っ……く……クリス……これ、本当に、必要な、工程なのか……?」
「そうだ。呪詛の核心はお前の最も深いところに沈んでる……そこまで届かせるには、こうするしかない」
「ぜんっぜん納得できないんだけど!?理屈じゃないよそれ!」
抗議しながらも、ハイデンの身体は正直だった。
熱くなる肌にざらりとしたクリスの舌が、鎖骨をなぞるたび、胸の奥がじくじくと疼く。
そして――腰にかけられた手。
「ちょ、ま、待て、待てってば……っ……」
「これ以上呪詛が広がったら、手遅れになる……頼むから少しの間、俺に預けてくれ」
その言葉に、ハイデンはついに観念するように目を閉じた。
「……っ……責任、取れよ……全部、だぞ全部……いいな!」
「そんなの当たり前だ」
ハイデンの言葉を聞いたクリスはそのままにやりと、悪人のような笑みを見せたのだった。
ベッドに横たわったハイデンは、うっすらと汗ばむ額に手を当てて息を吐く。
呪詛は、まだ体の中に残っているらしい。
先ほどリリアによって放たれた力は、完全には払えず、胸の奥に小さく鈍い棘のように居座っている。
意識が散りそうになるほどの痛みではないが、確かに、それはそこにあった。
起き上がろうとして、胸がきしむように疼いた。
(……薬か、対症療法でもいい。何かないか?)
重たい身体を引きずって起き上がりかけたその時、音もなく扉が開く。
勢いよく開いた扉に、反射的に驚いてしまった。
「……なにしてんだ、まだ顔色が悪いぞ」
現れたのは表情を変えない男、クリスだった。
ランプの明かりに照らされた彼の髪が輝いており、そしてその手には水差しと布を握りしめている。どうやらハイデンの看病の続きをするつもりらしい。
「具合はどうだ」
「……まだ、ちょっと……体の奥に違和感が残ってる」
クリスはため息をつくとベッドの端に腰を下ろし、じっとハイデンの顔を覗き込む。
目の奥に、不自然なほど真剣な光でこちらを見ており――それをみて不思議と、そして何故か嫌な予感がした。
「な、なんだよ……その顔……」
「まだ、呪詛が入り込んでいるみたいだな」
「あ、ああ……だから、薬で収まるかどうか――」
「決めた」
「何を?」
「呪詛を取り出す」
ハイデンは盛大にむせてしまった。
「なっ!?と、取り出すってどうやって……いや、そもそもお前にそれが出来るのかクリス!?」
「そりゃ、こうして――あーして――こーして、だ。つまりくっつけばいい」
「全然説明になってない!お前は僕に何をしようとしてる!?」
「大丈夫だから黙ってろ」
「いやだ!怖い!クリスが何か怖いこと言ってきている!!」
じりじりと後ずさるハイデンに、クリスは面倒そうに目を細めるとそのまま強引に押し倒すようにして彼の胸元に手を当てた。
「……動くな」
「動くぞ!?何されるのかわからないのに!!」
バタバタと暴れかけるハイデンの手を制し、クリスは真剣な目で一言。
「俺を信じろ、ハイデン」
その言葉に、ハイデンの動きを止めた。
信じたくないわけではない。寧ろ目の前の男は唯一信じていたい存在だ――だが、怖いものは怖い。
「せめて色々と説明してからにしてくれ!」
「…………俺のひいばあちゃん、昔は教会で【聖女】をしていた」
「初耳なんだけど!?今!、そのタイミングで!?なんで今言った!?」
「だから、俺……呪詛とか、そういうの――身体で浄化できるらしい……ひいばあちゃんが言ってた」
「らしいって何!?なんでそんな大事な事が【らしい】なの!?」
「一度も試したことなかったんだ……けど、今やるしかないだろ?」
「今かよ!!そういうのはもっと段階を踏んでからにしてくれ!?」
「死ぬハイデンは見たくないから嫌だ」
「ぼ、僕だって……もう……なんでお前がこんなに必死なんだよ、怖いよ本当に……」
「決まってるだろ。お前が――【生きたい】って思ったからだ」
その言葉に、ハイデンは小さく目を見開く。
それと同時に胸の中に、微かに残る呪詛の残滓が少しだけ揺らいだ感じがして――クリスの手が、彼の肌に触れた。
ぴたり、と空気が張りつめる。ハイデンの喉が小さく鳴った。
「ちょっ……ちょっと待って、待ってくれ。これって、その、どこまで……?」
「全部、だ」
あっさりと告げられたその言葉に、ハイデンの鼓動が跳ねた。
皮膚のすぐ下を、呪詛とは別の熱が走る。
クリスの手が、ゆっくりとハイデンの上衣の留め具を外していく。動きに迷いなど全くなく、けれどその指先には何処か震えがあった。
「……震えてる……お前も、怖いんだろ」
「……当たり前だろ。初めてなんだから」
目をそらしながら告げるその声が妙に色気を含んでいて、ハイデンは息を詰める。
襟元から覗いた素肌に、クリスの唇が静かに落ちる。最初は戸惑いがちだった口づけは、徐々に熱を帯び、肌に吸いつくようになっていく。
「っ……く……クリス……これ、本当に、必要な、工程なのか……?」
「そうだ。呪詛の核心はお前の最も深いところに沈んでる……そこまで届かせるには、こうするしかない」
「ぜんっぜん納得できないんだけど!?理屈じゃないよそれ!」
抗議しながらも、ハイデンの身体は正直だった。
熱くなる肌にざらりとしたクリスの舌が、鎖骨をなぞるたび、胸の奥がじくじくと疼く。
そして――腰にかけられた手。
「ちょ、ま、待て、待てってば……っ……」
「これ以上呪詛が広がったら、手遅れになる……頼むから少しの間、俺に預けてくれ」
その言葉に、ハイデンはついに観念するように目を閉じた。
「……っ……責任、取れよ……全部、だぞ全部……いいな!」
「そんなの当たり前だ」
ハイデンの言葉を聞いたクリスはそのままにやりと、悪人のような笑みを見せたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか
中屋沙鳥
BL
幼馴染のエリオットと結婚の約束をしていたオメガのアラステアは一抹の不安を感じながらも王都にある王立学院に入学した。そこでエリオットに冷たく突き放されたアラステアは、彼とは関わらず学院生活を送ろうと決意する。入学式で仲良くなった公爵家のローランドやその婚約者のアルフレッド第一王子、その弟のクリスティアン第三王子から自分が悪役令息だと聞かされて……?/見切り発車なのでゆっくり投稿です/オメガバースには独自解釈の視点が入ります/魔力は道具を使うのに必要な程度の設定なので物語には出てきません/設定のゆるさにはお目こぼしをお願いします/2024.11/17完結しました。この後は番外編を投稿したいと考えています。
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
◆
2025.9.13
別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。
天啓によると殿下の婚約者ではなくなります
ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。
フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。
●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。
性表現は一切出てきません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる