愛の裏では、屠所之羊の声がする。

清水雑音

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第二章

黒鳶の眼に魅せられる

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 学校に慣れ始めた頃、父に念を押して言われ続けてきたことを破った。特に危ういことも熊に襲われるとか馬鹿げたような話もなかったんだが、嬉しい事と悲しい事がが一つずつ。
 以前登った、思い出の山の麓に彳む店の中。扉に付いた小さな窓から中を軽く覗いたとき、おぞましい程の頭蓋骨等の骨が見えた。僕は思わず立ち止まってその店に立ち寄った。骨が見たい訳ではない。ただその店にいた美しい女性に惹かれたのだ。黒い艶やかな髪は背中のほうまで伸び、こちらに向けた顔は絹のような白く輝かしい肌で、人間のものではないのではないかと疑った。そして、僕の心を真に惑わしたものが、黒鳶の瞳だった。赤褐色を暗く黒くしていった眼(まなこ)には、奥が透かしても見えぬもどかしさとそこに魅力を感じてしまう。ミステリアスな彼女の雰囲気に惹かれるものは少なくはないと思う。
 店に入ると、軽くシトラスの香りがした。彼女の趣味だろうか。意外とこじんまりとしていてアンティークな印象だ。彼女は「こんにちは、こちらでは本物の動物の骨、加えてレプリカの人間の骨を取り揃えております」とにこやかに営業用の笑顔を見せた。自分に対して営業用とは……という悲しみの念に追われてしまったが、初対面であり仕事中ということもあるだろうから仕方があるまい。僕は「骨に惹かれたので少し立ち寄ってみたんですよ」と嘘偽りを淡々と口に出しているということに少し後悔をしつつもそうせざるをえなかった。「そうですか、それは良かったです。私の個人的な趣味で経営しているだけなので、世間からは非道徳だと言われますが気にせずにいようと思って……それが中々出来ないものなんですけれどね」と彼女。僕は少し悪い雰囲気になってしまったこの場の雰囲気を包み込もうと「そんな事ないですよ、とても……美しいと思います」と言ったものの、やはりおぞましさは隠せない。それもそのはず、彼女の背後の本棚に“ブラック・ダリア事件資料”、“奇形児資料”とあったからだ。彼女は骨を愛しているだけじゃない、死人を愛しているのだ。僕の許容範囲を優に超えている。そして同時に僕が知らぬ世界を渡っていること、僕を愛することが出来ないということ。そして彼女がもし事件に関わっていたのなら、というよりかは疑われる可能性は高いと思う。実際僕自身も惚れたというけれど会って間もない女性に……こんな場を目にして疑わぬ訳がないだろう。しかし人を疑うだなんて行為をするべきでないと思い、堂々と彼女と立ち会って、僕は名前を聞き出し、佐城 夏妃ということを知った。僕は彼女に度々訪れると申し、その場を去った。ここは地元に詳しい宮野達に聞くべきだと思ったからだ。

 次の日の朝、学校を訪れてすぐ岩崎が挨拶をしに来てくれ、丁度良いと思い昨日の佐城さんについて聞いてみた。僕は「地元で何か聞いていないか?」と聞くと岩崎は僕の瞳を透かすように「何を企んでいるの?」と鋭い視線をぶつけられた。僕は企んでいるつもりはない、ただ気になっただけ。そう思って岩崎にその気持ちをあらわにしたところ、何か察したように「惚れた?」と言われる。僕は図星だったため何も答えることができない。ただ顔が火照るのみだった。岩崎はにかっと微笑んで「図星だ?神酒にも可愛らしい一面があるんだね。それだけ綺麗な人だったんだ」と意地悪く言う。「これでも初恋なんだ。あまり言わないでくれよ」とあえて目を合わさずに言うと、肩を叩かれ宮野の声がした。宮野は「何が言っちゃいけないんだって?」と鼻の先がつくほど近く見つめてきた。
 「神酒が初恋したんだって。山の麓の骨董屋さんの店員さんに。」
 「初恋?今の年齢で?そうか!それなら応援しなきゃいけないな!そうだ、今日の放課後皆部活ないだろう?どうだ?是非会ってみたい!」
 僕は思わず「言わないでと言ったのに!」と怒りをぶつけたが、無邪気な宮野を見るとそれも気恥ずかしくなってくる。それに今日の放課後?二日連続じゃないか!でも佐城さんに後々伺うと言った。それに彼女に会いたい!少しでも僕を意識してほしい!「分かった、いいよ今日行こう。でも変な風に茶化さないでくれよ?」と僕。岩崎と宮野は「もちろん」と言った。二人がついていれば父も少し帰りが遅くなることを許してくれるだろう。むしろ僕の帰宅時間が父より遅くなることはない。「一回僕の家に寄ってくれないか?妹が心配するかもしれない」と言うと宮野達は驚いたようで是非会いたいと言ってくれた。それに少し嬉しみを感じる。穂乃果も喜ぶであろう。

 その日の授業は全て佐城さんで頭が埋め尽くされていた。
 そしてお待ちかねの放課後。僕と宮野は走って岩崎のクラスに行き、三人で走って僕の家に向かう。引っ越しして一ヶ月弱、青春とはこういうものなのかと心晴れやかに思うのであった。
 走れば音を鳴らす霜、僕らの手は凍えているのに心は反対に暖かかった。風が真正面から向かってくる、周りの景色は早送りで流れていく。空は快晴で何処までも行けるのではないかと、僕は馬鹿みたいに仰いでいるのであった。
 これから“好き”に会いにいく!
 全ては人生の幸と共に在るべき存在!
 ああ、何て馬鹿なんだ……
 どうしようもなく馬鹿だった……
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