愛の裏では、屠所之羊の声がする。

清水雑音

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第二章

子供のままの僕等

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 家に着き、僕の部屋に立ち寄る途中、穂乃果が不安げに此方を向いた。知らない人が家に上がっていることに軽い恐怖感を抱いたようで、僕の足にしがみつく。岩崎は目を輝かせて「可愛い!」と近寄ろうとしたところ、穂乃果は顔を隠して警戒する。それにショックだったのか岩崎は宮野の手を取り大きく振った。僕は「穂乃果、僕の学校の友達だよ」と足から引き離すと、暫く沈黙になり様子を見て一礼した。穂乃果は「ごめんなさい、疑って」と俯いたままであったが、岩崎の人差し指が穂乃果の顎の先端に触れ、すっと顔が上がる。
 「穂乃果ちゃん、宜しくね。」
 岩崎は両手で穂乃果の顔を持ち上げる。宮野は「目元が似てるね」と僕と穂乃果に交互に視線を写した。次第に穂乃果の気持ちにも変化が出た様で、笑顔を見せて挨拶を交わす。
 僕は一刻も早く佐城さんの元に行きたい一心であった為に、宮野達を急かして家を後にしようとした。しかし、大事な事に気付いていなかった。穂乃果を一人家に居させるのは僕的に不安ということだ。帰宅時間が分かっていればいいものの、今日に限っては予想が出来ない。殺人事件があると知ってからは安易に穂乃果を一人にさせたくないのだ。すると「私は穂乃果ちゃんと遊びたいから二人で行ってきていいよ。但し失礼な真似をしないと誓うのならば」と岩崎。大変ありがたいことだ。
 そして穂乃果のことは岩崎に任せ、宮野と僕は早速山の方へと向かう事にした。
 少し凍結した道を歩く。残月浮かぶ空を見上げると、宮野が僕の耳を軽くつねった。冷えた耳に更に冷えた彼の手が触れて震え上がる。「冷たいっ!何しているんだ、宮野」と言うと宮野は「そこまで驚くと思わなかった、悪い悪い」と笑った。からかわれた様だ。全くだ、たまに宮野にはからかわれることがある。転校してから少し仲良くなった途端、彼の弄りが始まるのだ。小学生じみたことや、前には夜中にメールが何十件もき、情緒不安定な恋人の様なことまでしてきた。迷惑で嫌な事なのだが、対に好いてくれているのかもしれない、信頼できる友ができて良かったと心では思っているのだ。少々の悪を入れなければ本物は作り出せないと言うかのように……
 道の石をつま先で蹴飛ばす。二人でどちらが遠くまで飛ばせるかを競ったり、サッカーのようにパスをしあったり。石が跳ね上がる様に、僕の心も佐城さんへの好奇心で跳ね上がっている。
 「そうだ、神酒。町の集まりがあるんだ、ぜひ君に参加してほしい。親が俺の新しい友達に会いたいんだとさ。俺的には神酒の父さんに会いたいだけだと思うんだけど、それも余計な一言だったかな。とにかく、家族で参加してほしいんだ。広く関係を持っていたほうがいいからね。」
 まだ半笑いな宮野が後ろ歩きをしながら言う。急な誘いにすぐ答えは出せないはずが、佐城さんの情報が何かある気がして父の意見も無視し、答えを出してしまった。返事をだすと「父の意見も何も無しで参加して大丈夫なのか?」と見事に心の内を突いてくる。その瞳は笑っている。その瞳から我が身をそらして「ああ、やはり聞いた方がいいか。少し興味があったものだから、つい」と僕。次第にペースが落ちていく僕らに「まあいいか。ほら、先を急がなきゃ陽も落ちてくる。早く会いたいんだろう?意中の彼女に」と宮野はまたしても僕をからかうのだ。

 白い壁に人工のものか自然のものか、ツタが思い思いに伸びている。鬱蒼としているのにも関わらず、清潔感があり趣がある。僕は息を整え赤くペイントされたドアノブに手をかけた。この中に彼女が!会いたかった!ずっと考えていたんだ、佐城さんのことを!
 中に入ると、宮野が思わず声を上げていた。頑是なく周りを見渡し、物珍しそうに歩いている。意味は分からなくないが。僕は先にいる佐城さんを見、心が踊り出した。テーブルの側にラジオが置いてあり、彼女はそれを聴いて暇を埋めているようだ。それに合わせて佐城さんの指がビートを小刻みに刻んでいた。
 彼女はこちらを向いて「神酒さんじゃないですか」と微笑みを見せて、同時に宮野の方を見た。ラジオに手をかけ音を切る。「神酒さんのご学友ですか?」としっとりとした声質で言う。僕が互いを紹介させようとしたところ「俺は宮野って言います。神酒の同クラスのものです。神酒から評判が良かったので二人で立ち寄らせて頂きました」と声を遮られる。
 「そうでしたか、宮野さん。私、佐城と申します。」
 僕が以前訪れたときのような笑顔を見せて、彼女は立ち上がった。棚に乗っている本を取り出したようだ。すると「お二人にお見せしたいものがあるんです、私も此間仕入れたばかりなのですが。フロリク博物館の標本の写真なんです」と英語で書かれた本を開く。中に、人間の標本か何かが載っている。所々骨もあり、彼女はその骨の形に憧れていると言う。僕はそこで何もすることができずにいた。立ち尽くしてしまった、何も言えず、何も動けず。しかし宮野はそんな僕を置いていくように淡々と「英語で……俺は読めないな。あまり頭も良くないんですよ」と言う。僕が思うに彼も良いコメントが出てこずに、英語というところでしか言葉が出なかったのだと思う。それでも話を進めていく宮野に僕は少し憧れを抱いて聞いていた。
 佐城さんはその本を奥の方にしまい、最近ここら辺で起きている殺人事件について話をしていく。思いついたように「お二人は何か影響ないですか?ご無事ですか?」と様子を見てきていたが、ここに来ている余裕もあれば無事であろうかと思う。僕は「最近ここに越して来たばかりで今のところは平気です」と。宮野は「俺も平気ですが、周りの事だとその話題は耳にしますね」と順々に答えていく。僕も、父が警察だとしても事件のことをよく知らない。気になりすぎたこともあり一回だけ父に聞いてみたのだが、ただ穂乃果には言わないようにということと、危ないから気をつけろということだけだった。父も切羽詰まっているのだろうが、この町に住んでいることだし、僕にだって知る権利はあると思う。しかしそれを言わない。余計に父が機嫌を損ねてしまうのを防ぐには最もな方法だからだ。
 すると佐城さんは「犯人探し……というわけではありませんが、私が思うに私の知り合いが犯人だと思うんです」と言う。僕と宮野は声を合わせて驚き「どういうことですか」と身を乗り出した。彼女はそのまま続けて「いつもここの店に来るお客様がいるんです。丁度殺人事件が起こる少し前くらいが始まりでした。この趣味についても気の合う方で話も弾んでいました。本当に勝手な想像なのですが骨や死体に興味のある方でしたので、ついその方じゃないかと思いまして」と申し訳なさそうに俯きながら喋る。自分の店に来ている人が犯人だなんて確かに恐ろしいだろう。同じ客側としては少し迷惑だが。
 隣で「そうか、そうでしたか。全員疑わざるを得ないですもんね」と相槌をうっている。僕だなんてまだここに来て間もない。誰も信じることができないさ。
 佐城さんは寂しげな瞳でこちらを見ている。今すぐ僕のものにならないだろうか。艶のある黒髪だって手を伸ばせば触れられるのにそれができない。もどかしいがそれが紳士たるものであろう。彼女は小さく「外はもう寒そうですね」と遠くを見つめて言う。窓の奥の奥のほうを見て。僕らも「そうですね、そろそろ帰りましょうか」と僕は軽く指の関節の音を鳴らし、ドアに向かう。すると佐城さんは「また来てくださいね」と、口角をすっとあげて言って会釈をした。女神の微笑みそのものだ。またここへ来ようという強い意志を僕は持ち帰り、挨拶をして店を後にした。
 家に帰る途中、宮野はやはり写真集については良く思っておらず、少々不満を垂れ流していたが、僕が惚れた意味はわかってくれて良かったと思う。

 そして僕等が家に着いた頃、穂乃果は三つ編みをしていた。岩崎が編んでくれたらしく、穂乃果は大変喜んでいた。


 まだ子供だからか分からないことが多いが、それでも僕なりに佐城さんを理解していけたらいつか報われるのだろうか。
 その日が遠いにせよ、確実なものにしていきたい。
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