愛の裏では、屠所之羊の声がする。

清水雑音

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第二章

町内会と途絶えることない噂

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 穂乃果が緋色のリンゴが描かれたスニカーを跳ねさせる。「1、2、3……」と片足で軽やかに。それを僕が真似をして、穂乃果は顔が皺くちゃになる程の笑顔を浮かべてこちらを向いた。愛くるしいその顔に幸せ満ちた気分になる。僕はこの為に生きていたのかもしれないと予感し、佐城さんとは違う思いを抱いた。
 少々歩くと田ばかりになっていた。自然の香りというものを全身で体感し、色なき風に身を委ねる。まるで世界の原点に立ったような、この移りゆく季節を掌に閉じ込めているような、僕等だけが体験できる世界にいる気がした。もう夕日が落ちていく。山際から鋭い光の矢が見える。転校が決まり、ここに住むことを拒んだ僕の心を突き刺して、悪い部分を抜き取った。その部分は、やがて太陽の一部と化した。この世の全ては自然在りき。僕の心はそう唱えた。僕はそれを知る為に此処へ来たのではないかと、今此処で知ったような気がした。
  そして僕は宮野の家を前にして唖然した。明らかな豪邸。大きいというだけでなく和を取り入れた外観と色変えぬ松。丁寧に手入れされた盆栽も置いてあった。
 チャイムを押し「神酒です」と挨拶を交わすと宮野が戸を開けてくれた。宮野は「付いて来てくれ」と言い玄関を抜け、入ってすぐにある階段を上っていく。上からは微小な酒の匂いと共に、笑い声と話し声が聞こえ、どんちゃん騒ぎのご様子だ。父は「木の香りが心地いいな、私も出来ればこういう風格の家が望ましかった」と周りを頑是なく見渡す。宮野は照れ臭そうに「そうですか、古い印象が個人的に強いんですけどね」と頭を無造作にかく。
 そして戸を開け、宮野が「神酒さん一家です」と声を張ると皆がこちらに注目し、好奇の目を寄せた。僕らが軽く一礼すると「こんにちは」と元気な声が聞こえてきて穂乃果だと気付く。途端、どっとおこる笑いと共に「可愛いなぁ」という若干オジン臭い声が響いた。今宵はどうも長くなりそうだ。

 右隣に宮野、左隣に八百屋の輪島おじさん、膝の上には穂乃果がいた。酒の匂いで穂乃果が駄目になるかと思って気を遣ってはいたものの、輪島さんが折り紙をおり始め、綺麗な鶴を仕上げていき、それに夢中な様だ。器用で子供への扱いが上手な輪島さんに穂乃果を任せ、僕は宮野との雑談に熱中していた。
 「学校のレポートの提出がどうも期限が短い」と、宮野は不満をあらわにし、テーブルに出された肉じゃがを豪快に取り頬張り始めた。僕も便乗してじゃがいもと肉を取り口に含むと“おふくろの味”と称すに適した温かく柔らかいじゃがいもの味が口に広がる。僕は母を亡くして料理は自分でという事が基本であった為、他人が作った愛情のある料理の数々は、かつて僕が経験する筈であった優しさの味がした。
 そして当然のようにあの事件の話題が上がった。予想は町外から来た者だと考えてるという。「町内の人は皆優しい目をしている、この町に愛があるから町内の人は考えられません」と郵便屋の木村さんは断言する。この中では僕らの次に若い木村さんは好青年で二十代後半ぐらいだろうか。想像力は人一倍、優しい面で町の癒しだ。
 それに対して「町内の人だって心当たりがある者はいる」と花屋のご主人岩元さんは鋭い瞳を、側にあった煮物に向けて述べる。心当たりという言葉を耳にした人が一瞬静寂をつくり上げた。岩元さんは指で湯呑みのふちをなぞり「皆さん骨董屋に立寄ったことはありますか?私は易々と立寄ることは出来ませんでしたが軽く覗かれたことはお有りで?」と噂好き乍も嘘と思わせぬ言葉の数々は穂乃果を除いた人達の興味を惹いた。輪島さんはカメラと称す折り紙で穂乃果の気を反らせていたが、岩元さんの方を向き驚いたような顔をふいと見せた。当然僕は宮野と思い切り顔を見合わせ困惑の苦笑いを浮かべる。
 岩元さんは意地悪い笑みで「ああ、この様子ですと皆さんよく存じておられませんね。山の麓にある骨董屋ですよ、若い女性が経営している。大変おぞましいですよ、動物の骨を取り揃えていますからね。だから今回のことは彼女の仕業ではいないかと吟味しています。問題ありなんですよ、彼女は。どうですか、皆さんお考えになられましたか?特に神酒 久次さん、警察側はどう動いているんです?」と言う。岩元さんの皮肉めいた意見により全体の雰囲気は凍りつき、穂乃果だけが笑顔を見せている。父は「どうもこうも、ありませんよ。私共警察側としては一刻も早く捕まえたいの一心で働いていますし。然し骨董屋のその女性を疑う意味は分からぬ訳ではありません。骨董屋を悪い方向に捉えて仕舞えば非道徳と思うのが普通ですからね」と笑顔を見せるも目は反抗的だ。僕は穂乃果に折り紙を借り、色鉛筆で走り書きをして宮野に見せる。
 “父も町人も佐城さんの事を快く思っていない”
 宮野は苦笑いをして耳打ちで「それはそうだろう、死を良く思う人だなんてそうそういない」と言うから僕は先日彼女から聞いたことをふと思い出した。“死は誰にでも訪れる事です。それを私達人間は知っている。然し、猫などの動物……ここに飾られているような動物達はそれを知らない。ただその日その日を暮らせるように狩をしたり、ペットは家庭で暖をとる。ゆっくりと死への道を歩んでいるんです。それに対して人間は知性の発展加えて、死への存在を知っている為それまでに何かを成し遂げようと先を見越して急かして生きている。学校や将来の夢……貴方にもあるでしょう?それにより、更に素晴らしい人生を歩める。だから死を常に意識していく事に価値があるんです。要にメメントモリです。死を思うんです。それは人間にしか可能でない事。又、その死という存在をモノとして美として扱うのも素晴らしき発明だと。そう思います。”とあの薄く形が整い、ほんのり赤く色付いた唇が語っていた。
 僕は「彼女は死を好んでいた」と耳打ちをし返すと宮野は呆れたように一つ溜息をついて「あの人は感じる事が違うんだ、普通の人じゃないんだよ」と肩に手を乗せて堂々と語る。そうか、ここに居る人は僕とは違う。僕と佐城さんの敵だ。敵という言い方が正しいかは分からないが、分かり合うことが出来ないのだ。正に疑心暗鬼。誰が彼女を罪の渦に投げ出すか分からない。そう考えればただ目眩がした。全てが僕が行くことが出来ぬ裏側を易々と歩いて行く。微小の酒の匂い、中途半端に残る料理、机に並べられた折り紙の数々、そして飲み干した緑茶が喉の奥をじんわりと苦味で満たす。
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