誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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37話

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​ルミナが七歳になった年の秋。エルナは、ルミナの新しい絵筆と画材を買いに、領都の賑やかな通りへ、侍女を伴わず一人で出かけることにした。

​「レオン。大丈夫よ。もう、侯爵家からの脅威はないわ。それに、ルミナも一緒ではないのだから」

エルナは、レオンの過剰な心配を和らげようとした。

​「いいえ、エルナ様。私の領地とはいえ、貴族社会には予期せぬ悪意が満ちています。私がお供します」

レオンは、いつもの黒衣を纏い、一歩も引かない。

​「それだと、私が領民と心ゆくまで話せないでしょう?」

エルナは、レオンの頬に優しくキスをした。

「少しの間だけ、私に自由な奥様でいさせて。すぐに戻るわ」

​レオンは、エルナの説得に抵抗しつつも、その自由を尊重したい気持ちから、しぶしぶ頷いた。

​「……承知いたしました。ですが、四時間を過ぎたら、私が迎えに参ります」

​エルナが屋敷を出て一時間後。レオンは、執務室で書類を広げていたが、まったく集中できなかった。

​(なぜ、私はエルナ様を一人で行かせたのだ。あの通りには、以前、ユーリ子爵が……いや、もう関係はない。しかし、エルナ様は、この世で最も尊い光だ)

​数分後、レオンは決断した。

​「執事。私は緊急で、領地の機密的な巡回に出かける。すぐに用意を」

​レオンは、目立たない濃紺のコートに、深く帽子をかぶった姿で屋敷を出た。もちろん、彼が向かったのは、エルナがいる領都の通りだった。

​レオンが通りに入ると、すぐに別の男が、深いフードをかぶり、露店の影からそっとレオンを尾行し始めた。その男は、彼らの娘、ルミナだった。

​ルミナは、エルナが出かける際、「パパは絶対心配して隠れてついていくから、パパを見てくるね!」と、侍女にこっそり頼んで、父親の尾行に加わっていたのだ。

​レオンは、路地の角から、画材店で真剣に絵筆を選ぶエルナを凝視していた。

​「(完璧だ。私は、この通りの人混みに完全に紛れている。私の視線が届く範囲に、彼女の安全を脅かすものは何もない)」

​レオンは満足げに、エルナの様子を監視し続ける。

​その時、ルミナがレオンの背後から、彼のコートの裾を引っ張った。

​「パパ、かくれてるの?」

​レオンは、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、反射的にルミナの口を塞ごうとした。

​「ルミナ! なぜここにいる! これは機密事項だ! 私は秘密の任務で……」

​「ママのお買い物でしょ?」

ルミナは、父親の焦りを理解せず、純粋な笑顔で答えた。

​「パパは、ママを助ける騎士じゃないの? なのに、どうして影みたいに隠れてるの?」

​ルミナの純粋な一言が、レオンの胸に突き刺さった。彼は、かつて侯爵家で**「影」**として生きてきた癖が、まだ完全に抜けていないことに気づいた。

​「私は……その、ルミナ。これは、私が最も愛する人を、最も近くで守るための、極秘の愛の任務だ」

レオンは、ルミナに言い訳するのに必死だった。

​ちょうどその時、エルナが買い物を終え、振り返った。エルナは、路地の影で、ルミナを抱き上げて深刻な顔をしているレオンの姿を見つけ、微笑んだ。

​エルナは、レオンとルミナに近づいた。

​「二人とも、こんなところで何をしているの? レオン、秘密の任務は終わったの?」

​レオンは、観念したように帽子を取り、深々と息を吐いた。

​「申し訳ありません、エルナ様。私は、あなたの自由を尊重できませんでした。私が……あなたを心配するあまりに」

​エルナは、レオンの緊張した頬に両手を添えた。

​「知っているわ。心配してくれて、ありがとう、レオン」

​そして、エルナはルミナから受け取った、レオンがいつも食べる黒パンの小さな袋を、彼の手に握らせた。

​「ルミナが、レオンの好きなパンを選んでくれたの。もう、隠れていないで、私たちと一緒に帰りましょう」

​レオンは、パンの温かさと、ルミナの笑顔、そしてエルナの優しい眼差しに包まれ、**「影」**の習慣を完全に手放すことができた。

​「はい。エルナ様。私の任務は、今、あなたとルミナの隣で、光として歩くことです」

​レオンは、ルミナとエルナ、両方の手を取り、堂々と領都の通りを歩き出した。彼の黒衣の影は、二人の愛の光を浴びて、温かく、そして力強い家族の形へと変わっていた。

​このエピソードで、レオン様の過去の「影」の残滓が完全に消え去り、家族の絆がより強固になりました。
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