波乱の姫始めから始まる、出戻り令嬢の幸せな結婚

こうしき

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7話 間違いなく、本当の幸せ

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 ベティが追放され、二ヶ月が経っていた。

 クールホーン家は無事長男ユリウスの弔いを済ませ、その後新しい侍女を二人雇っていた。

 レティシアとカイルはといえば──……あの日から毎日のように睦み合い、レティシアには妊娠の兆候がみられた。男児であれば御の字であった。



「カイルったら、心配しすぎよ」
「いえ、心配するに越したことはありません」
「鞄くらい自分で持てるわ」

 外出から帰宅した二人は馬車から降りて玄関ポーチを抜ける。天気が良いのでサンルームでお茶でもしようと話していると、後ろから迫る蹄鉄の音に振り返った。

「この家紋は……まさか……」

 獅子と剣を模した家紋には見覚えがあった。レティシアが身を震わせていると、馬車から降りてきたのは案の定知った顔であった。

「レティシア……! 会いたかった」

 黄金色の髪を揺らしながらレティシアに駆け寄ったのは、元夫であるジュリアンであった。眉根に皺を寄せて目を潤ませ、距離を詰めたレティシアの手を握ろうと腕を伸ばした。

「いや……!」

 レティシアは手をパッと引いてそれを回避した。元夫に触れられると考えただけで身の毛がよだつ。カイルが壁となり匿ってくれたが、それでも諦めずにジュリアンは距離を詰めてくる。

「どうしたんだいレティシア? 迎えに来たというのに」
「迎えに……? どういうことですの?」
「やはり私には君しかいない」
「え?」

 のぼせたように顔を赤くしたジュリアンは、再びレティシアの手を握ろうと試みる。

「やめてください……!」
「どうしたというのだ? 私たちは夫婦だろう?」
「離婚届を叩きつけてきたのはあなた様ですよ?」
「あんなもの……どうせ提出していないのだろう? クールホーン伯爵が私と君の離婚を認めるとは思えない。私たちは夫婦だよ」
「あの、ジュリアン様」
「そうだ、聞いてくれレティシア! あの女っ……私との営みにケチをつけたのだ! 君のように黙って抱かれていればいいものを! やはり私には君しかいない……君の透き通るように美しい肌が恋しくて恋しくて! おっと……侍従に聞かせるような話ではなかったな、すまない」

 見下すようにカイルを見ると、ジュリアンは得意げに口元を歪め、パッとレティシアの手を掴んだ。

「いや……!」
「さあ、早く帰ろう? ……おい貴様、無礼だぞ」

 ジュリアンの手首を掴んだカイルが、レティシアの手からジュリアンの手を引き剥がす。レティシアを抱き寄せてその身を庇うと、ジュリアンを上から睨みつけた。

「私を睨みつけるとは、無礼者め! そうか……貴様がベティの言っていた男か」
「……ベティ?」
「この家にいた侍女だろう? 私のレティシアを たぶらかしている男がいると聞いている。それに、理由もなくこの家から解雇されたと言うものだから、我が家で雇うことにしたのだ。全く、酷い家だ。家も酷ければ侍従も酷いとは、全く救いようがない!」

 覚えてなさいよ、と吐き捨てて姿を消したベティは、最後の最後にとんでもない爆弾を落としていった。レティシアの背に一筋の汗が伝う。

「ジュリアン様、お言葉ですが」

 ジュリアンが言いたいことを言い終えるのを待っていたのか、カイルはレティシアを抱き寄せたままゆっくりと口を開いた。

「ジュリアン様とレティシア様の離婚は成立しております。旦那様が自ら離婚届を役場に提出されました」
「は……なんだと!? 嘘だ!」
「嘘ではございません。旦那様をお呼びして、事実を確認なさいますか?」
「呼んでこい!」

 玄関脇に控えていた侍女が、ジュリアンの怒声に驚いたのか足早に伯爵を呼びに行った。苛立ったままのジュリアンは、カイルを睨みつけたままだ。

「お前、私のレティシアから離れろ! 誰の許可を得て密着している!」
「レティシア様と旦那様から認めて頂き、傍に控えております」
「はあ!?」
「申し訳ありませんジュリアン様、お伝えするのが遅くなりましたが、レティシア様と私は婚約しております。彼女のお腹には私の子もおります」
「な、な、なんだと!?」

 怒りで震えながら、ジュリアンは屋敷内から現れたクールホーン伯爵に詰め寄った。

「伯爵! 一体どういうことでしょう!?」
「これはこれはジュリアン様。ご無沙汰しております」
「挨拶はいい! レティシアがこの男の子を身籠っているとは一体どういうことか!」
「我が家も色々ありましてな……レティシアの産む子が男児であれば、爵位はその子に継がせようと思いまして。レティシアはまだ若い。必ずや男児を産むでしょう」
「ふ、ふざけたことを……! こんなどこの馬の骨ともわからん奴に!」
「カイルはマーチー辺境伯の忘れ形見です。ここにその証明もあります」

 ジュリアンがこう出るのを予測していたのか、伯爵の手にはカイルの戸籍の載った書類が一枚。それを穴の空くほど見つめると、ジュリアンは歯をむき出しにして怒りを露わにした。

「ジュリアン様」
「なんだっ!」

 カイルは伯爵にレティシアを託すと、ジュリアンとの距離を詰めて彼の肩に顎を乗せた。耳に唇を寄せると、自分とジュリアンの二人にしか聞こえぬよう、小さな声で囁いた。

「あなた……子の作り方も知らぬのに、レティシアを連れ帰ってどうするつもりなのです?」
「なっ……はぁ!?」
「あなたが犯していた穴はね、違うのですよ。女を孕ませたいのであれば、正しい所に挿れないと」
「正しい所だと……?」
「おや、やはり知らないのですか、恥ずかしいですね。侯爵子息様ともあろうお方が、そのようなことも知らぬとは……なんとお恥ずかしい」
「き、貴様っ!」
「黙ってお帰りになるのでしたら、誰にも言いませんよ。しかし……この家に、危害を加えようものなら、うっかり口が滑ってしまうかもしれません」
「く、そ、がっ……!」

 顔を真っ赤にしたジュリアンは、カイルを突き飛ばして馬車に飛び乗った。びくともしなかったカイルは額の汗を拭うと、馬車へ向かって深々と頭を下げる。

 安堵の表情を浮かべた伯爵は、レティシアに声を掛けると、先に屋敷へと入って行った。

「カイル、何を話していたの?」
「今はまだ内緒です」
「今は?」
「また夜に……お話しますね」

 顔を上げて小声で囁いたカイルは、そっとレティシアの腰を抱く。顔を赤くしたレティシアは、そんなカイルの指先を握り微笑むと、彼の手を引いてサンルームへと向かったのであった。



 ──その後レティシアは無事男児を出産し、新たな命を何度も授かり、幸せに暮らしたという。  









 ──完──
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