この秘密を隠したまま、彼の子を孕むことができるでしょうか〜どうやら、アリスさんにはエッチな秘密があるようです〜

こうしき

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2話 仕事と、秘密と

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 私が仕える立石家は、市内……いや、県内でも有数のホテルを経営する一族である。宿泊施設もあるのだが、併設する結婚式場とレストランが特に人気で、時期によっては予約も取れないほど。
 一家の父  楓様はこのHotel Tateishiの支配人。引退された祖父  仁朗じろう様は相談役として楓様を影で支え、母  桜江さえ様は式場のドレス・フラワー・テーブルコーディネーターとして忙しく働いていらっしゃる。
 長男の 夏牙なつき様は副支配人として、次男の 柊悟しゅうご様はレストランの経営者として、三男の 遥臣はるおみ様は経理長として。ガチガチの家族経営であるが離職率は低く、スタッフ達も皆不満少なく生き生きと働いているように見える。

 ……まあ、ここで働く女性の多くは、この見目麗しい御一家が目当てで就職された方が大半だと言うし、給与も待遇もいいので、離職率が低いのだろう。

「黒部様、おはようございます!」
「おはようございます」

 ここのスタッフ達は何故か私にも様をつけるのが不思議であった。私の父も母もここに勤めてはいるが、料理長の父のことも、桜江様を支える母のことも、様などと呼ぶ者はいないというのに。立石家のご家族と一緒に行動をすることが多いせいなのかもしれないが、理由は不明だった。

 桜江様と打ち合わせをした後、ガレージへと向かう途中──ヴヴ、と私用のスマートフォンになにやら通知が届く。そういえば、今日は注文していたアレが届く予定だった。住み込みで立石家に仕えている身としては、この住所に荷物が届くのは憚られるので、いつもコンビニ受け取りにしている。今宵も仕事を終わらせた後、車を走らせなければならない。

 それにしても、再入荷通知設定しておいてよかった、やっとこの手に! あの人気商品が! るんるんだ!

 楽しみすぎる。二か月に一度購入する秘密のアレのことを考えると体が疼くが、これから仕事の身。だらしない顔を晒すわけにはいかぬので、気を引き締めて夏牙様をお迎えせねばならない。

「おはようございます」
「おはよう黒部。よろしく頼む」
「はい」

 市内中心部へ車を走らせ、向かうのはT国プラザホテル。面倒な協会の会合が一番嫌いだと溢す夏牙様は、今日もびしっと高級スーツを着こなし、美しすぎて目眩がしてしまう。私と歳は変わらないというのに、肌艶は夏牙様のほうが良い。一体どんな手入れをなさっているのかなど聞くに聞けず、いつもそのお姿に見惚れるばかり。実年齢よりもお若く見えるのは、肌艶も勿論のことだが、ただならぬ色香のせいでもあった。

「会合の後、会食もあるのか」
「はい」
「面倒だな」

 夏牙様の重々しい溜め息は、私の朝食代わりである。口から吸い込むとバレてしまうので、鼻から吸わせて頂くことにする。

 うん、今日も美味しいわ……!

「会食に君は立ち会う予定か?」
「はい」
「それならばよかった」

 ホッとなさるお顔にどきりと胸が跳ねる。スーツの奥に押し込めた胸がばくばくと脈打ち、息が苦しくなるので深呼吸。「どうかしたか?」と投げかけられた言葉を全力で否定し、前方を見据えて運転に集中した。

「そうだ。会合の帰りにワインセラーに寄ってくれないか?」
「如何なさいました?」
「担当者から連絡があったんだが、昨夜在庫の確認を失念したそうでな。発注が出来ていないようなんだ」

 我がホテルのワインセラーには、限られた人間しか入れないことになっている。ワインの発注日は決まっており、うっかり忘れると業務に支障が出てしまうこともあり得る。

「昨夜在庫の確認をして、今日中に発注しなければならないからな。担当者は今日は休みだし、昼過ぎまでに注文書データを送らないと」
「それでしたら、昨夜済ませております」

 昨夜、私は急な人員不足のフォローで、レストランの給仕に入っていた。ワイン担当の責任者はいつもより疲れた様子で、おまけに翌日が休みのシフト。少し気になっていたので観察をしていたところ、私の退勤時にワインの発注をしていないことが判明。私はワインセラーに入れるので、すぐさま在庫を確認して発注を済ませていた。

「確か特注が三件あっただろう? あの白ワインにこだわりの強いお客様の」
「はい。確認して発注済です」
「流石は黒部。フォローありがとう、助かった」
「いえ、仕事ですから」

 立石家の使用人としての業務は勿論のことだが、ホテルや式場経営のフォローも私の役目。フォローをするように、と言われたことは一度もないが、経営者ご家族の皆様と様々なポジションを見て回ることにより、気になることもやはり発生する。目を光らせて、というよりは、自然と目に入ってくることが多いだけで。自分の負担になっているとも思っていないし、何より夏牙様に褒めて頂けることが嬉しいだけなのだ。

「いつも本当に助かるよ」
「いえ」

 嬉しさで飛び上がりたくなる衝動を抑えて、涼しい顔でハンドルを握る。私の本当の姿を、夏牙様に知られるわけにはいかないもの。



 会合は滞りなく終了したが、その後の会食が厄介であった。ライバルホテルのトップ達は、通例ではあるが、こぞって自身の娘たちを連れ立ち、入れ替わり立ち替わり夏牙様の周りを占拠した。家柄で結婚させ、経営をいい方向に……とまあ、こんな所である。

「夏牙様。先程のご令嬢の中から結婚相手を選ばれるのは有りかと思いますが」
「……へえ、君にしては珍しい事を言う」

 半ばお見合いのような挨拶が一段落し、窓際でドリンクを煽る夏牙様の横顔に釘付けになりながらも、桜江様から言付かっていた言葉をそれとなくお伝えした。満更でもないのか、彼は隣市の五ツ星ホテルのご令嬢に熱い視線を注いでいた。胸がチクリと痛む。理由はわかっているので、できるだけ気にしない、気にしない。

 私は幼少より、夏牙様に想いを寄せていた。大げさに言えば愛している、長い長い一方通行の片思いではあるけるど、この想いは誰にも負けない自信があった。自信があるのは想いだけで、自分自身には全く自信がないし、おまけに身分が違いすぎる。彼は雇用主で、私は被雇用者。お金持ちのお坊ちゃんに、私のような学歴も魅力もないような女が手の届くようなお方ではない。
 そう……わかってはいても、もしかしたら──だなんて、ほんの少しだけ期待をしたりなんかして。少しでもお役に立てれば、褒められればと様々な技術を身につけた。だからといって、振り向いて下さることはなかったのだけれど。

「……べ。……ろべ、黒部」
「……は!」
「どうした、具合でも悪いのか?」
「いえ、問題ありません。申し訳ありません、ぼんやりしておりました」
「そろそろ出よう。次は十四時だろう?」

 時刻を確認すれば、現在十三時十分。ホテルに戻り会議の予定だ。退席の挨拶を手短に済ませる中、勇猛果敢にも数人のご令嬢から小さな紙切れを手渡された。彼女達は「あの……」としか言わないが、これは夏牙様に渡してほしいという意味。まぁ、いつものことだ。笑顔で受け取ると、私はそれをスーツの内ポケットにそれを仕舞った。後で見定めて選別し、夏牙様にお渡しするのも私の役目であった。悪い噂の立つ家の女を、夏牙様に近寄らせるわけにはいかないもの。


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