7 / 10
7話 訪問
しおりを挟む
些細なことで誂われ、その度に苛立ちながらも私は、それを心の何処かで喜んでいたし、きっと悦んでいた。もしかしたらこう返してくれるかも、とか、こんなふうに言ってくれたら嬉しいだとか、まるで初めて恋をする少女のように。
バカバカしいということは、わかっているつもりだった。いい歳をしてあんな生意気なガキに心を乱されているだなんて、周りに知れたら一体どうなるのか。考えるだけで恐ろしかった。
「はあ? 無断欠勤?」
「そうなんだよ。電話もでなくって……悪いけどマルちゃん、帰りに様子見に行ってくれないかな?」
週末のことであった。出勤予定の川野くんが出勤してこないのだ。代わりに呼び出されたリナは怒り心頭で、話しかけられないほどだ。
「どうして……私が」
「マルちゃん、ゆうりと一番家が近いんだよ。女の子一人じゃ心配だから……なつ!」
「はーい?」
「帰りにマルちゃんと一緒にゆうりの家に行ってくれないか?」
「いいけど、女二人で?」
「二人なら大丈夫だろ」
そう言うと店長は足早に仕事へと戻る。女二人なら大丈夫だという根拠はなんなのだろう。
(でもこれ、彼の住処に行けるチャンスなのでは……って、何のチャンスなのよ!)
男の──恐らくは一人暮らしの部屋に興味がないといえば嘘になる。寧ろ好きなのだ、男の一人暮らしの空間が。散らかっているのか、もしくはミニマリストか。洗濯物は外に干しているのだろうか、それとも室内干しか。室内はどんな香りだろうと想像するだけで口元が緩んでしまう。
「なっちゃん、大丈夫?」
「ん、なにが?」
「男の部屋に行くだなんて」
「だぁ~いじょうぶだよぉ! てか、涼は大丈夫なん? 孝雪さん怒らない?」
「……別れたから」
「はぁ!? その話詳しく!」
なっちゃんは本当に人の恋バナが好きだ。売り場に誰もいないタイミングを見計らって、洗いざらい吐き出してしまった。──誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかもしれないけれど。
*
「ここだね」
店長に渡された紙切れの上の住所をたよりに、私となっちゃんが辿り着いたのは三階建の鉄骨アパートの三階だった。本当に私のアパートから近い。だってここから屋根が見えるもの。
ピンポーン、とインターホンを鳴らす──出ない。もう一度、二度と鳴らすが人が出てくる気配はなかった。
「まさか、死んでないよね?」
「な……そんなわけ」
「おーーい! ゆうりぃー!!」
「なっちゃんっ!?」
玄関扉をドンドンと叩きながら、なっちゃんは叫ぶ。近所迷惑になるのでやめるよう言うと、無言で扉を何度も叩いた。
「なんで不在かなあ!」
「どうする?」
「うーーーーん……あれ、開いてる……」
「え?」
なっちゃんが握ったドアノブは、ガチャリと下に下っていた。鍵が空いているということだ。
「ど……どうする、涼?」
「どうするって……どうする!?」
私の中に、部屋に入らないという選択肢はなかったが、ここですぐに突撃してしまうのも、なっちゃんからしてみればおかしな話。逸る気持ちを抑えつつ、なっちゃんと顔を見合わせた──刹那。
「何?」
「「ギャアアアアア!!」」
「うるさ……」
扉が内側から開いたのだ。開けた犯人は勿論、ここの住人である川野くんだ──が。
「ななななんで半裸なの!」
「覚えてない」
「はあ!?」
下半身はハーフパンツを身に着けてはいるものの、上半身は一糸纏わぬ姿。筋肉質な上裸に、釘付けになってしまう。
「ゆうり筋肉やば。エグ」
「触る?」
「え~触る」
その場のノリか、はたまた私には理解できない何かがあるのか……なっちゃんは川野くんの大胸筋をペタペタと触る。羨ましすぎて喉がごくりと鳴った。
(待って、何を見せられているの、私は)
おまけに自分も触れてみたいなんて……喉を鳴らす程羨ましいと思うだなんて、駄目だ。この男に自分から触れてみたいと思うだなんて、完全に負けなのだと己に言い聞かせる。
「ちょっと川野くん……無断欠勤だなんてどういうつもり? こっちは心配して見に来たっていうのに」
「無断欠勤……? あ~……友達と夜通し飲んでて、起きられなかったんですね、俺」
「……は?」
いやまずは謝れよ、と言おうとするが、なっちゃんによるお触りが再開されてしまった。長い指は六つに割れた腹筋に手を伸ばし、脇腹の筋肉にまで触れていた。
「なっちゃん、帰るよ!」
「涼も触らせてもらえばいいのに」
「いらないわよっ!」
「何怒ってるの?」
「あ……ごめん……」
そして沈黙。直後、くるりと背を向けた私を置き去りに、二人の会話は再開される。
「まだ友達いるんだけど、なつ、よかったら飲んで帰らない? お酒もあるしごはんもあるよ」
「え~。どうしよっかな」
「なっちゃん!? 駄目だよ!?」
目を白黒させて振り返ると、なっちゃんは部屋に一歩踏み込んでいた。すぐさま腕を掴んで引き戻す。
「涼?」
「駄目だよなっちゃん……女の子が、男二人の部屋にだなんて」
「それなら、涼も来ればいいんじゃない? ゆうりのごはん、美味しいんだよ」
あ──、と思ったときには既に玄関へと引き込まれていた。ちょっと待ってなっちゃん、今あなた何かすごい発言をしなかった……?
バカバカしいということは、わかっているつもりだった。いい歳をしてあんな生意気なガキに心を乱されているだなんて、周りに知れたら一体どうなるのか。考えるだけで恐ろしかった。
「はあ? 無断欠勤?」
「そうなんだよ。電話もでなくって……悪いけどマルちゃん、帰りに様子見に行ってくれないかな?」
週末のことであった。出勤予定の川野くんが出勤してこないのだ。代わりに呼び出されたリナは怒り心頭で、話しかけられないほどだ。
「どうして……私が」
「マルちゃん、ゆうりと一番家が近いんだよ。女の子一人じゃ心配だから……なつ!」
「はーい?」
「帰りにマルちゃんと一緒にゆうりの家に行ってくれないか?」
「いいけど、女二人で?」
「二人なら大丈夫だろ」
そう言うと店長は足早に仕事へと戻る。女二人なら大丈夫だという根拠はなんなのだろう。
(でもこれ、彼の住処に行けるチャンスなのでは……って、何のチャンスなのよ!)
男の──恐らくは一人暮らしの部屋に興味がないといえば嘘になる。寧ろ好きなのだ、男の一人暮らしの空間が。散らかっているのか、もしくはミニマリストか。洗濯物は外に干しているのだろうか、それとも室内干しか。室内はどんな香りだろうと想像するだけで口元が緩んでしまう。
「なっちゃん、大丈夫?」
「ん、なにが?」
「男の部屋に行くだなんて」
「だぁ~いじょうぶだよぉ! てか、涼は大丈夫なん? 孝雪さん怒らない?」
「……別れたから」
「はぁ!? その話詳しく!」
なっちゃんは本当に人の恋バナが好きだ。売り場に誰もいないタイミングを見計らって、洗いざらい吐き出してしまった。──誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかもしれないけれど。
*
「ここだね」
店長に渡された紙切れの上の住所をたよりに、私となっちゃんが辿り着いたのは三階建の鉄骨アパートの三階だった。本当に私のアパートから近い。だってここから屋根が見えるもの。
ピンポーン、とインターホンを鳴らす──出ない。もう一度、二度と鳴らすが人が出てくる気配はなかった。
「まさか、死んでないよね?」
「な……そんなわけ」
「おーーい! ゆうりぃー!!」
「なっちゃんっ!?」
玄関扉をドンドンと叩きながら、なっちゃんは叫ぶ。近所迷惑になるのでやめるよう言うと、無言で扉を何度も叩いた。
「なんで不在かなあ!」
「どうする?」
「うーーーーん……あれ、開いてる……」
「え?」
なっちゃんが握ったドアノブは、ガチャリと下に下っていた。鍵が空いているということだ。
「ど……どうする、涼?」
「どうするって……どうする!?」
私の中に、部屋に入らないという選択肢はなかったが、ここですぐに突撃してしまうのも、なっちゃんからしてみればおかしな話。逸る気持ちを抑えつつ、なっちゃんと顔を見合わせた──刹那。
「何?」
「「ギャアアアアア!!」」
「うるさ……」
扉が内側から開いたのだ。開けた犯人は勿論、ここの住人である川野くんだ──が。
「ななななんで半裸なの!」
「覚えてない」
「はあ!?」
下半身はハーフパンツを身に着けてはいるものの、上半身は一糸纏わぬ姿。筋肉質な上裸に、釘付けになってしまう。
「ゆうり筋肉やば。エグ」
「触る?」
「え~触る」
その場のノリか、はたまた私には理解できない何かがあるのか……なっちゃんは川野くんの大胸筋をペタペタと触る。羨ましすぎて喉がごくりと鳴った。
(待って、何を見せられているの、私は)
おまけに自分も触れてみたいなんて……喉を鳴らす程羨ましいと思うだなんて、駄目だ。この男に自分から触れてみたいと思うだなんて、完全に負けなのだと己に言い聞かせる。
「ちょっと川野くん……無断欠勤だなんてどういうつもり? こっちは心配して見に来たっていうのに」
「無断欠勤……? あ~……友達と夜通し飲んでて、起きられなかったんですね、俺」
「……は?」
いやまずは謝れよ、と言おうとするが、なっちゃんによるお触りが再開されてしまった。長い指は六つに割れた腹筋に手を伸ばし、脇腹の筋肉にまで触れていた。
「なっちゃん、帰るよ!」
「涼も触らせてもらえばいいのに」
「いらないわよっ!」
「何怒ってるの?」
「あ……ごめん……」
そして沈黙。直後、くるりと背を向けた私を置き去りに、二人の会話は再開される。
「まだ友達いるんだけど、なつ、よかったら飲んで帰らない? お酒もあるしごはんもあるよ」
「え~。どうしよっかな」
「なっちゃん!? 駄目だよ!?」
目を白黒させて振り返ると、なっちゃんは部屋に一歩踏み込んでいた。すぐさま腕を掴んで引き戻す。
「涼?」
「駄目だよなっちゃん……女の子が、男二人の部屋にだなんて」
「それなら、涼も来ればいいんじゃない? ゆうりのごはん、美味しいんだよ」
あ──、と思ったときには既に玄関へと引き込まれていた。ちょっと待ってなっちゃん、今あなた何かすごい発言をしなかった……?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる