川野くんのセフレ

こうしき

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7話 訪問

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 些細なことで誂われ、その度に苛立ちながらも私は、それを心の何処かで喜んでいたし、きっと悦んでいた。もしかしたらこう返してくれるかも、とか、こんなふうに言ってくれたら嬉しいだとか、まるで初めて恋をする少女のように。

 バカバカしいということは、わかっているつもりだった。いい歳をしてあんな生意気なガキに心を乱されているだなんて、周りに知れたら一体どうなるのか。考えるだけで恐ろしかった。


「はあ? 無断欠勤?」
「そうなんだよ。電話もでなくって……悪いけどマルちゃん、帰りに様子見に行ってくれないかな?」

 週末のことであった。出勤予定の川野くんが出勤してこないのだ。代わりに呼び出されたリナは怒り心頭で、話しかけられないほどだ。

「どうして……私が」
「マルちゃん、ゆうりと一番家が近いんだよ。女の子一人じゃ心配だから……なつ!」
「はーい?」
「帰りにマルちゃんと一緒にゆうりの家に行ってくれないか?」
「いいけど、女二人で?」
「二人なら大丈夫だろ」

 そう言うと店長は足早に仕事へと戻る。女二人なら大丈夫だという根拠はなんなのだろう。


(でもこれ、彼の住処に行けるチャンスなのでは……って、何のチャンスなのよ!)


 男の──恐らくは一人暮らしの部屋に興味がないといえば嘘になる。寧ろ好きなのだ、男の一人暮らしの空間が。散らかっているのか、もしくはミニマリストか。洗濯物は外に干しているのだろうか、それとも室内干しか。室内はどんな香りだろうと想像するだけで口元が緩んでしまう。

「なっちゃん、大丈夫?」
「ん、なにが?」
「男の部屋に行くだなんて」
「だぁ~いじょうぶだよぉ! てか、涼は大丈夫なん? 孝雪さん怒らない?」
「……別れたから」
「はぁ!? その話詳しく!」

 なっちゃんは本当に人の恋バナが好きだ。売り場に誰もいないタイミングを見計らって、洗いざらい吐き出してしまった。──誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかもしれないけれど。





「ここだね」


 店長に渡された紙切れの上の住所をたよりに、私となっちゃんが辿り着いたのは三階建の鉄骨アパートの三階だった。本当に私のアパートから近い。だってここから屋根が見えるもの。

 ピンポーン、とインターホンを鳴らす──出ない。もう一度、二度と鳴らすが人が出てくる気配はなかった。

「まさか、死んでないよね?」
「な……そんなわけ」
「おーーい! ゆうりぃー!!」
「なっちゃんっ!?」

 玄関扉をドンドンと叩きながら、なっちゃんは叫ぶ。近所迷惑になるのでやめるよう言うと、無言で扉を何度も叩いた。

「なんで不在かなあ!」
「どうする?」
「うーーーーん……あれ、開いてる……」
「え?」

 なっちゃんが握ったドアノブは、ガチャリと下に下っていた。鍵が空いているということだ。

「ど……どうする、涼?」
「どうするって……どうする!?」

 私の中に、部屋に入らないという選択肢はなかったが、ここですぐに突撃してしまうのも、なっちゃんからしてみればおかしな話。逸る気持ちを抑えつつ、なっちゃんと顔を見合わせた──刹那。

「何?」
「「ギャアアアアア!!」」
「うるさ……」

 扉が内側から開いたのだ。開けた犯人は勿論、ここの住人である川野くんだ──が。

「ななななんで半裸なの!」
「覚えてない」
「はあ!?」

 下半身はハーフパンツを身に着けてはいるものの、上半身は一糸纏わぬ姿。筋肉質な上裸に、釘付けになってしまう。

「ゆうり筋肉やば。エグ」
「触る?」
「え~触る」

 その場のノリか、はたまた私には理解できない何かがあるのか……なっちゃんは川野くんの大胸筋をペタペタと触る。羨ましすぎて喉がごくりと鳴った。


(待って、何を見せられているの、私は)


 おまけに自分も触れてみたいなんて……喉を鳴らす程羨ましいと思うだなんて、駄目だ。この男に自分から触れてみたいと思うだなんて、完全に負けなのだと己に言い聞かせる。

「ちょっと川野くん……無断欠勤だなんてどういうつもり? こっちは心配して見に来たっていうのに」
「無断欠勤……? あ~……友達と夜通し飲んでて、起きられなかったんですね、俺」
「……は?」

 いやまずは謝れよ、と言おうとするが、なっちゃんによるお触りが再開されてしまった。長い指は六つに割れた腹筋に手を伸ばし、脇腹の筋肉にまで触れていた。

「なっちゃん、帰るよ!」
「涼も触らせてもらえばいいのに」
「いらないわよっ!」
「何怒ってるの?」
「あ……ごめん……」

 そして沈黙。直後、くるりと背を向けた私を置き去りに、二人の会話は再開される。

「まだ友達いるんだけど、なつ、よかったら飲んで帰らない? お酒もあるしごはんもあるよ」
「え~。どうしよっかな」
「なっちゃん!? 駄目だよ!?」

 目を白黒させて振り返ると、なっちゃんは部屋に一歩踏み込んでいた。すぐさま腕を掴んで引き戻す。

「涼?」
「駄目だよなっちゃん……女の子が、男二人の部屋にだなんて」
「それなら、涼も来ればいいんじゃない? ゆうりのごはん、美味しいんだよ」

 あ──、と思ったときには既に玄関へと引き込まれていた。ちょっと待ってなっちゃん、今あなた何かすごい発言をしなかった……?




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