枷と鎖、首輪に檻

水鏡こうしき

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 翌日から彼の言った通り、大学には通わせてもらえなくなった。だからといってあのケージに閉じ込められるわけでも拘束されるわけでもなく、私は彼の部屋に取り残されるだけである。

「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」

 社会人の彼は毎朝六時には起床し、七時過ぎには家を出る。半軟禁状態の私が出来ることといえば家事をすること、テレビを見ること、本を読むことくらいであった。

 天気が良いのでレースのカーテンだけを取り残し、部屋の空気を入れ替える。布団を干してテレビをつけると、美人な女子アナウンサーが『臨時ニュースです』と鬼気迫る顔で原稿を読み上げ始めた。

『先日ヨーロッパ各国で次々に感染者が判明した新種のウイルスですが、感染者は全員死亡したとのことです』

 ニューススタジオ内がざわつき始める。そういえばそんなニュースがあったなとぼんやりとテレビ画面を見つめた。

「……全員って、致死率百パーセントってこと?」

 私がぽつりと溢した独り言にまるで呼応するかのように、スタジオ内の観客の不安を帯びた声が一気に大きくなった。その不安を止める者は誰もおらず、アナウンサーは淡々と原稿を読み上げた。

『これを受け日本政府は国際線を完全封鎖。出入国が完全に出来ない状態になり、空港はパニック状態です』 

 数十年前に似たようなウイルス感染が起きた際は、初期の対応の遅れのせいで国内にもかなり感染が広まったらしい。それを踏まえているかは不明だけれど、今回の対応の早さに称賛の言葉を投げる専門家もいると、アナウンサーが告げた。

「食器洗わなきゃ」

 ウイルス感染がどうのこうのより、私は目の前の食器をやっつけてしまわなければならない。洗い、粗方乾いたら拭き上げて食器棚にしまい、掃除を済ませたら買い出しにも行かなければならない。

「あれ、買い物って行っていいのかな私……」

 大学に行くのは駄目だけれど、買い物に行くのは止められていない。まあいいかと高を括り、意気揚々とスーパーに出掛けたのが運の尽きであった。



「あれ、ひかりちゃん?」

 聞き覚えのあるテノールに振り向けば、私の背後に立つのは先日揉めた原因の主──小林君。何故こんなところに、と嫌な汗をかき始めた刹那、路線バスの扉がプシューっと音を立てて閉まる。

「あれ? 家この辺なんだっけ?」
「うん、そうなの。買い物に行く所で」
「そうなんだ。俺はちょっと買い出し。コンビニで買うよりバス乗ってドラストに行った方が安いからさあ」

 向かう方向が同じことが確定し、並んでてくてくと歩く。小林君とは学科が違うので、私が通学してないことは知らないはず。元々サークルには気が向いた時にしか顔を出していなかったのだし、答え辛い質問が飛んでくることはないだろう。

「じゃあまた、学校でね」
「うん、また」

 そう言って手を振り去って行った彼の笑顔の、なんと爽やかなこと。「また」がいつ訪れるのか、私にはわからないというのに。全てはの気分次第なのだから。

 買い物を終え帰宅し、時間があるので手の込んだ料理を作った。以前母に教えて貰った豚の角煮は、ネットのレシピや料理本で見たレシピのどれとも違う、母のオリジナル。普段はこんな料理作れないけれど、今や軟禁の身。じっくりお肉を煮込む時間くらいあるはずだ。

「あっ、おかえり」
「ただいま、良い匂いするね、何?」
「角煮だよ、豚の角煮」

 荷物を置いた仕事着のままの彼が、エプロン姿の私の後ろにびったりと張り付く。優しく抱き締めてくれているけれど、なんだろう──嫌な予感がする。

「ひかり。買い物、それに夕食の準備から洗濯までありがとう」
「えっ? ううん……?」
「でもそれも最後かもしれない」
「……どういう意味?」

 彼が取り出したのは指先程の黒く四角い無機質な物体。一昔前のUSBメモリより、もう一回り小さい形状だ。

「なに、それ……」
「ひかりの鞄の中に入れておいたんだ、盗聴器」
「えっ……」
「遠隔でぜーんぶ聴かせて貰ったよ」
「全部って……」
「小林君と仲が良いんだね」

 言うや否やコンロの火を背後から消される。菜箸を持つ手をねっとりと彼のものが這い、抑え込まれ首筋を生暖かい舌が這った。

「け……啓くんっ……」
「約束を守れない子にはお仕置きが必要だよねぇ」
「ちょっ……ちょっと……なに……!」

 床に押し倒され、衣服を剥ぎ取られてゆく。抵抗する間もなく全裸となった私は、例のケージの中に押し込められてしまった。首輪をつけられた上、手足は枷で繋がれ、自力でケージから出ることは叶わない格好となった。

けいくん!! お願い、出してっ!」
「大きい声出すとお腹空くよ? 角煮食べようよ」
「お願い! お願いだから出して!」

 角煮をお皿に取り分ける彼の手がぴたりと止まる。茶碗に盛られた白米は盆の上に置かれたまま、白い湯気を上げていた。

「……ちょっと、うるさいなあ」
「啓くん……?」
「いつもなら気にならないんだよそんなこと。でもね、僕今けっこうお腹が空いてるし、裸で鎖に繋がれたひかりを見て色々我慢してるんだよ、わかる? 人間、お腹が空くとイライラもするし、性欲を抑え込むのもストレスなんだよ?」

 ガシャン、と外側から激しくケージに掴みかかる彼の目が、なんだか虚ろで少しも怖い。いくらお腹が空いているからって、こんな目──。

「駄目……啓くん、こんなところで……だめッ……」

 ケージの鍵を開け、狭く白い檻の中に彼が四つん這いで踏み入ってくる。私の身体に触れる手つきからして、これから何が行われるのか瞬時に察した。

「鎖に繋がれてるひかりも可愛いよ」
「待って……本当にこんな所でするの……?」
「大丈夫、全部僕に任せてくれれば」
「私、繋がれたまま?」
「抵抗するなら恥ずかしい体勢で動けないように縛り上げるよ?」

 言いながらひんやりと冷たい手が私の太股に触れる。重なった唇の端から涎が零れ、抵抗など出来ないと諦め、私は彼に身を委ねるしかなかった。



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