英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で

こうしき

文字の大きさ
上 下
73 / 92
第四章 great difference―雲泥―

第六十三話 真実と告白

しおりを挟む
「ところで翁、なんであたしの通信機の番号を知っているのよ」

 ミリュベル海賊団の船に乗り込み、ここは船長室。部屋の中央に置かれたソファーに座ったアンナは、不満げに声を漏らした。

『なーに、デニアから聞いたんじゃよ』
「デニー……あの野郎」

 アンナは腕を組んで舌打ちをした。彼女の眉間の皺は深い。

『ごっめーん、りりたん。従わないと降格って言われてさ。減給なら黙ってたんだけど、流石に降格は勘弁だからさ』
『あ! デニアだけズルいぞ! 俺もアンナ殿と話がしたい!』
『お前達うるさいのう!』

 なんだか翁の立体映像の周りが騒がしい。姿こそ現さなかったが、その声の主は間違いなく第四騎士団長デニア・デュランタと、第一騎士団長アイザック・アスターだった。

『お前達は関係ないんじゃから、さっさと退室せんか。降格させるぞ降格!』
『それは困るな翁!』

 と、ここで翁の姿を隠すように、立体映像のアイザックが現れた。

『アンナ殿! アンナ殿!』
「なに」
『いやあ、用はないのだが、その姿を拝めてよかった。武運を祈っているぞ』
『りりたん! 怪我しちゃ駄目だよ』

 ぎゃあぎゃぁとうるさい二人に、アンナは軽く手を上げて答えた。それだけで充分満足したようで、デニアとアイザックは顔を見合わせてにんまりと微笑むと、すっとその姿を消した。


『さてと、静かになったことじゃし、早速本題に入らせてもらうぞい。ここにおる者は皆、無名の討伐に参加するということでよいかの』

 椅子に深く座り直した翁は、目の前で自分を見つめ、睨み付ける、五人の若造達を順々に見た。

「エリック・ローランドは不参加よ」

 口を開いたのはアンナだ。

『ふむ。ならば退室願おうかの』
「ちょっと待ってくれる? 翁、そこにベルはいる?」


(ベル? 第二騎士団長ベルリナ・ベルフラワーのことか?)


 ノルの町での彼女達のやり取りを見る限り、アンナはベルリナのことをかなり苦手としているようだった。
 そのベルリナに、一体何の用があるというのだろう?

『いますよう』

 ベルリナは翁の前にひょっこりと顔を出した。ショートヘアーの 白髪はくはつが、さらりと揺れる。

『ベルリナに何の用じゃ? 後にせんか』
「翁、悪いけどエリックを退室させるなら、先にベルと話をしなければならないことがあるのよ」
『ふうむ。よく意味が分からんが……なんじゃ、早めに済ませてくれ。通信状態が良くないのは知っておるじゃろ』

 ブエノレスパは天然の特別な結界に囲まれているせいもあり、通信障害が起こりやすい。騎士団員同士の通信機は特別な作りになっているので、障害が起こらないのだが、それ以外だと時々途切れてしまうこともあるのだ。

「何? どうしたのアンナ」

 アンナは船長室の中央のソファ──ネスの隣に座っている。向かいの壁に背を預け立っているエリックとの距離はそう遠くないのだが、彼は背を離して彼女との距離を少し詰めた。

「悪いわね、すぐに済むわ」

 立ち上がったアンナは翁を一瞥すると、僅かに震える両掌をぎゅっと握りしめた。立体映像のベルリナの前まで歩き、彼女の目の前で立ち止まると、真っ直ぐにその姿を見詰めた。

「ベル」
『なんですか?』
「頼みがあるの」
『何でも言ってください。アンナさんの言うことなら、何でもきいちゃいますよ』

 アンナにはこれが嘘だということくらい分かっていた。分かっていたから──

『な!』
「えっ」
「ちょっと、アンナ!」
「何やってんだよアンナさん!」

 分かっていたから、こうするしかなかった。

『なんですか、それは』

 膝を折り、両掌を床に付き、アンナは頭を下げていた。額まで床に付け、その表情を伺うことは出来ない。

 ──所謂、土下座というやつだ。

『あなた、一国のお姫様でしょう? 次期国王でしょう? そんな人が私なんかに頭を下げるなんて。見るに耐えません、見たくありませんよう』

 ベルリナは呆れて、アンナから顔をぷい、と背けた。しかしアンナはその体勢を崩すことはない。

「ベル、頼みがあるの」
『だから、なんですかあ』
「ミカエル・フラウンから聞いたの。ベルは『母体転移』って術が使えるって」

 アンナの言葉にベルリナは息を飲む。

 と、ここでネスの悪い癖──好奇心の虫が這い出してきた。
 が、流石に言葉を発してよい状況でないことくらい、ネスにも分かっていた。そのくらいの成長はしていたのだ。
 

(『ぼたいてんい』ってなんだ……?)


 声にさえ出さなかったが、やはり気になって仕方がないのだ。ネスはとりあえず向かいに座るウェズの顔を見てみる。


(あ、こいつは何も知らないって顔だ)


 顎に手を付き、眉をひそめたウェズの顔。心配そうな表情を浮かべているが、事態を飲み込めず、不思議そうな顔になった。彼なりに『ぼたいてんい』という言葉の意味を考えているようだ。

 入口のドアの横に立つエディンの表情。それはまたウェズとはかなり違っていた。
 半ば呆れ顔のエディンは腕を組み、真っ直ぐにアンナの背中を見ていた。


(これは何か知っているぞ)


 そして最後にエリックを見る。彼は驚きのあまり口を半開きにし、戸惑いながらもアンナの隣まで移動し、屈み込んで彼女の背中に触れた。


(……エディンは知っているのに、エリックは知らないってこと?)


 ネスには三人の関係性がよくわからなかったが、自分の思っていた以上に、アンナとエディンは仲が良いのだろうということには気が付いた。

『使えますよ、母体転移。で、誰に使うんです?』

 背中にじっとりと汗をかきながらも、ベルリナは冷静に言葉を紡ぐ。自分の焦燥を表に出すわけにはいかない。彼女には騎士団総団長という立場というものがあった。

「あたしに、使ってほしい」

「『──―はっ?』」

 ベルリナとエリックが同時に同じ声を出し、同時に尻餅を着いた。

 ネスとウェズはまだ状況を理解できていなかった。


「ア……アンナ?」

 ゆっくりと腰を浮かせたエリックは、アンナの肩を優しく掴みながら、床に片膝を着いた。

「それって、どういう──」
「エリック」

 アンナは肩に添えられたエリックの手を取り、自分の両手でそれを包み込むと、頬を染めて彼を見た。

「あのね、聞いてくれる?」
「ああ」
「……子供が、できたの」
「こども……?」
「そう」
「だれの……?」
「あなたと、あたしの」
「俺と、君の?」
「そう」
「ほんとうに? ……本当に!?」
「ええ」

 包まれていた手を振りほどき、エリックはそのままアンナを力一杯抱き締めた。その目には光るものがあったが、誰かに見られる前に彼はそれを指で拭いとった。

「あ……あ、あ……」
「なに?」
「ありがとう……。ありがとう、アンナ」
「礼を言うのはまだ早いわよ」
「そっか……そうか、そうだね。でもいつだ? ノルの時の?」
「違う、ハクラに聞いたら、その前だって」
「あー……ソリューダで会った時の?」
「そうみたい」

 そこまで言うとアンナは俯き、エリックは彼女を解放した。

 ネスとウェズは開いた口が塞がらない。内心では二人とも『ええええええええ! 本当かよ!? 何、子供ができたって……妊娠!? 嘘だろ!?』とパニック状態だったのだが、まだ話の途中だ。声を発してよい状況ではない。

『あの時の私の台詞が、フラグみたいになっちゃったじゃないですかあ』
「ごめん」

 そう言ってアンナは、再び土下座の体勢をとった。

『謝ることじゃないですし、もうそれ止めてもらえません?』
「いいや、止めない。お願いベル、その術をあたしにかけてほしい。こんな体じゃ、全力を出しきれない……無名を討つことなんて、出来ない」
「俺からも頼みます、ベルリナ総団長」

 アンナに倣ってエリックも同じ体勢をとった。 戦姫いくさひめ、虐殺王子と呼ばれた二人の殺し屋が並んで土下座をする姿など、誰が想像出来ただろうか。

『そんなに頭を下げなくても、かけてあげますよ、母体転移』
「ほ……本当に?」

 少しだけ面倒そうな口調のベルリナを、アンナはパッと顔を上げて見つめた。

「本当ですよう」

 ベルリナの言葉にアンナとエリックは顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。

「ありがとう……ありがとうベル」
「ありがとうございます、ベルリナ総団長」
『あ、でも一つだけお願いがあります』

 ベルリナは人差し指を唇に当て、にんまりと笑った。

「なに?」
『次会ったら、ぎゅうううってさせてくれます?』
「……いいわよ」
『やったあ! 絶対、絶対ですよ。じゃあ私は……あ、ファイアランスに行けばいいですか?』

 何故ベルはこの流れで『ファイアランスに行く』と口にしたのだろうか。その場いにる者の殆どが疑問に思ったが、アンナとエリックは『何故』かを知っているので、驚くこともなく話を続ける。

「それでいいわ。お願いね」
『はあい!』
『話は済んだかの』

 片足を上げて嬉しそうに敬礼をしたベルリナの脇から、翁がぬっと、顔を出した。

『済みましたよう』
『そうか、それならとりあえず下がれ』

 翁の命令にベルリナは素直に応じ、大股で後ろにぴょんと跳んで下がった。
 アンナはベルリナが去ったのを見届けると、元いた席に戻る。それと同時にエリックは立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

「エリック」

 ドアの横に立っていたエディンが、エリックに声をかける。

「なに?」
「お父さん、だな」
「……その言い方っ」

 フッと息を吐いて笑顔を浮かべた二人は、嬉しそうに互いに肩を叩き合う。

「──あったじゃないか、エディン」
「……何がだ?」
「お前が知っていて、俺が知らないこと」
「……」
「知っていたんだな」
「……悪い」
「いや、謝ることじゃないから」

 じゃあな、と言ってエリックは船長室から出ていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

レベルアップしたらステータスが無限になった

wow
ファンタジー
レベルが上がるのが遅すぎると追放された主人公にシステムメッセージが流れ驚愕の事実が通達される。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...