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第四章 great difference―雲泥―
第六十四話 神の気まぐれ
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『さて、いい加減話すぞい、ええかの』
少しばかり苛立ちの添えられた翁の声に、皆が耳を傾け視線を送る。
『とりあえず、世界の終わりとはどういうことなのか、知っておるか? ネス・カートスよ』
「俺ですか?」
突然のご指名にネスは驚いて肩を跳ね上がらせた。
「世界の終わり……絵本通り、五人の 破壊者が暴れまわって……その結果、沢山の人々が死んで、世界が真っ暗になるってことですか?」
『せかいのおわり』と名付けられた世界的に有名な絵本。アンナはネスに、絵本の内容は事実であり、当事者の体験談だと、そして半年後に同じことが起こると言った。
(ということは、ここにいる三人の破壊者を含めた五人が、世界を滅ぼすのか……?)
『概ね正解。じゃが少し訂正すると、世界を終わらせるのは、お前たち破壊者ではない。 神力と 神石を作った神じゃよ』
「神? 神がどうして世界を終わらせようとするんですか?」
『気まぐれじゃよ』
「気まぐれ!?」
気まぐれで世界を滅ぼそうとする神。そんな者が本当に神なのか──ネスにはよく理解が出来なかった。
『神の気まぐれなど、儂ら凡人には理解できん。でものう、いくら気まぐれだとしても、欲していた神石と破壊者たちが目の前に揃ったと思うたら、実は一人偽物が混じっていて、手に入らなかった……そんなの、怒らないほうが不思議じゃろうに』
「まあ……確かに」
ネスには、気まぐれで世界を滅ぼそうとする神の思考など理解出来なかったが、噛み砕いて説明をしてくれる翁の言葉には納得する事ができた。
「神が神石と破壊者を揃えたいと気まぐれで思ったが、揃わなかったから癇癪を起こして世界を終わらせる──破壊するということか?」
「エディン・スーラ、大正解じゃよ」
静かな声で翁はエディンを称賛した。
『四月末から数えて半年後──十月の三十日に、世界は完全に終わる。予言者の言った通りにな』
「世界が、終わる……」
ブエノレスパを出発して様々な事があったせいで、あまり直視していなかった現実に、ネスは身震いをした。
五つの神石を無事に揃えれば、止まっていた──否、始まることのなかった『せかいのおわり』。しかし、『せかいのおわり』を望む『無名』によって奪われてしまった神石。
半年後までに奪い返さなければ、この世は終焉を迎えてしまうのだ。
──重圧
そして足りなすぎた自覚。
アンナに着いていけば絶対に安心なのだと、ネスはきっと心のどこかで甘えてしまっていた。──依存して、甘えてしまっていたのだ。
『ああ、実際にブエノレスパの上空は裂けて、そこから雷が降り注いでおる。結界を貼って防いでおるものの、先日の大地震といい……少しづつ世界の崩壊が始まっておるのは事実じゃ』
「そんな……」
──絶望
果たして無名を倒し、神石を取り戻すことが出来るのだろうか──ここにいる四人で。
『 戦姫や』
「なによ」
『お 主、無名の情報をどこまで掴んでおる』
「本拠地と構成メンバーは分かっているわ」
「やはりの。お主なら既に調べておるじゃろうと思っておったわ」
「ねえ、アンナ」
翁が一旦言葉を切ったので、ネスは恐る恐るアンナに話しかける。
「なに」
「その情報は、さっきのミカエルさんから買ったの?」
ミカエル、という名を聞いて、少しだけ不満そうな顔になったアンナは、「そうよ」と言って翁を見やった。
「売らないわよ、情報」
『なーに、買いはせんぞ。その代わり、騎士団長たちを派遣する』
「派遣する?」
表情を見ずとも、ネスには理解できた。声色から察するに、アンナは翁の発言が不満なのだろうと。
「あたしらだけじゃ、無名を討てないって言いたいの?」
『そうは言わん。より確実に討つ為じゃよ』
「それは討てないって言っているのと同じよ」
『これは命令じゃよ、アンナリリアン』
別人のように声を凄ませて、翁はアンナに重圧をかけた。
アンナとエディンは黙って翁を睨んでいる。
『お前たち破壊者は、政府の公認集団──謂わば、政府に属し、それに従う義務があることを忘れてはおらぬか?』
「そうだったんだ……」
ネスが初めて知る事実だった。面倒くさがりなアンナは、この事実をネスに説明していなかった。
「一国の姫として、言いたいことは色々あるけど……仕方ないから納得してあげるわ」
『ふん、それならよいのじゃが。おい、お前達、こっちに来い』
椅子に座ったまま翁は、右手を大きく振って手招きをしている。コツコツという足音の後、四つの人影が現れたが、立体映像の調整が上手くいっていないのか、四人の足元しか映し出されていない。
『ユミリヤー! どねぇかしてくれ!』
『はあい』
丸っこい彼女の返事と、がさごそという音の直後、足元だけだった四人の姿が映し出された。
四人の──騎士団長だ。
『こやつら四人と共に、無名を討ち、神石を取り返せ。それが儂からの命令じゃよ』
現れた四人の姿をネスは直視し、アンナは苦虫を噛み潰したような顔になった。エディンは気まずそうに、顔を伏せている。
『一応紹介しておかんとな』
翁はそう言って咳払いをする。
『簡単に紹介しとくかの……まずは第二騎士団長兼騎士団総団長ベルリナ・ベルフラワー』
「ベルが前線に出て来るのね……」
『よろしくお願いしますね、皆さん。私こう見えてもけっこう強いので』
神妙な面持ちでアンナがベルを睨むと、彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。
翁は続ける。
『次に第十騎士団長カクノシン・カキツバタ』
黒い瞳に、同じく長い黒髪を緩く一括りにした男だ。歳は三十代の半ば程度に見える。
「うっ……」
カクノシンの姿を見て、エディンが低い声で唸った。
『ほぅ……。そこにおるのはエディン・スーラであるな。拙者のことを覚えておるとは』
「……せっしゃ?」
カクノシンの奇妙な言葉使いに、ネスは首を捻った。黒い瞳に黒い髪という風貌もなかなか珍しい。先日エディンが「あいつは強いぞ」と言ったことも思い出した。
『まあ良い。今この場で話すことでもないしな。あの事件のことは今更どうこう言っても仕方がないしの』
「なあ、アンナ」
「なに?」
カクノシンがエディンと話をしているのを横目に、ネスは小声でアンナに声をかけた。
「あの事件っていうのは、ひょっとして騎士団壊滅事件ってやつなのかな?」
「ええ、そうよ──鋭いわね。というかネス、騎士団壊滅事件について知っているの?」
ブエノレスパでの儀式の後、翁からその事件はアンナとエリックが主犯だったと聞いていたネスは、何故そこにエディンの名が出てくるのか、気になっていた。
翁の説明には、エディン・スーラという名前は出てこなかったからだ。
「エディンは関わらなかったことにするよう、翁に頼んだのよ」
「どうして?」
「あいつはまだ、ファイアランス王国の一軍人だったからね──そんな無名の若造と悪名高い殺し屋が、必要以上に深く関わっていたなんて、世界中に知られたら──あいつの未来を奪ってしまうことになりかねなかったし」
「なるほどね」
見かけによらず、やはりアンナは面倒見が良いようだった。
(翁も同じようなことを言っていたしな……昔からこんな感じだったんだな)
「ところでさ、ずっと気になっていたんだけど」
「まだあるの? なによ」
ネスの好奇心の虫は、ここまできてしまうと、もう収拾がつかなくなっていた。
「騎士団壊滅事件って結局のところ、何が原因で起こった事件だったの?」
翁から聞いて、この事件に関してネスが知っている情報は、主犯がアンナとエリックだということ、騎士団長の三分の二が殉職したということ。そして父シムノンは無関係だということだけだった。
ネスが言った直後、ウェズがわざとらしく「げふん、げふん」と咳払いをした。
「ウェズ、言わない方がいいかしら?」
「いや……俺は、アンナさんから口止めされてたから、誰にも話してないっすし。アンナさんがいいって言うなら、ネスに話すことくらい、俺は構わねぇっすけど」
そう言ってウェズはネスをちらっと見た。
『そこの三人、何をこそこそ話しておるんじゃ』
三人と言われ、ネスとウェズの肩が跳ね上がった。
アンナは小さく舌打ちをすると、足を組み直して「後で教えてあげるから」と、ネスに耳打ちをした。
三人が話し込んでいるうちに、エディンとカクノシンの間では、いつの間にか話が終わっていたようだ。
カクノシンは平然とした顔をしているが、エディンは若干気まずそうに顔を伏せている。
『どんどん行くぞぃ。第十七騎士団長ローリャ・ライル・ローズ』
(ライル族──)
その姿が立体映像として現れた時から、ネスは彼女のことが気になっていた。まさか騎士団に数少ないライル族が所属していようとは。
パッと見た感じだと、ネスの母レノアと同じくらいの歳に見える──ということは、四十歳手前あたりなのだろうか。目はどちらかと言えばレスカのようにつり目で、見るものを威圧する──そんな雰囲気だ。
『やっとウチの番か。ようやく口が開けるな』
肩に掛かった橙色の三つ編みの先端を手で払い除け、彼女は呆れた声で言った。
『途中で口挟むと翁がうるせーだろうし、我慢してたんだが』
『そう思うのならば、早めに済ましいや』
『へいへい』
カクノシンと同じく、ローリャも誰かに何がを言いたげだった。
(アンナに恨みがあるとかかな──?)
『おい、レディン』
「いっ!」
『お前、その姿はなんだ』
「バレてた……」
エディンはローリャの視線から逃げるように、顔を伏せたまま小声で呟く。しかしローリャは畳み掛けるように彼に言葉を投げつける。
『当たり前だ。 雷の破壊者がライル族ってことは周知されてる。なのにエディン・スーラなんて、ライル族じゃない奴の名前がある時点でおかしいと思ってたんだ』
「ですよね……」
『全く、いつレイシャから破壊者の座を貰い受けたんだ?』
「四年……くらい前です」
『なるほどな、そういう事か』
そういう事いうのが、どういう事なのか──理由も話さずローリャは一人、納得した様子でふむふむと腕を組んでいる。
「ローリャさん、レスカには内緒にしていて下さい」
『ん? レスカはお前のところにいるのか?』
『お前達、まだ話は続くんかの』
儂もそろそろ限界なんじゃが、と言い翁はまた一段と深く椅子に腰掛けた。
『すみません翁、もう終わります──レディン、最後に一つだけ』
翁の様子を気にしながら、ローリャは早口で続けた。
『お前の子供たちは、ウチが預かってる。元気に育っているから安心しろ』
「は?」
ローリャの発言に、皆が目を剥いて彼女の方を見た。
「こども?」
『何回も言わせるな。ルミアとルミネはレイシャとお前の間の子だろう?』
「えっ? えっ?」
『四年くらい前に会ったのが最後なのだろう? なら、年齢的にもその時の子だ』
「えっ? いや、ちょっと、二人? ローリャさん、その、俺は一回しか……」
『ああ、双子だよ、女の子のな。詳しいことは会った時にだ』
「え、ちょっ……」
エディンは狼狽してローリャを引き留めようとしたが、ローリャは身を翻して後ろに下がった。あともう一人、紹介されていない騎士団長に時間を譲ったのだ。
「エディン」
皆が呆気に取られる中、ウェズがニヤニヤと笑みを浮かべながら、エディンの背中を叩いた。
少しばかり苛立ちの添えられた翁の声に、皆が耳を傾け視線を送る。
『とりあえず、世界の終わりとはどういうことなのか、知っておるか? ネス・カートスよ』
「俺ですか?」
突然のご指名にネスは驚いて肩を跳ね上がらせた。
「世界の終わり……絵本通り、五人の 破壊者が暴れまわって……その結果、沢山の人々が死んで、世界が真っ暗になるってことですか?」
『せかいのおわり』と名付けられた世界的に有名な絵本。アンナはネスに、絵本の内容は事実であり、当事者の体験談だと、そして半年後に同じことが起こると言った。
(ということは、ここにいる三人の破壊者を含めた五人が、世界を滅ぼすのか……?)
『概ね正解。じゃが少し訂正すると、世界を終わらせるのは、お前たち破壊者ではない。 神力と 神石を作った神じゃよ』
「神? 神がどうして世界を終わらせようとするんですか?」
『気まぐれじゃよ』
「気まぐれ!?」
気まぐれで世界を滅ぼそうとする神。そんな者が本当に神なのか──ネスにはよく理解が出来なかった。
『神の気まぐれなど、儂ら凡人には理解できん。でものう、いくら気まぐれだとしても、欲していた神石と破壊者たちが目の前に揃ったと思うたら、実は一人偽物が混じっていて、手に入らなかった……そんなの、怒らないほうが不思議じゃろうに』
「まあ……確かに」
ネスには、気まぐれで世界を滅ぼそうとする神の思考など理解出来なかったが、噛み砕いて説明をしてくれる翁の言葉には納得する事ができた。
「神が神石と破壊者を揃えたいと気まぐれで思ったが、揃わなかったから癇癪を起こして世界を終わらせる──破壊するということか?」
「エディン・スーラ、大正解じゃよ」
静かな声で翁はエディンを称賛した。
『四月末から数えて半年後──十月の三十日に、世界は完全に終わる。予言者の言った通りにな』
「世界が、終わる……」
ブエノレスパを出発して様々な事があったせいで、あまり直視していなかった現実に、ネスは身震いをした。
五つの神石を無事に揃えれば、止まっていた──否、始まることのなかった『せかいのおわり』。しかし、『せかいのおわり』を望む『無名』によって奪われてしまった神石。
半年後までに奪い返さなければ、この世は終焉を迎えてしまうのだ。
──重圧
そして足りなすぎた自覚。
アンナに着いていけば絶対に安心なのだと、ネスはきっと心のどこかで甘えてしまっていた。──依存して、甘えてしまっていたのだ。
『ああ、実際にブエノレスパの上空は裂けて、そこから雷が降り注いでおる。結界を貼って防いでおるものの、先日の大地震といい……少しづつ世界の崩壊が始まっておるのは事実じゃ』
「そんな……」
──絶望
果たして無名を倒し、神石を取り戻すことが出来るのだろうか──ここにいる四人で。
『 戦姫や』
「なによ」
『お 主、無名の情報をどこまで掴んでおる』
「本拠地と構成メンバーは分かっているわ」
「やはりの。お主なら既に調べておるじゃろうと思っておったわ」
「ねえ、アンナ」
翁が一旦言葉を切ったので、ネスは恐る恐るアンナに話しかける。
「なに」
「その情報は、さっきのミカエルさんから買ったの?」
ミカエル、という名を聞いて、少しだけ不満そうな顔になったアンナは、「そうよ」と言って翁を見やった。
「売らないわよ、情報」
『なーに、買いはせんぞ。その代わり、騎士団長たちを派遣する』
「派遣する?」
表情を見ずとも、ネスには理解できた。声色から察するに、アンナは翁の発言が不満なのだろうと。
「あたしらだけじゃ、無名を討てないって言いたいの?」
『そうは言わん。より確実に討つ為じゃよ』
「それは討てないって言っているのと同じよ」
『これは命令じゃよ、アンナリリアン』
別人のように声を凄ませて、翁はアンナに重圧をかけた。
アンナとエディンは黙って翁を睨んでいる。
『お前たち破壊者は、政府の公認集団──謂わば、政府に属し、それに従う義務があることを忘れてはおらぬか?』
「そうだったんだ……」
ネスが初めて知る事実だった。面倒くさがりなアンナは、この事実をネスに説明していなかった。
「一国の姫として、言いたいことは色々あるけど……仕方ないから納得してあげるわ」
『ふん、それならよいのじゃが。おい、お前達、こっちに来い』
椅子に座ったまま翁は、右手を大きく振って手招きをしている。コツコツという足音の後、四つの人影が現れたが、立体映像の調整が上手くいっていないのか、四人の足元しか映し出されていない。
『ユミリヤー! どねぇかしてくれ!』
『はあい』
丸っこい彼女の返事と、がさごそという音の直後、足元だけだった四人の姿が映し出された。
四人の──騎士団長だ。
『こやつら四人と共に、無名を討ち、神石を取り返せ。それが儂からの命令じゃよ』
現れた四人の姿をネスは直視し、アンナは苦虫を噛み潰したような顔になった。エディンは気まずそうに、顔を伏せている。
『一応紹介しておかんとな』
翁はそう言って咳払いをする。
『簡単に紹介しとくかの……まずは第二騎士団長兼騎士団総団長ベルリナ・ベルフラワー』
「ベルが前線に出て来るのね……」
『よろしくお願いしますね、皆さん。私こう見えてもけっこう強いので』
神妙な面持ちでアンナがベルを睨むと、彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。
翁は続ける。
『次に第十騎士団長カクノシン・カキツバタ』
黒い瞳に、同じく長い黒髪を緩く一括りにした男だ。歳は三十代の半ば程度に見える。
「うっ……」
カクノシンの姿を見て、エディンが低い声で唸った。
『ほぅ……。そこにおるのはエディン・スーラであるな。拙者のことを覚えておるとは』
「……せっしゃ?」
カクノシンの奇妙な言葉使いに、ネスは首を捻った。黒い瞳に黒い髪という風貌もなかなか珍しい。先日エディンが「あいつは強いぞ」と言ったことも思い出した。
『まあ良い。今この場で話すことでもないしな。あの事件のことは今更どうこう言っても仕方がないしの』
「なあ、アンナ」
「なに?」
カクノシンがエディンと話をしているのを横目に、ネスは小声でアンナに声をかけた。
「あの事件っていうのは、ひょっとして騎士団壊滅事件ってやつなのかな?」
「ええ、そうよ──鋭いわね。というかネス、騎士団壊滅事件について知っているの?」
ブエノレスパでの儀式の後、翁からその事件はアンナとエリックが主犯だったと聞いていたネスは、何故そこにエディンの名が出てくるのか、気になっていた。
翁の説明には、エディン・スーラという名前は出てこなかったからだ。
「エディンは関わらなかったことにするよう、翁に頼んだのよ」
「どうして?」
「あいつはまだ、ファイアランス王国の一軍人だったからね──そんな無名の若造と悪名高い殺し屋が、必要以上に深く関わっていたなんて、世界中に知られたら──あいつの未来を奪ってしまうことになりかねなかったし」
「なるほどね」
見かけによらず、やはりアンナは面倒見が良いようだった。
(翁も同じようなことを言っていたしな……昔からこんな感じだったんだな)
「ところでさ、ずっと気になっていたんだけど」
「まだあるの? なによ」
ネスの好奇心の虫は、ここまできてしまうと、もう収拾がつかなくなっていた。
「騎士団壊滅事件って結局のところ、何が原因で起こった事件だったの?」
翁から聞いて、この事件に関してネスが知っている情報は、主犯がアンナとエリックだということ、騎士団長の三分の二が殉職したということ。そして父シムノンは無関係だということだけだった。
ネスが言った直後、ウェズがわざとらしく「げふん、げふん」と咳払いをした。
「ウェズ、言わない方がいいかしら?」
「いや……俺は、アンナさんから口止めされてたから、誰にも話してないっすし。アンナさんがいいって言うなら、ネスに話すことくらい、俺は構わねぇっすけど」
そう言ってウェズはネスをちらっと見た。
『そこの三人、何をこそこそ話しておるんじゃ』
三人と言われ、ネスとウェズの肩が跳ね上がった。
アンナは小さく舌打ちをすると、足を組み直して「後で教えてあげるから」と、ネスに耳打ちをした。
三人が話し込んでいるうちに、エディンとカクノシンの間では、いつの間にか話が終わっていたようだ。
カクノシンは平然とした顔をしているが、エディンは若干気まずそうに顔を伏せている。
『どんどん行くぞぃ。第十七騎士団長ローリャ・ライル・ローズ』
(ライル族──)
その姿が立体映像として現れた時から、ネスは彼女のことが気になっていた。まさか騎士団に数少ないライル族が所属していようとは。
パッと見た感じだと、ネスの母レノアと同じくらいの歳に見える──ということは、四十歳手前あたりなのだろうか。目はどちらかと言えばレスカのようにつり目で、見るものを威圧する──そんな雰囲気だ。
『やっとウチの番か。ようやく口が開けるな』
肩に掛かった橙色の三つ編みの先端を手で払い除け、彼女は呆れた声で言った。
『途中で口挟むと翁がうるせーだろうし、我慢してたんだが』
『そう思うのならば、早めに済ましいや』
『へいへい』
カクノシンと同じく、ローリャも誰かに何がを言いたげだった。
(アンナに恨みがあるとかかな──?)
『おい、レディン』
「いっ!」
『お前、その姿はなんだ』
「バレてた……」
エディンはローリャの視線から逃げるように、顔を伏せたまま小声で呟く。しかしローリャは畳み掛けるように彼に言葉を投げつける。
『当たり前だ。 雷の破壊者がライル族ってことは周知されてる。なのにエディン・スーラなんて、ライル族じゃない奴の名前がある時点でおかしいと思ってたんだ』
「ですよね……」
『全く、いつレイシャから破壊者の座を貰い受けたんだ?』
「四年……くらい前です」
『なるほどな、そういう事か』
そういう事いうのが、どういう事なのか──理由も話さずローリャは一人、納得した様子でふむふむと腕を組んでいる。
「ローリャさん、レスカには内緒にしていて下さい」
『ん? レスカはお前のところにいるのか?』
『お前達、まだ話は続くんかの』
儂もそろそろ限界なんじゃが、と言い翁はまた一段と深く椅子に腰掛けた。
『すみません翁、もう終わります──レディン、最後に一つだけ』
翁の様子を気にしながら、ローリャは早口で続けた。
『お前の子供たちは、ウチが預かってる。元気に育っているから安心しろ』
「は?」
ローリャの発言に、皆が目を剥いて彼女の方を見た。
「こども?」
『何回も言わせるな。ルミアとルミネはレイシャとお前の間の子だろう?』
「えっ? えっ?」
『四年くらい前に会ったのが最後なのだろう? なら、年齢的にもその時の子だ』
「えっ? いや、ちょっと、二人? ローリャさん、その、俺は一回しか……」
『ああ、双子だよ、女の子のな。詳しいことは会った時にだ』
「え、ちょっ……」
エディンは狼狽してローリャを引き留めようとしたが、ローリャは身を翻して後ろに下がった。あともう一人、紹介されていない騎士団長に時間を譲ったのだ。
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