中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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 応急処置を終えた朱兎は、鼬瓏の部屋のベッドにちょこんと座っていた。薄暗い室内。カーテンの隙間から落ちる赤いネオンの光が、やけに心をざわつかせる。

(……やっちまったな! オレ!)

 衝動に駆られて自分からキスをした。今思い返すだけで顔から火が出そうに恥ずかしい。場所が場所なだけに、あれこれと色々考えてしまう。
 鼬瓏の部屋は使用頻度が低いのか、生活感があまりなくとてもシンプルだった。それでも、ベッドルームからは彼の香りが鼻を擽る。それが余計に朱兎の心を乱した。

(これじゃ鼬瓏に食われるのを大人しく待ってるだけじゃねぇか)

 事実、そんな状況に違いはない。あのときはその場の雰囲気に勢いよく流されていっただけで、落ち着いた今ではそのまま座礁している感が否めない。いっそあの場で抱かれていたほうが気持ち的に楽だった。

(別のこと……なんか違うこと考えろ)

 少しでも別のことを考えていなければ、ぐちゃぐちゃな感情に押し負けてしまいそうで、朱兎は無理矢理思考を切り替える。

(……ダメだな! さっきまでのインパクト強すぎてそれしか考えらんねぇ!)

 日常では絶対に体験するはずのない、ドラマのような出来事。実際その場で当事者としていたはずなのに、今となっては現実味を帯びておらず夢だったのではないかと疑いたくなってしまう。しかし、手当された傷跡が先程までのアレは現実なのだと突き付けてくる。

「闇医者って本当にいたんだな」

 手当された場所に触れながら、車に乗ったあとの出来事を思い出す。
 あのあと連れて行かれたのは鼬瓏のホテルではなく、ホテル近くの繁華街の裏路地にある一見して普通のビルの一室だった。先に着いていた車内から騒がしく降りてきたのは紫釉と麗で、抱えられているというより担がれるように車から出てきたのは記憶に新しい。

(あれだけ撃たれて暴れてた紫釉が、あの医者相手だとあんなに怯えてるのもすごかった)

 病院が嫌いだと言っていたのはどうやら本当だったようだ。病院というよりは、あの医者が嫌いな可能性のほうが高そうな気がした。
 深夜に緊急で訪れたにも関わらず、しっかりと手当をしてくれたあの医者には感謝しかない。普通の病院には見せられない傷に対しても、なにも言いはしないあたり、彼の中ではこれがいつもの日常なのかもしれないと朱兎は納得した。

(手当のあと、ものすごく同情したような表情を向けられたけどな!)

 それはきっと鬱血と歯型のせいだということは言われなくても理解したし、触れないでくれてありがとうと脳内で医者に綺麗な土下座をキメた。

「本当に利口さんに待ッテテくれたんだネ」
「ゆう、ろん……」

 いつの間に戻っていたのか、音もなく彼はそこに立っていた。それにより、朱兎の思考は一気に現実に引き戻される。

「……待タセタ?」

 柔らかく甘さを含んだ声でそう問いかけながら、部屋に入ってきた鼬瓏は着ていた上着を脱ぎ捨て肌を露わにする。朱兎はそれから視線を外すことができず、見入ってしまう。そんな朱兎を見て、鼬瓏がクスりと笑う。

「朱兎、さっきより顔赤いネ」
「うっせぇ……見んな」
「もっと見せてヨ」

 ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めてくる。逃げ道をじんわり塞ぐように。ベッド端で固まっていた朱兎を見下ろし、鼬瓏は首を傾けた。

「ほら、顔隠さないで見せテ?」
「……っ」

 吐息が掛かるほど近い距離で囁かれた声が耳を撫で、朱兎は身を震わせた。

「朱兎」

 柔らかい声なのに、不思議と逆らえない。観念して顔を上げれば、顎を指先でそっと上げられる。

「俺に抱かれるノ、待っててくれタノ?」

 その言葉に朱兎の心臓がドクンと跳ね上がる。

「ねえ、朱兎……さっきと同じ顔してルヨ?」

 頬に優しく触れながら、鼬瓏は微笑む。優しく熱を孕んだ、底の見えない瞳が朱兎を捉えて離さない。

「イイヨ。朱兎のそういう顔……可愛イ」
「あんた、ほんと……そういうとこだよ! くっそ……そうだよ、待ってたよ!」

 朱兎は噛みしめていた下唇を解き、勢いのまま鼬瓏の首に腕を絡めて抱き寄せた。

「……ッ!」

 引き寄せてキスを落とす。あのときと同じシチュエーションに、冷めていた熱に再び火が点く。

「……朱兎」

 低く甘い声で名前を呼ばれる。伸ばされた腕が朱兎の腰を引き寄せ、押し倒すように深く熱い口づけが返ってきた。

「ん、……っ」

 喉の奥まで侵されるような熱に、朱兎の舌先が痺れる。酸素が行き渡らず上手く頭が回らない。ようやく唇が離れると、鼬瓏は朱兎の額に自分の額をこつんと軽くぶつける。

「イイヨ。そういう素直な朱兎……俺は好きダヨ」
「……堕としてくれた責任、ちゃんと取れよ」
「当然。朱兎の人生の最後マデ、きっちり責任取るヨ」

 冗談のように言っているように聞こえるが、鼬瓏の目が本気だった。

(選択肢間違えたかもしれねぇな)

 そう思ったところでもう遅いのは理解している。しかし、再び塞がれた唇のせいでそんなことを考える余裕さえなくなってしまった。
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