中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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「おかえり、朱兎。待ってたヨー」
「うわっ! ちょっ、危ねぇって!」
 
些か予想外の出来事があったりしたが、それでもいつも通りの授業とバイトを終え帰宅した朱兎を待っていたのは、まさかの熱い抱擁。その相手は鼬瓏で、日常から非日常へと一気に引き戻された気がしてしまった。
 ドアを開け一歩踏み入れた途端の抱擁など予想もしていなかった朱兎は、危うく外に向かって倒れるところだったのを寸前で耐える。

「鼬瓏……本当だったんだー……麗の言うこと間違ってなかった」

 その様子を後ろから見ていた紫釉が、まるで信じられないものを見たと言った表情を浮かべていた。

「紫釉……見てないで助けてくれ」
「え、やだよ。機嫌の良い鼬瓏の邪魔するなんて」

 呆気なく見捨てられた朱兎は、そのまま鼬瓏の重さを支えきれずに尻餅をつく。コンクリートのひんやりとした質感がズボン越しに侵食してくることと、尻餅をついたことでひりつく臀部が温度差で忙しい。

「おもっ……」
「朱兎への愛の重さだから受け止めてね」
「え、重っ」

 嘘なのか本当なのかわからない鼬瓏の言葉に若干の戸惑いを覚えながら、朱兎は鼬瓏から差し伸べられた手を取り立ち上がる。
 そもそもが出会って数日だ。愛の重さなど知る由もない。鼬瓏という男のことすら、まだ知らないことだらけだと言うのに。

「ほら、疲れてるでしょ。早く中に入りなヨ」
「おう……って、オレん家なんだけどな」

 我が物顔で朱兎の部屋へ入っていく鼬瓏。彼のことに関して現時点でわかるのは、自由だということだろうか。
 紫釉はこれから別の仕事があると、この場を去っていった。

「な、んだこれ!」

 狭いワンルームに所狭しと置かれた紙袋や箱たちに、思わず目を剥いてしまう。

「プレゼントだヨ」

 にこにこと笑顔を浮かべながら悪びれもなくそう告げた鼬瓏に、朱兎は軽く頭痛を覚えた。
 流行りやブランドに疎い朱兎ですら名前を聞いたことのある高級ブランドたち。そのロゴが書かれている荷物の山に、頭を抱えてしまいたくなる。

「朱兎の衣装棚、中身少なすぎるヨ……」
「服なんて最小限あれば生きていけるだろ」
「俺が朱兎を着飾りたいから……受け取ってね」

 そう言われてしまえば断ることはできなかった。そう、朱兎は鼬瓏のものなのだ。鼬瓏からすれば、きっと所有する着せ替え人形に新しい服を買っただけ。ただ、その服の値段は庶民からすれば目玉が飛び出そうな金額だと推測できるが。

「因みに拒否権は」
「今のところないかな」

 予想通りの答えが返ってきたことで、朱兎はガクリと肩を落とした。
 そもそもだ。なぜこんなにも鼬瓏は朱兎に大金を注ぎ込むのかがわからない。
 出会ったのはつい最近。したことといえば、路地裏で倒れていた鼬瓏を家に連れ帰り怪我の手当をしただけだ。たったそれだけのことで、なぜ億単位の金が動くのか理解に苦しむ。

「なぁ、鼬瓏」
「ん? なに?」

 一度気にしてしまえば気になるもので、それを有耶無耶なまま放置するなどできない性分の朱兎は、鼬瓏へと疑問を投げつけた。

「どうしてあのとき、オレを買ったんだよ」
「朱兎だから買ったんだヨ」
「冗談は……」
「俺は冗談で人を買う趣味はないヨ」

 そう言った鼬瓏の表情は真剣で、出会ってから初めて見る表情だった。だが、それも一瞬のことで、鼬瓏の表情はまた笑顔に戻っていた。

「前にも言ったでしょ? 俺は朱兎のことが気に入ったって」

 確かに、そんなことを言われた記憶がある。それにしたって、あのときどこに気に入られる要素があったのかはわからないままだが。

「気に入ったものは手元に置いて大事にしたい性分なんだ」

 スッと腰を抱き寄せられ、耳元でそう囁かれる。そういったことに耐性のない朱兎は、それだけで顔が赤らんでしまう。

「だから、大人しく俺に甘やかされてね」
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