中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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「じゃあ、出会いは?」
「バイト帰りの裏路地」
「お付き合いの切っ掛けは~?」
「……それは、ちょっと言えない」
「言えないですって、紫釉さん」
「きっとやらしいことですね~、桜井サン」

 やらしいもなにもない。そもそもお付き合いなどしていないのだから。それを知っているはずの紫釉は完全に悪ノリだ。あとで絶対に文句を言ってやろうと、朱兎は密かに心の中で握り拳を作って誓う。

「……なあ、昼休み終わるって」
「俺、午後のコマないから気にしないで続けて?」
「お前にはなくても、オレにはあるんだよな!」
「ん~、じゃあ……あと1個! 彼女のどこが好き?」

 最後にとんでもない質問が飛んできて、朱兎は食べていた米を吹き出しかけた。

「あ、それ俺も気になる~。どこが好きなの?」
「紫釉、アンタ絶対それ言うんだろ」
「そりゃあ、勿論!」

 この会話が鼬瓏の耳に入れば、確実に面倒なことになることは明白だ。例え、どう返事を返しても。

「なになに? 紫釉さん桃瀬の恋人とお知り合い?」
「そうそう、お知り合いなんだよ~」

 彼女じゃないと言ってしまえばいいのだが、そうするとこの指輪の説明が難しい。桜井は完全に朱兎に彼女ができたと思い込んでいるし、紫釉はこの状況を面白おかしく鼬瓏に伝える気満々でいる。

(なんだこの地獄)

 こんなに騒がしくしていても、周りは気にもしていないことだけが唯一の救いである。昼時に賑わっている食堂様々だった。

「で? どうなのよ、桃瀬」
「……とこ」
「え?」
「ちゃんと仕事してるとこ」
「アヤト、もうちょっとなんかなかったの」

 と言いながらも呆れ顔で笑っている紫釉。これでも精一杯絞り出した答えなのだ。これを果たしてどう鼬瓏に伝えるのか、気になるところではある。どうか余計に話を盛らないでいて欲しいと願うのは、きっと神様には届いてくれないのだろう。

「ってことは、彼女キャリアウーマン? じゃあ、その指輪は桃瀬があげたんじゃなくて彼女からか」
「キミ、推理能力あるね~」

 勉強だけができる男ではないようだった。そんな能力を、こんなくだらないところで発揮はして欲しくなかったのが朱兎の本音ではあるが。

「その指輪、すっげえ有名なブランドのだろ? 元カノがそういうの好きでさ、雑誌で見たことあるんだわ」

 桜井がそう言うのなら、恐らくそうなのだろう。ブランドに疎い朱兎には全くわからないが、紫釉の方を見れば否定もせずニコニコとしているので間違いない。

(いやいや、なに? あのオークション会場から俺ん家帰って、俺が目を覚ますまでにこれ用意したってこと?)

 またしても、真面目に考えたら頭が痛くなる事実を知ってしまい、頭どころか胃痛までしてきそうな勢いだ。それを誤魔化すように、朱兎は残っていたヒレカツとご飯を一気にかき込んだ。

「すげぇなぁ、桃瀬。お前逆玉じゃん」
「……全く嬉しくはねぇんだけどな」
「贅沢か」

 事情を知らないからそんなことが言えるのだが、如何せんそれを桜井に教えることができない。それがなんとも言えず朱兎を悶々とさせた。

「俺も次は年上の彼女作ろう」
「ばっか、お前少しは懲りろ」

 振られたことをいつまでも引き摺って落ち込むよりは良い。この切り替えの早さは桜井の一種の才能なのだろう……見習うべきかは、悩ましいところではある。
 しかし年上の彼女なんて作ればどうなるのか、歴代の桜井の彼女たちを思い返してみてもロクなことになりはしないはずだ。

「もういいな? オレは行くからな」
「はーい。色々とご馳走さま~」
「じゃあ、俺はアヤトと行くね~。バイバイ」
「じゃあね、紫釉さん」

 休むべき時間のはずが、精神疲労でへとへとだった。その疲労は午後の講義にしっかりと響き、内容が全く入ってこず困却してしまう。
 着いて行くと言っていた紫釉は、講堂内に姿は見当たらなかった。きっと鼬瓏に先程の会話を報告しに行ったに違いない。今日家に帰ったあとも精神疲労が蓄積されるのかと……それを考えただけで更に疲労が上乗せされた気がした。
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