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本編

新しい奉職先 1

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社務所の中に通され、授与所じゅよしょの窓口の続きの間にあるこたつに案内された。

「寒いですから、こたつに入ってくださいね」

神主に言われるままにこたつに入り、出してもらった温かいお茶を一口飲んで、ほっと一息つく。

「まだ名乗っていませんでしたね。
 この神社の宮司をしております、佐々木と申します」
「あっ、僕こそ名乗りもせずにすみません。
 神職の中芝です。
 とはいえ、昨日勤めていた神社を退職になってしまったのですが……」

そうして僕は、佐々木宮司にうながされるまま、僕の身に起こったことを話し始めた。
最初のうちは詳しい話をするのは神社の恥になるからと思って、「宮司と行き違いがあって」などと言葉を濁していたのだが、佐々木宮司はすごく聞き上手で、気付くとセクハラの濡れ衣を着せられたことから、次の奉職先が見つかるか、見つかってもまたトラブルにならないか不安なこと、年上の女性がトラウマになりそうなこと、さらにはばあちゃんが夢枕に立ったことまで、何もかも洗いざらい全部話してしまった。

「それは大変でしたね」

すべてを聞いた佐々木宮司の口から出たその一言に、僕はなぜか涙が出そうになる。

「いいでしょう。
 これも何かのご縁です。
 もし中芝さんさえよろしければ、本当にこの神社に奉職しませんか?
 こちらには私の他にはバイトの男の子が1人いるだけで女性の職員はおりませんから、その点でも中芝さんには安心できるでしょうし」
「い、いえ、そこまでしていただくわけには……!
 こうしてお話を聞いていただいただけで充分ですので」

慌てて佐々木宮司の申し出を辞退しつつ、つい視線が授与所の窓口の方へ動いてしまう。
僕はかなり長い時間宮司と話していたが、その間、参拝者が行き来する気配はあったが、御守り御朱印御祈祷を求めて窓口に来た人は1人もいなかった。
いくら大安ではない平日の昼間だとはいえ、この様子だと神社の収入はそれほど多くはないだろう。
普通に考えて、僕という新しい職員を雇うほどの余裕はないはずだ。
ばあちゃんの夢のこともあるし、佐々木宮司の人柄も良さそうなので、この神社でご奉仕させてもらえれば嬉しいけれども、だからといって神社や佐々木宮司に迷惑をかけるわけにはいかない。

佐々木宮司は僕の視線の意味に気付いたのだろう。
苦笑しながら、こう言った。

「大丈夫ですよ。
 こう見えても権禰宜ごんねぎ1人雇うくらいのお賽銭はありますから」
「す、すみません、失礼なことを考えてしまって……」
「いえ、お気になさらず。
 まあ、お金のことは本当に問題ないのですが、中芝さんが気に病まれるようでしたら、他の奉職先が見つかるまでのつなぎでも、他の神社との掛け持ちでも構いませんよ。
 とにかく、詳しい勤務形態は落ち着いてから決めることにして、しばらくの間は試用期間ということで働いてみませんか?」
「あ、はい、ありがとうございます。
 そうしていただけるならありがたいです」

佐々木宮司の言葉に、それならとにかく働かせてもらって、やはり無理そうなら改めて辞退すればいいかと思い、僕はうなずいた。

「それでは、いつから来られますか?」
「僕の方はいつからでも構いません」
「それでは、さっそく明日からお願いしましょうか。
 そうですね、明日朝10時に、一応履歴書を持って来てください」
「はい、わかりました。
 あとすみませんが、この近くにウィークリーマンションか安いホテルはないでしょうか?
 今住んでいるのが寮なので、そちらも早く出なければいけないので」
「そういうことでしたら、とりあえずは私の家に泊まってもらってもいいですよ。
 神社の敷地内ですし、部屋も余っていますから」

さすがにそこまでしてもらうのは、と僕は遠慮しようとしたが、その気配を察知したらしい佐々木宮司が先に「正式採用が決まったら不動産屋を紹介しますから、試用期間の間だけでも」と言ってくれたので、ありがたく甘えさせてもらうことにする。

「あ、履歴書は明日持って来ますけど、とりあえず連絡先だけでもお渡ししておきますね」
「ああ、そうですね。
 それでは私も」

僕が財布から出した名刺に携帯の番号を書いていると、宮司も窓口の方から名刺を持って来てくれた。
差し出された名刺には「稲荷神社宮司 佐々木 倫通のりみち」と書いてある。

「それとこれをお持ちください」
「厄除け守り……」

佐々木宮司が僕にくれたのは、青紫色の厄除け守りだった。

「今の中芝さんには必要でしょう?」
「たしかに、その通りです。
 ありがとうございます」

厄除け守りというか、あるのなら女難除けの御守りが必要なくらいの災難にあったばかりなのは確かなので、僕は御守りを受け取って大事にしまった。

「それでは、明日からよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」

佐々木宮司に見送られ、僕は宮司と御社殿に深々と頭を下げてから、稲荷神社をあとにした。

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