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第一章
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しおりを挟むアンに内緒で出掛けたダンスパーティ会場へ遠くから聞こえる音楽を辿って足を進めるも、普段から歩きなれていないせいで、すぐに疲れてしまう。遠くまで歩いたつもりだったのに、後ろを振り返ったら家が見える距離にあって、たいして歩いていない事を知った。ダンスパーティへ行くことに心が折れ始めてしまう。
お母様が残してくれたジャスミンの花の中で仰向けに倒れて、月を見上げた。月に向かって右手を上げる。
『おかあさま……』
広げた指の間から月が見えた。あの月が落ちてきて、お母様が目の前に現れたら良いのに。
遠くから聞こえる音楽をBGMにして私はゆっくりと瞼を閉じた。お母様に夢で会うために……。
瞼を閉じて、じっとしていると頬に風を感じた。それに鼻の下が擽ったい。パッ、と目を開けると、月夜の空に放たれた眩い光──太陽が昇ったんだ、って思った。上半身を起こすと、太陽は遠退いて行って、それは自分の勘違いだと知る。
太陽だと思った眩さは、金色の瞳だった。頭から足元まで黒い中に浮かぶ二つの光──ワンちゃんにそっくり。
『俺の頭は大丈夫だ』
と声を聞いた時も、ワンちゃんよりも声は低かったけど、心地良い声だと思った。私の知る世界では、アンのお父様とお兄様達しか男性は居なかった。彼らに比べて目の前にいるワンちゃんは若干声が高かったように感じる。彼らよりもワンちゃんは若かったし、目と鼻がはっきりとした顔だった。益々、ワンちゃんに見えてしかたない。無表情と思いきや、口をポカンと開けて間抜けな顔をしたり、私が泣くと耳を垂らして困ったように慰めてくれるところ、ニコッと口を開けて笑う、笑顔が可愛いところ──……そっくり。
リンゴみたいに真っ赤になった顔が、幼く見えて余計に可愛く思えた。私よりも、大きな身体なのに。
(ワンちゃんにそっくりだから、そうおもうのね)
花冠を作って、ワンちゃんへ贈る為に、折角咲いていた最後のジャスミンを全部摘んでしまった。
花冠を頭に飾ると、喜んでくれた。はにかんだ笑顔を見て、本当に可愛く笑うな、って思った。
『好きな花は?』
『好きな食べ物は?』
『嫌いな食べ物は?』
『好きな色は?』
そう訊ねてきた時の声音は、早口なのに、私が答えると口元が綻ぶの。
笑顔が可愛くて、身体も大きくて……どこをとっても、私のワンちゃんだった。
お月様にいるお母様へダンスを踊って見せてあげたかった、と言った私に
『だったら、ここで踊って見せたらいいさ』
『会場で踊ったら、屋根に隠れてお月様は見えないだろ? だったらここで踊れば、お月様の真下だから見える』
『君と踊って見せてあげたいんだ』
そう言ってくれた時、純粋に嬉しかった。
自分の胸に広がる温かさは、明らかに好きな食べ物を語り合った時のモノとは変わっていた。じんわりと胸に広がるそれは、大好きだったお母様と過ごしていた日々に似ていたけれど、何か違ったように思う。
ゆっくりとした穏やかな口調で、私を見上げる金色は舐めると甘そうで、骨が溶けるような感覚だった。
『私を見つめる眼差しが大好きな母親と似ていたから』
『穏やかな笑みが大好きな母親と似ていたから』
二度と会えないって、見る事は叶わない、って思っていたのに近くにあるから──……。
手を伸ばせば、届く距離に形として、そこに存在する。
『俺と踊って下さいませんか? お姫様』
黒い彼の大きな手に自分の手を重ねた時、私は陽だまりの中に居るような安心感に包まれた。
黒い彼はさっき言葉にしたように、本当に踊るのが苦手でステップを踏めないんだ、って笑っていた。私もステップが踏めずにお互いの足が絡んだり、別の方向へ進んだり……機械のような動きになったけど、二人で顔を見合わせて涙が出ちゃうほど大笑いをした。
あんなに笑ったのは、初めてって思ったくらい──実際、私が帝国で声を出して笑った最後の日になってしまったけれど……。
母親と可愛がっていた仔犬がある日突然姿を消して、毎日寂しい日々を過ごしていた中で、唯一寂しさを忘れられた。
この後、私に姉が三人居と同じ歳の妹、義理の母親が四人居る事を知った。それから──父親とも対面する。母親が語っていた父親像と掛け離れていたせいで私の父親像は音を立てて崩れていく。そして私が過ごしていた空間は普通じゃなかった事を知った。
──オリヴィアは過去の思い出から浮上した。
あの庭で過ごした綺麗な思い出を思い出していた筈なのに、暗い記憶を思い出してしまいオリヴィアの表情は曇った。
腕を上げて服越しに背中へ触れる。オリヴィアは首と背中が見えるドレスは纏わなかった。服の下に醜く、見るに堪えない傷があるから──。姉妹達は私を抓ったり叩いたり暴力を振るい……罵倒したりした。それを知ったアンは激昂し、義姉妹達へ会い行こうとしていたけど、それを止めたのは私だ。
『白髪を助けたら、父上に進言するわ! あんたの任を下ろさせろ、って!』
高々にそう叫んで、お母様から「キレイね」と褒められた髪の毛を掴まれ、肩まで伸びた髪を鋏で乱雑に切り刻まれた。ある時は、火で髪を炙られた事もある。特に同じ歳だった第四側室の妹の仕打ちは酷かった。
それでも、アンは私を助けようとしたけど私が泣いて縋ったの。「止めなくて良い」って。アンにまで居なくなられたら、私は本当に一人になっちゃうから。
「考えるのは、やめ、よう……」
キリがない。つい悪い方へ思考がいってしまうのは悪い癖だ。
オリヴィアは頭を横に振りながら、フーッと長い息を吐いた。
──帝国で最後に大笑いしたあの日の晩を……オリヴィアは覚えていた。あの庭で十七歳だったイアンと出会い、月光の下でダンスを踊った事を、彼女の中で一番の思い出として。
その思い出をオリヴィアは結婚記念日の日に、イアンに語るつもりだ。
彼の事だから、きっと黙って聞いてくれる筈だわ……。
あの思い出は帝国で辛い目に遭い続けたせいで埋もれてしまっていたけど、帝国の追手から貴方に助けてもらった時、イアンの目を見て、埋もれていた記憶が一気に溢れてきたって。
『初めて同士、一緒に踊らないか?』
『俺と踊って下さいませんか? お姫様』
右手を差し出して、私を見上げる金色の瞳に吸い込まれそうだった。
あの時の貴方の笑顔はキッカケで、貴方の微笑みで落ちた。
──イアンに明かし……私は彼に告白をする。
『貴方は初恋の人でした』
ずっと、貴方に隠していた私の秘密。それを結婚記念日の日に打ち明けて──最近自覚した想いも一緒に伝えるつもりだ。
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