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第一章

私の居場所 ②

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「デリーズ、バンジャイ、ターニャに、ジュレック、ミュール、エレン、キャサリン、ジェス、スレッド、アルファードに……」

 グウィン家の使用人の名前を指を折りながらオリヴィアはスラスラと読み上げていく。

「あと、アンもね。みんな、私のおうちの使用人たちよ」
 
 オリヴィアはきょとん、としてイアンの名前を呼ぶ。俯いたまま動かない彼を見て、また、怒らせちゃったかな、と不安が過った。

「イア──」
「君は──ここを自分のうちだって思ってくれているんだな」
「あ――」

 と、言葉を発したオリヴィアは口前に手を当てた。自然と口から出た言葉だから、気にも留めなかった。

 帝国での生活は窮屈で自分の居場所がなかった。お母様と過ごしていた小屋は、一人になってからというもの、気が休める場所ではなくなって、寝ている時でも、いつ姉や妹がやって来るんじゃないかって、怯えて夜も眠れなかった。
 スェミスへ逃げてきても、私はここに居て良いのかばかり考えていた。眠っても、悪夢を見てすぐ目が覚めてしまう。眠れない夜が続いていた。
 それが、いつしか悪夢を見なくなった――……。

「私、今……とってもよく眠れてるわ」

 イアンが私を抱きしめて眠ってくれるから。
 それから、グウィン公爵家の使用人たちが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、過ごしやすいようにしてくれるから。

 ――私、ここを自分のお家って思えてる……。

 いつからかしら――そうよ。
 イアンが使用人を紹介してくれた時。ターニャの笑顔を見た時――温かい人たちって思えたのは……あの時からすでに私はここを自分のおうちだって認識してたんだわ――……。

「わたし、みんなのこと、大好きよ」

 自分の想いが言葉としてこぼれ落ちた。
 もうすぐ四年目を迎える時にやっと、イアンとは違う『大好き』っていう感情にオリヴィアは遅れて気付いた。
 オリヴィアはカップをワゴンに置いて、顔の前で自由になった両手を合わせる。
 
(私は帰る家ができたんだわ──……)

 ゆっくり瞼を閉じて、その感情を噛み締めた。
 昔は、自分の居場所がないってずっと思っていたのに、そんな事を思わなくなったことに今気付くなんて、すっごく居心地が良いからだわ──。
 この想いを使用人達へ伝えよう、とオリヴィアは思った。オリヴィアは、良い考えだと口元を綻ばせる。これも結婚記念日の朝に伝えましょう、みんな私たちの結婚記念日の準備で数日前から動いてくれているもの。その感謝と一緒に「みんなのことが好き」って伝えるの──……。
 その時、視線を感じてオリヴィアは目を開いた。
 隣りに座るイアンを見やると、さっきまで俯いていたイアンがオリヴィアを真っ直ぐに見つめていた。口元に笑みを浮かべているのに、目に涙を溜めていてオリヴィアは驚いてしまった。

「ど、どうしたの!?」

 慌ててイアンの頬を両手で挟む。グイっと顔を近付けて、真正面にイアンの顔をオリヴィアは見た。潤んだ金色こんじきの瞳が自分の顔に近付いてくる──オリヴィアはイアンに力強くかき抱かれた。
 イアンに引き寄せられて、オリヴィアは驚いたものの──心は落ち着いていた。
 イアンにぎゅうっと抱き締められるのは、就寝の時以外初めてだ。自分の肌に極力触れてこなかった人が、こうして自ら抱き締めてきたのだ。

(いつもは背後から抱き締められているから、知らなかったけど──前からのハグの方が包み込まれてる感じが大きいわ)
 それに、胸元に顔が埋まる感じ好き……かもしれない。

 イアンの匂いと彼の胸に頬が当たって感じる体温と聞こえる鼓動の音、広い胸──自分のものと明らかに違う身体の作りは、恐怖は一切感じず、逆に居心地が良く、不快感はない。
 オリヴィアはベッドに投げ出していた両手をゆっくりと上げて、イアンの広い背中におずおずと置く。それから、彼の胸に、頬を擦り寄った。
 ギュッと力強く握り締められ、若干苦しさを感じるものの、息が出来ない訳ではない。それに、妙にイアンの腕の中は落ち着く事が出来て離れがたいと思ったのもあって、オリヴィアはイアンに抱き締められたまま、彼が喋り出すのを待った。
 すると、イアンがポツポツと言葉を発した。

「オリヴィアはみんなの事好きかい?」
「もちろん。大好きよ」

(イアンもね大好きよ)

 声に出ようとしたが、オリヴィアは既のところで堪えた。

(この言葉は結婚記念日まで取っておくの)
 
「そうか──全部、君のだ」
「えぇ」
「人も花も、お金も」
「えぇ。全部わたしのね」

 だって私はグゥイン公爵家の奥様だもん。
 イアンの妻だから、二人の財産ね。

「この屋敷全部、君にあげるよ」
「もう、私の家だわ」

「何言ってるの」フフっとオリヴィアは微笑んだ。
 帰る家なんだから、私の家だわ。

「オリヴィアが幸せなら、俺はそれだけで良いんだ」
「私、とても幸せよ」
「そうか──そうか……」

「すごく、嬉しいよ」と絞り出すような声で呟いたイアンをオリヴィアは気に留めなかった。
 こうして私を抱き締めているから、声がくぐもって聞こえるのだろう、と思っていたのだ。しかし、次のイアンの発言でオリヴィアはイアンの腕の中で見る見る目を大きく見張る事になった。

「──俺達、離婚しよう」
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