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第一章
初夜①
しおりを挟む「クソっ」
イアンは口の中で悪態を吐いて舌打ちをする。それから枕を床に投げ捨てて、肉食獣のように唸り声を上げ、一歩オリヴィアへ踏み出した。
イアンから片手で腰を引き寄せられて、彼の顔が近付く。言葉を発しようと唇を開いたら、黒髪の金色の瞳をした獣に唇を喰われた。
ぶつけられるような口付は荒々しく、多少乱暴だった。イアンは上唇と下唇を交互に食んでくる。それから舌で唇をベロりと舐められ、自分よりも大きな口にそのまま頭から食べられてしまうのでは、とオリヴィアは少しだけ怖くなった。
イアンから片手だけで抱き締められて身体が密着しているせいで硬いものが腹──ちょうど子宮の上に当たる。それを服越しに感じて怖くなるも……自分を抱き締める腕は優しく、頬にを撫でるイアンの手付きは優しくて、恐怖が半減した。
それから、薄いと思っていたイアンの唇は、自分が思う以上に柔らかい気がする──息絶え絶えにオリヴィアはそんな感想を抱いた。
「んっ、んはっ、んんっ」
呼吸が苦しくなってオリヴィアは息を吸い込む為に口を開けたら、イアンは顔の角度を変えた。勢いが良かったせいか歯がガチっと当たり痛みが生じた。イアンの口から呻き声が漏れたが、口付が止む事はなかった。ただ、舌が労るように歯列をゆっくりと舐める。それから隙間を割って入り分厚い舌で歯の裏をなぞり、彼女の咥内をいっぱいにした。それは中を探るような動きで口内を蹂躙する。歯の裏、上顎、下顎をくるりと蠢いていた舌は、オリヴィアの薄い小さな舌を見つけて、彼女の舌を絡め取った。
反射的に舌を引っ込めてしまうが、イアンの舌はまるで逃がさないというように、すぐにオリヴィアの舌を捕らえては舌を絡め、吸ってくる。
水滴を交えた淫靡な音が耳に入り、口の端に流れる水滴がこの音は二人の唾液の音だとオリヴィアは気が付いた。もう、どちらの唾液か分からないものが口の端を流れている。オリヴィアの口の中に溜まった二人の混ざった唾液をイアンから吸われて、ゴクゴクという飲み込む音とぴちゃぴちゃと淫らな音が響いた。
「ふっ、んっ、ふぁっ、んぁっ」
イアンの骨ばった指が耳の輪郭を確かめるように撫でられてゾワゾワと背中が粟立つ。イアンから支えられているものの、キスを受ける為に背伸びしていて足がガクガクと震えていて立っていられるのがやっとだ。それに、イアンとのキスでずっと上を向いているから首も痛むし、顎が疲れてきた。
舌がヌルリと抜けて唇が解放され、呼吸が楽になる。肩で息をしていると、腰に回された腕が彼女の尻を持ち上げて、そのまま背中からベッドに投げられる。
乱暴に投げられる事はなく、イアンはオリヴィアの後頭部と腰を支えてベッドに仰向けに押し倒した為、彼女に痛みは生じなかった。
ギシッと軋む音が部屋の中に響く。
「イアン……」
オリヴィアは肩膝だけベッドに乗り、身を乗り出している男の名前を呼んだ。
不安気に名前を呼んでしまった為か、顔面のイアンは申し訳なさそうな……母親に怒られた子供のような表情になる。
「すまない、オリヴィア……」
「オリヴィアの前では紳士で」と心掛けていたイアンだったが、自ら理性を捨てる事を選んでオリヴィアの唇を奪った。初めてのキスの感触はオリヴィアの唇は想像以上に柔らかく、耽美な味わいで理性を壊す理由に充分値する代物だった。ただ、頭の片隅にまだ捨てきれていない理性が残っていて、イアンの唇を受けるオリヴィアの脚が背伸びをして「大変そうだ」「可哀想に」と耳元に囁いてきた。そうしてオリヴィアをキスから解放してベッドへ仰向けに置いた。その時は理性は塵程度残っていても、彼女を解放する気はなかったのだが……口付をさっきまで受けていたオリヴィアが涙目で、呼吸が荒く息苦しそうだった。そんな目に遭わせたのは、自分自身で、経験がないせいで怖い思いをさせてしまったかもしれない──そう思った瞬間、冷静さが戻って、謝罪を呟いた。
オリヴィアの涙は、ただ生理的な涙であってイアンとのキスが嫌で泣いたというよりも、彼とのキスで感情が高ぶって出た涙だった。ただ、オリヴィアと──というより他人とキスを交わした事がないイアンが知る由もないものである。
「謝らないで。嫌じゃなかったから……キス……」
まだイアンの唇の感触が残る自分の下唇に触れ、オリヴィアはカァッと頬を染めた。
そう……嫌じゃなかった。息苦しさや背伸びをして脚や首は痛い、って感情はあったけど、彼ととこのままで居たいと思える程、悪い感情なんて一切湧かなかったのだ。
「え、あ、う」
言葉を探しているのか、口をパクパクさせながら目を右往左往させて慌てているイアンを見てオリヴィアはクスッと小さく笑った。
「もう、してくれないの……?」
「何を……?」
そう訊ねたイアンの顔をオリヴィアはじっと見る。言われた言葉の意味を分かっているのかいないのか──すっとぼけて言ってはいないかと思ったが、本当に分からないようでポカンとしていた。
「キスと、その……つ、つ」
最後まで言わせるのか、とイアンを睨むも──やっぱり怒られ中の子供……アンにしょっちゅう叱られていた私の黒い飼い犬に見えてしまって、怒りよりも愛しさが勝ってしまった。
「キスと、その続き……よ! つ、つづき、ってその、ギュッて私を抱き締めて、その、あの」
(彼は言わなきゃ伝わらないタイプなのね)
曖昧な言葉は伝わらない。
そう思ってキスだけじゃなく、その後の行為を許す、と言おうとしても直接的な言葉を言える訳がなかった。
「わ、たしに言わせないで」
熱くなった顔を覆って視界からイアンを遮断する。そう暫くしていると、ベッドがグンと沈む感じがしたかと思うと、腰と後頭部が宙に浮いた。
大きな掌が後頭部と腰を持ち上げ上からギュッと抱き締められている。自分より遥かに大きな体躯と熱い体温はひどく心地良かった。
耳朶に唇を押し当てられて、息が当たる。それが擽ったさだけではなく、腰に伝わってゾクゾクした。
「良いのか?」
そう訊ねられる。
ここまで言って「やっぱりダメ」と言ったら、彼はどんな顔をするかしら──という悪戯心がムクムク沸いてきた……けれども、イアンのその問いに余裕が感じられなくてオリヴィアはその悪戯心を消し去った。
イアンの問いに応えるようにオリヴィアはイアンの背中を抱き締める指に力を入れる。言葉にしなきゃイアンには伝わらないかも……と頭を過るも自分から「セックスして」「抱いて」とは言えなかった。「抱き締めて」とは言えたけど、あれはイアンを愛しくて堪らないって感情に気付いて、それなのに部屋を出て行こうとする彼を呼び止める為のもので……決して誘ったわけじゃない……多分。
「愛してる」
「……ん」
(わたしも)
言葉に出さないのは、記念日の朝に絶対に伝えるという確固たる意志があるからだ。
返事の代わりにオリヴィアは自分の身体を抱き締めているイアンの首筋に擦り寄った。
「ヴィー」
耳元で愛称を囁かれ──ヌルリとした湿った何かが耳の孔に侵入してきてオリヴィアは声を上げた。
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