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第一章
幕間1-③
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「あ、あの」
緊張して声が掠れてしまう。そんな声でも気付いてくれたようで、振り向いて私に優しく微笑んでくれた。たったそれだけで、心臓がドクドク煩くてかなわない。
声をかけたものの、何を喋って良いか分からず、彼の前で私は彫刻のように動けなかった。
(ど、どうしましょう……)
お姉様がわざわざ彼をこの場所に留めてくれたのに。
『私とサラの区別がついたようよ。彼は、貴女を助けた日のことをちゃんと覚えているようね』
と小声で耳元に囁いて教えてくれた。それを聞いて、二年前の事を覚えてくれているんだと思って飛び上がる程嬉しかったけど、本人を前にすると声を発せない。
こんな自分が情けないと思って、スカートを握り締めた。
「レディ、お怪我は大丈夫でしたか?」
スカートを握り締めたまま顔を上げると、彼は緊張した心が解れるような優しい笑みを浮かべていた。
「あ、あれから医者にちゃんと見せたんです。そうしたら骨は折れていなかったけど、熱をもっていて」
「強く掴まれたからでしょうね」
まるで、自分のように痛そうに表情を歪めた彼を見てドキッとした。微笑んだ表情以外でもときめいてしまうなんて、私どうかしているわ……。
「は、はい。捻挫を起こしてしまっていて、でも安静にしていたらすぐに治りました」
「良かった。レディのことをずっと心配していたんです」
と安堵する彼の、なんと朗らかなことか──……。
「あれから、占いにはいかれたんですか?」
「えっ? 占いですか? 結局は行きませんでした」
「怖い思いをされましたからね」
私は曖昧に笑って頷いた。
魔女の恋占いへ行かなかった理由は、あの時恋を知ったから。
その恋の行く末を占いに行かなかった理由は、初恋が実るか訊くのが怖かったから、だ。
(初恋は実らない、っていうジンクスあるから……)
「どうされました?」
不安そうにしていたからか、心配そうに顔を覗かれた。つい後退って距離を取ってしまう。
そのせいで脚がもつれて、視界が揺れた。
(あっ……転んじゃう)
そう思った瞬間に、グイっと腰を抱き寄せられてる。彼が転ばないように引き寄せてくれたようだ。男性にしては細いように見えたけど、腰を支える腕は女性の柔らかさはなく力強くて、私の胸に当たる彼の胸板は厚く、筋肉が付いている。顔が近く、琥珀色を縁取る銀色の睫毛は、多分私より長い。吐息が当たる距離──ボフっと顔面が熱くなった。
二人して慌てて距離を取る。
「すみません! 女性の身体を勝手に触るなど」
「い、いえ! そそっかしい、私が、わ、悪いんです!!」
真っ赤になっている自分を見せたくなくて、私は顔を伏せた。
「あ、あ、あの、これお姉様……王太子妃のドレスなんです。だから、着慣れていなくて」
「王太子妃よりお似合いです」
「お、にあい……?」
「……不敬罪にあたりますね」
「で、ですわね」
彼女の結婚式で、彼女よりなんて褒めてはならない。なんせ主役だ。チラッと顔を上げると彼は口元を手で覆い隠し、自らの発言を悔やんでいる様子だった。私を褒めたと勘違いしそうになっていた私は頭を左右に振った。
お世辞を言ったものの、突発的だったから考えずに言ったんだわ……私を褒めたのではなく、お姉様と同じ顔だから私を褒めた、ってことにしよう。そうすれば、不敬罪にあたらないかも……。
「私は王太子妃と同じ顔ですもの、そう言いたくなる気持ちはわかります。このドレスはお姉様のためだけに作られたドレスですから」
華やかで、会話が上手で、いつもは人の中心にいるヒト。私とこんなにも違うのだと付け加えて説明した。
「そういう意味では──」
彼の言葉が聞き取れなくて、首を傾げると彼は小さく首を横に振った。
二人の会話が止まった。
宮廷音楽の楽器が奏でられ、楽しそうな会話が私達の周りで繰り広げられいる。でも、二人を囲む空気は無だった。ここで会話を切り上げるのは……って言ってもろくな会話をしていないけど……せっかく再会できたのだから、ここでサヨナラはまだしたくない。だからと言って会話をどう繋げるか分からないし、話題が思い浮かばない。
男性と会話する機会に恵まれてこなかった私は、なんて言葉を発したら良いか分からなくて、視線を右往左往させた。これでは挙動不審だ。視線だけウロウロしていたら、お姉様の生温かい視線とニヤつくお兄様の視線と目が合った。この場にお父様がいない事が救いだ。
右往左往していた視線を彼に向けると、微笑ましいものを見るように私を見つめていた。「ぷぎゃっ」と変な声が出てしまう。そうしたらクスクス笑われた。
「わ、私のことバカにしてます……?」
「可愛らしいと思ってます」
お世辞だ。
お世辞にまで嬉しくなってしまう私は「お冗談がお上手ですね」「みなさんにも言っているんでしょ?」と返してしまう──可愛くない。なんて可愛くないんだ、と自分でも思う。
(ほら、困ったようにしてるわ)
眦を下げた彼の唇がゆっくりと開く──前に、流れる音楽の曲調が変わった。しっとりと奏でられる音楽は舞踏会の終わりを告げていた。
自然と二人して宙を見上げる。これで私たちが会うのは最後なのだと思うと切なくなって私は、見えない筈の音色を憎らしく思って天井を見上げたのだけど……彼はどうなのだろう。やっと気まずい雰囲気から脱出できると思っているのだろうか。穏やかな彼の横顔からはそう言った感情は読み取れない。常に笑みを携える、というのはもしや本心を隠すためでは……という考えが脳裏に浮かんだ。
(わたしは彼の素顔を見れるほどの仲ではないもの)
そうだけど。
彼の微笑みが好きだと思ったのは事実だ。
その笑顔をこれで見納めだというなら、舞踏会が終わる最後まで近くで見ていたい。
「あ、あの!」
彼の顔が私へ向いた。
「一緒にラストダンスを踊ってくださいませんか!?」
バッ、と右手を彼に差し伸べた。私の手と顔を交互に見る彼の様子を見て背中に変な汗をかく。
最後のダンスまでは誰とでも踊れる。そしてラストダンスだけは、自分の相手と踊るのだ。婚約者か恋人同士、相手がいなければ意中の人──特別な人と踊る。きっと、お姉様は王太子と踊り、お兄様はお義姉様と手を取って踊るはずだ。
意中の人、と言っても私と彼は二年振りに顔を合わせただけで会話らしい会話なんてしていない。私にとって意中の人だけど、彼にとったら違う。きっと、このまま別れたら人の記憶に残りにくい私の事なんて、彼は忘れてしまうだろう。でも、私はずっと覚えていたい。人見知りの私にはハードルが高いから、いずれはお父様の決めた人と結婚すると思う。もし、その人が私にとって最愛になれないなら、初恋の人と踊ったラストダンスの思い出を今日残したい。その思い出と生きて行きたい。
「レディ」
「女性からの誘いは断ってはいけないんですよ!」と彼の言葉を私は遮った。
──ウソだ。ラストダンスだけは、断って良い。相手がいる場合、喧嘩の火種になってしまうから……。これが嘘なんて、彼は知っているはずなのに、こんなつまらない嘘をついてしまった自分が情けなくて、鼻の付け根がツンと痛んだ。目の前が潤み出して、泣かないようにグッと奥歯を噛み締めて、瞼を閉じた。嘘まで吐いて、しかも泣いて困らせたくない……既にラストダンスを誘って、困らせてしまっているだろうけど……。
指先に何かが触れた。
ゆっくり瞼を開いて、自分の腕から指先へ視線を辿った。私の掌に置かれた手は、私の手を包み込んでしまうような大きい手だった。指先は四角で厚みがあるのに、爪は綺麗に形が整えられている。骨ばったゴツゴツした手には血管が浮き出ていていた。
ゆっくりと視線を上げると琥珀色の瞳と目が合った。
「俺が誘おうと思ったんですが、先を越されてしまいました」
二年前、私が恋に落ちてしまった笑窪を携えた笑みが目の前にあった。
大広間の中心にはお姉様とお兄様が居た。流石にあの中に入る度胸はなくて、私たちは目立たない隅の方で優美な音楽に沿ってステップを組んだ。
腰に回された片腕が優しくても力強さがある。包み込まれるように私より大きな身体は見た目とは違って本当に男の人なんだ、と思った。
こうやって近くでダンスをしているお陰で、彼と少しは喋れるようになった。
「お姉様のドレスなので、着慣れてなくて足が見えないので……もしかしたら踏んでしまうかも……」
そんなことを心配してしまうと、彼がハハッと楽しそうに笑った。
「レディより先に俺が振んでしまうかもしれません。緊張して」
嘘よ。
(だって、凄く上手だし、さっき踊っていた令嬢とだって慣れたように踊っていたわ)
女性と踊っていたシーンを思い出して、チクりと胸が痛んだ。私はその情景を追い出すように頭を振った。
「そういえば」
気付いた事を私は彼に言った。
「『俺』って仰るんですね」
「え?」
「勝手なイメージで『私』って自分の事を呼ぶのかと思っていました」
朗らかな見た目だから勝手にそう思っていた。
「私も使いますよ。俺は……プライベートで、と言いますか……素ですね」
「素ですか」
素の話し方が出てしまう程、彼は緊張しているらしい。私はその事にハッとしてから「分かります」と同意した。
「緊張されますよね……他国の方もいらっしゃいますし、素が出てしまうのも納得ですね」
「そういうわけでは……」
彼は、何か言いたげなのに、困ったように私から目を逸らした。何か可笑しなことを言ってしまったかしら……。
「大丈夫ですか? 何か私、気に触ってしまうこと言ったのでは……」
「いいえ! そういうことは決してないです。レディは何も言ってません」
「俺の心の問題なんです」とフーと彼は息を吐いた。
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