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予兆

4.

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 私立蘭華院らんかいんは幼稚園から大学までの一貫校であり、政治家や資産家の子女である生徒が多く通学する。電車通学なんぞ経験した事がない、お抱え運転手が運転する高級な自家用車で通学する者が殆どだ。
 高校からは外進生はいるものの、彼らは一般庶民が多く、編入生という新参者は既に構築された中に入るのがなかなか難しい。だからこそ、自然と内進生と外進生とグループに分かれてしまう。内進生達と上手く人間関係を築きたいならば、幼稚園からの出来上がった人間関係に食い込んでいける程のコミュニケーション力と、勉強やスポーツで存在感を示さねばならない。
 そんな蘭華院へ転校生が来るなんて珍しい事だった。しかも3年生という、蘭華院は一貫校だから関係ないがあと数カ月経てば受験シーズンに突入するというそんな時期に。高校受験は難問だが、編入試験となると難易度が更に上がる。
 それを見事に合格して転入してきた3年生は何者なのだろう。
 でも、どんなに水泳で優勝をしていて存在感は示せるかもしれないが馴染む事は難しいだろう。
 外進生は一年生から蘭華院に馴染むのが難しいから三年生からはもっと厳しいだろう。外進生と内進生両方とも人間関係が築きあがっているのだから。





 ──と数分前の俺は思っていたなぁ……。

 名越は顧問の田中に連れられてやってきた転校生を徐に観察した。
 肩まで伸びた緩めの髪、ピアス、眼鏡の奥の目はぱっちりと切れ長……これは所謂イケメン、モテ男、遊んでいる部類の男。
 そんな男の隣の部活の先輩達が並んで談笑をしていた。ふざけて肩を組んだりお互いの肩で突っつき合ったりしてじゃれ合いながら笑っている。確か、あの先輩は内進生で外進生の友人なんて一人もいなかった筈だ。そしてその隣りで二人の輪に入って談笑しているのは高校からの内進生二人だ。この三人が同じ輪で笑い合っている姿を見かけるなんて、水泳部に入って初めての事で連は唖然としたまま、彼らを見た。
 その中心に居るのが、あのチャラ男だ。彼を中心に先輩達が仲良く会話をしている。

「久保田先輩と渡辺先輩、古賀先輩が仲良く談笑してる……槍が降るよ」

 隣りの檜吉の耳元でボソッと囁くも、檜吉から返事はなかった。
 じっと無言のまま、プールサイドで田中と並んで立つ先輩達に視線を送っていた。送っている、というよりも睨み付けている方が正解だが、檜吉の両目が前髪で隠れている為、戸越が気付く事はなかった。

「一年と二年全員、プールサイドへ集合!」
 
 田中がそう叫ぶと更衣室の前で、いつもと様子が違う三年生の先輩達を遠巻きに見ていた一、二年生らがプールサイドへ急いだ。
 滝のように流れる汗をワイシャツの袖で顔を拭きながら一年生と二年生を田中は見回した。ちなみに暑くはなったものの6月で汗を流す程の暑さではなかった。田中が極度の暑がりなのだ。
 彼は水泳部の顧問でありながら、実際は数学の教師だ。水泳が得意だから水泳部の顧問になった訳でもなんでもなく、単純に部活の顧問をしておらず手が空いているのが田中だけだった。体育の教師は野球、ラグビー、サッカーの顧問をしていて水泳部に関しては素人が顧問だ……弱小なのは頷ける。






 
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