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予兆
5.
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「水泳部に入部する三年生を紹介する」
田中がそう言ってから一歩前に出た男を一年生と二年生は物珍しさにジロジロ見た。
名越の後ろにいる女子達がボソリと「カッコいい」と呟く声が聞こえた。
「押田 侑司っていいます」そう言って頭を下げた押田の声は男らしい低音ボイスだ。
またも背後で「イケボじゃん」と囁く声が聞こえた。
「両親の仕事の都合で引っ越してきました。中途半端な時期の入部であと二、三ヵ月の短い期間だけですが、幼い頃から泳ぐのが好きで入部しました。宜しくお願いします」
見た目のチャラさとは裏腹に、押田は丁寧に頭を下げた。
女子は未だに小声で「カッコいい」とコソコソ言い合っている。それに気付いたのか押田が女の子目掛けてウインクをすると、黄色い声が上がった。
「戸越君の事を私たち忘れたわけじゃないからね」
女子のマネージャーにこそっと耳打ちされて、名越は曖昧に笑って返事を返した。
今まで名越がチヤホヤされている側だったが、それが誰かに代わったところで気にしない。決して、ヤキモチを妬いているわけじゃないのに、そんなこと言われたら俺が拗ねているみたいじゃないか。
腑に落ちない勘違いぶりに一人で拗ねていると、名越は押田と目が合った。ニコッと笑いかけられて、顔が少しだけ熱くなった。確かにイケメンで、仕草がいちいちチャラい。
その押田が急に「あ!」と叫んだ。
「どうした?」と全員が押田に訊ねるも、彼はそれに気付いているか否や、一年生と二年生の方にやってくる。丁度名越目掛けて。
俺、何かしちゃった?
真っ直ぐに進んできた押田が手を差し伸べてきて、「握手????」と緊張し戸惑いつつ右手を上げてみる──も、押田の手は名越を横切って彼の斜め後ろに立つ檜吉に伸びていった。
ガッ、と檜吉は突然押田に両手を握られて、大きく目を見開いたがすぐに忌々しそうに眉が上がる。
「やっぱり水泳部だったんだ。俺の事覚えてる?」
「…………」
檜吉は無言のままで近くの生徒が「檜吉」と気を使って彼を突く。それでも檜吉は声を出さなかった。
「二年生だったんだな。学校のどっかでまた会えないかなって思ってさぁ。廊下を歩く度に探してたんだけど、こうしてやっと会えたよ」
「…………」
「二年生って校舎が違うもんな。だから会えなかったんだ」
押田がずっと一人で喋っている。
連は檜吉の表情を探ってみたが、如何せん目が隠れているせいで読み取れなかった。
檜吉がこうして誰かと親しくなるのは稀だ。普段彼は幼馴染やクラスの友人としか絡まない。上級生とも「眼つきが怖いよな」と揶揄われてから、一切自分から近寄らなくなった……というのも一度嫌いと認定したら相手が上級生だろうが媚びる事はせず、嫌いオーラを発して近寄らないのだ。生意気と言えば生意気──過ぎるのだが檜吉と喧嘩したところで上級生は檜吉に敵わない。檜吉は水泳の他にも両親から武道を習わされているから、彼の方が強いのである。
「得意な泳ぎはなに?」
質問されても喋らないのに押田はずっと懲りずに檜吉に喋りかけた。
檜吉よりも一年生と二年生がザワザワして慌て出す。
「檜吉君の得意な泳ぎは背泳ぎです」
何故か檜吉じゃなくてマネージャーの沼津が答えた。
「自己記録は?」
「400メートル4分50秒23秒の4位です」
今度は名越が答えた。
前髪越しに檜吉に睨まれてしまう。髪で隠れてはいるが、オーラを感じて戸越は口を閉じた。このまま喋り続けたら檜吉の機嫌が落ちて行く一方である。
田中がそう言ってから一歩前に出た男を一年生と二年生は物珍しさにジロジロ見た。
名越の後ろにいる女子達がボソリと「カッコいい」と呟く声が聞こえた。
「押田 侑司っていいます」そう言って頭を下げた押田の声は男らしい低音ボイスだ。
またも背後で「イケボじゃん」と囁く声が聞こえた。
「両親の仕事の都合で引っ越してきました。中途半端な時期の入部であと二、三ヵ月の短い期間だけですが、幼い頃から泳ぐのが好きで入部しました。宜しくお願いします」
見た目のチャラさとは裏腹に、押田は丁寧に頭を下げた。
女子は未だに小声で「カッコいい」とコソコソ言い合っている。それに気付いたのか押田が女の子目掛けてウインクをすると、黄色い声が上がった。
「戸越君の事を私たち忘れたわけじゃないからね」
女子のマネージャーにこそっと耳打ちされて、名越は曖昧に笑って返事を返した。
今まで名越がチヤホヤされている側だったが、それが誰かに代わったところで気にしない。決して、ヤキモチを妬いているわけじゃないのに、そんなこと言われたら俺が拗ねているみたいじゃないか。
腑に落ちない勘違いぶりに一人で拗ねていると、名越は押田と目が合った。ニコッと笑いかけられて、顔が少しだけ熱くなった。確かにイケメンで、仕草がいちいちチャラい。
その押田が急に「あ!」と叫んだ。
「どうした?」と全員が押田に訊ねるも、彼はそれに気付いているか否や、一年生と二年生の方にやってくる。丁度名越目掛けて。
俺、何かしちゃった?
真っ直ぐに進んできた押田が手を差し伸べてきて、「握手????」と緊張し戸惑いつつ右手を上げてみる──も、押田の手は名越を横切って彼の斜め後ろに立つ檜吉に伸びていった。
ガッ、と檜吉は突然押田に両手を握られて、大きく目を見開いたがすぐに忌々しそうに眉が上がる。
「やっぱり水泳部だったんだ。俺の事覚えてる?」
「…………」
檜吉は無言のままで近くの生徒が「檜吉」と気を使って彼を突く。それでも檜吉は声を出さなかった。
「二年生だったんだな。学校のどっかでまた会えないかなって思ってさぁ。廊下を歩く度に探してたんだけど、こうしてやっと会えたよ」
「…………」
「二年生って校舎が違うもんな。だから会えなかったんだ」
押田がずっと一人で喋っている。
連は檜吉の表情を探ってみたが、如何せん目が隠れているせいで読み取れなかった。
檜吉がこうして誰かと親しくなるのは稀だ。普段彼は幼馴染やクラスの友人としか絡まない。上級生とも「眼つきが怖いよな」と揶揄われてから、一切自分から近寄らなくなった……というのも一度嫌いと認定したら相手が上級生だろうが媚びる事はせず、嫌いオーラを発して近寄らないのだ。生意気と言えば生意気──過ぎるのだが檜吉と喧嘩したところで上級生は檜吉に敵わない。檜吉は水泳の他にも両親から武道を習わされているから、彼の方が強いのである。
「得意な泳ぎはなに?」
質問されても喋らないのに押田はずっと懲りずに檜吉に喋りかけた。
檜吉よりも一年生と二年生がザワザワして慌て出す。
「檜吉君の得意な泳ぎは背泳ぎです」
何故か檜吉じゃなくてマネージャーの沼津が答えた。
「自己記録は?」
「400メートル4分50秒23秒の4位です」
今度は名越が答えた。
前髪越しに檜吉に睨まれてしまう。髪で隠れてはいるが、オーラを感じて戸越は口を閉じた。このまま喋り続けたら檜吉の機嫌が落ちて行く一方である。
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