遊び人の恋

猫原

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第四章

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薫は雪の隣りに座って雪の身体を支えるようにして褥を敷いた上に雪を座らせた。

「お茶は」
「良いのよ、お茶は要らないから。雪は取り敢えずゆっくり休んで」

立ち上がろうとした雪の肩を抑えると、コクっと頷いた雪を見て薫はホッと息を吐いて色白の親友を見た。
首筋に点々と残る痕だけで抱き潰されているのは一目瞭然で、足腰に力も入っていないとなると想像以上の事をされているのだろう。
自分より年下の筈なのに「ふぅ」と息を吐く姿が妙に色気があった。

「あのね、雪。体調は大丈夫?」
「うん。私がまだ慣れないから足腰に力が入らなくて」
「慣れる?」

「あのね」と雪は薫にもっと頭を下げるように言う。薫は首を傾げながら雪の口元まで耳を持って行くと小声で喋り出した。何故二人しか居ないのにこそこそ話……?

「形を覚えたら、慣れるんだって」
「形を覚えたら慣れる」
「毎日挿れなきゃならないって」
「毎日挿れなきゃならない」
「久賀さんの形を覚えたら、足腰もがくがくしないって」
「足腰もがくがくしない」

雪がいう言葉を鸚鵡返しで薫は呟いた。

「私も慣れたらフラフラしないって。皆すごいね、普通に歩けてるから。どれだけ体力あるんだろうね……」遠い目をして言う雪の両肩を薫は掴んで薫は思わず揺さぶった。

薫は雪より先に経験を済ましていても、雪よりも濃い経験はしていないけれど、恋人もいないけれど、世間一般的な常識はこの親友よりも分かっていた。
揺さぶられて目が回りそうになる手前で止まって雪はホッと息を吐くと真剣な面持ちの薫と目が合い、自分までも真顔になり、ごくりと唾を飲み込んだ。

「普通わね! 毎日まぐあわないのよ!」

大声で叫んだ薫に雪は一瞬だけ怯んだが、声ははっきりと聞き取れて、言葉を反復した。

「毎日まぐあわない?」
「二十歳で四日に一回、三十歳で八日に一回、それくらいが妥当と言われてるの」

薫はハァーと長い溜息を吐いて「毎日でも限度があるのよ」と言った。

「四六時中まぐわってたら、何も出来ないわよ。私の姉さんだって毎日してないし、由希さん夫婦だってしてないし、しょっちゅうしてたら体力持たないしお仕事出来ないでしょう」

衝撃を受けたような表情を受かべて、雪はフラっと薫の胸に倒れ込んだ。それを薫は支えると背中を擦ってあげた。

「良かったぁ」

雪から安堵の声が洩れる。「何が?」と訊ねたら「自分が一向に足腰に力が入らないままだから、覚えが悪いんだって思ってた……」と雪は声を洩らした。

久賀から求められるままに押し倒されてこの五日間過ごしているが、執拗な攻めに最初だけ抵抗したものの、最中に「俺の事好き?」と訊ねてくるその表情が寂し気で、素直に「好き」と答えれば、子供のような笑顔を浮かべるのだ。それに負けてしまい、なし崩しにひたすらまぐわっていた。

薫は溜息をついた。「言葉をそのまま信じちゃ駄目よ。久賀さんの嘘は見破るくせに、そういう嘘は信じちゃうんだから……」

薫は呆れ気味な口調だったがその瞳は雪の事を心配している色が浮かんでいて、嫌な気は起きなかった。

「閨中に『俺の事好き?』って訊ねられて、雪の事だから素直に『好き』って返しちゃってるでしょ?」

雪は目を見開いた。どこかで覗いてたのだろうか。

「そんな事素直に言っちゃ駄目よ。図に乗るだけ。今頭湧いてんだから」
「でもどうしてそういう嘘ついたんだろ?」
「そりゃ、雪と両想いになったからでしょ。嬉しくて堪んないのよ」

雪は目を丸くして、

「私と誰が両想い?」

今度は薫がびっくりして

「久賀さんと雪がよ」
「へ!?」

雪は声を上げて「ない、絶対ないよ! 久賀さんが私の事好きだなんて!」

「はぁ? 態度で分かるでしょう? 雪に対して好き好き光線出てるじゃない!」
「出てないよ! 久賀さんが私を好きだなんて絶対ない! 私の事小動物としか思っていない!」

頑なに譲らない雪に薫は大袈裟に顔を顰めた。「小動物って思っている相手に毎日毎日興奮してぶっ差さないわよ」

「ぶ、ぶっ差す」

雪は薫の言葉に赤くなったり青くなったりと大忙しだった。

「今までの恋人に全員そうだったんじゃ」
「今までのは一晩限りよ。あんたは『本命』だから、どこにも出したくないから抱き潰したいのよ。だから体力を奪うくらい激しくしちゃってるの」
「どこにも出したくない? 私がちんちくりんだからでしょう?」
「ちんちくりんだからじゃなくて、雪が可愛すぎて他人の目に映したくないの」

『可愛い』と聞いて雪は顔を顰めた。
此処毎日と言っていい程に久賀から耳にタコができるほど囁かれている言葉だった。今まで女性であの男から容姿を褒められてこんなに不機嫌そうな表情を浮かべたのは雪くらいである。しかしそれほど、久賀から発せられる『可愛い』という言葉を雪は毛嫌いしていた。

「久賀さんの頭を冷静にする為には雪が負けずに拒否しなきゃ」
「してるつもり……」

「足りないのよ」と薫は肩を竦めた。
「久賀さんが一番怖がっている事は雪から嫌われる事。あんたに相当惚れ込んでるんだから、もし今夜も押し倒してきたら『私の躰が目当てですか?』って泣きながら言ってみて」
「そうだよって言われたら……」

「命賭けても良い、絶対ないから」と薫は否定した。
「このまま過ごしたら、どこにも行けなくなっちゃうよ」
「うん……」

ふと——ずっと一緒に居られるならばそれも良いかもしれないと思ってしまい雪は慌てて首を振った。
そんなの、楽しくない。私は久賀さんと沢山お出かけしたい——…。

「断ってみるね……流石に、お外の空気吸いたいんだ……腰ががくがくしちゃって動けなくて」
「うん。雪に相当惚れ込んでいるから自信持ってよ」

「ん」と雪は短く頷いた。
「惚れ込んでるなんて絶対ないよ」

と雪はぽつりと呟いたが、小声だった為か薫は何も気づかなかった。

何が基準で『本命』なんだろう、と雪は内心首を傾げた。
久賀という男は命を差し出しても良い程に雪を溺愛している。
「俺から離れない」と言う。
雪が「いつも一緒」「傍を離れない」と口に出した時、舞い上がる程喜び、その時に贈った道中財布は本当に大事に使ってくれている。しかし、それがどう私の事が『好き』で『本命』に繋がるのか、雪には検討がつかなかった。

『恋人同士になる為に口付をしたい』と言っても肝心な言葉を口にした事がない。
雪が久賀への気持ちに気付いた時のような、自分の普通を忘れてしまう程の戸惑いを見た事がなかった。

久賀から大量の熱を送られても、抱き潰されても、自分を好きだと言ってくれる自分を小動物のように感じ、愛でる感覚で『恋人同士』になりたかったんだろうな……という感覚がある。

——だって、久賀さんに『好き』って言われた事ないもの……。

雪は久賀からその言葉を貰った事がないし、また自分だけが裸にされていつだって脱がない久賀に不満を抱いていた。

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