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殲滅そして帰還

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 屋敷の中には、三人の男が血の海の中でこと切れていた。おなつさんがったんだろうな。

「こいつらが海賊の親分か?」

 まだ瞳を真っ赤に充血させているおなつさんを直視する事はせず、苦悶の表情のまま死んでいる男達を見下ろしながら問いかけると、おなつさんがか細い声ではいと答える。

「失礼します」

 そしておなつさんがそう一言呟くと、何処からか取り出した竹筒の中身を口に含み、俺の右の頬に吹きかけた。まだ血が止まらないところを見ると、さっきの鉄砲傷は結構深かったんだろうな。

「いてててて……」

 かなり痛い。

「辛抱して下さい」

 さらにおなつさんは、二枚貝をパカリと開く。中身は軟膏のようだな。それを俺の頬の傷に手際よく塗りつけていく。

「く~っ、痛え……」
「うう……ごめんなさい……」

 いや、ホントに痛いんだって。決しておなつさんを虐めてる訳じゃなくて!

「いや、大丈夫だよ。ありがとう」

 俺がそう言って無理矢理笑顔を見せると、漸く落ち着いたおなつさんが事の顛末を話してくれた。
 正面の敵は俺と孫左衛門に任せ、おなつさん自身は忍びの技を生かして屋敷の裏手から侵入し、中にいる親玉を始末した上で、俺達と挟み撃ちにするつもりだったらしい。
 しかし親玉と二人の側近は思いの他手強く、倒すのに手間取ってしまった。その戦闘の最中に銃声が鳴り響いたって訳だ。
 三人相手にその場を離脱する事もままならず、なりふり構わず倒して屋根に上った時には、射手は二発目の狙いを定めていたところだったという。まさに間一髪だったって訳だ。

「私が屋敷に突入する前に屋根の上を調べていればこんな事には……」

 事前に危険を排除する。それがおなつさんの仕事だとか言ってたっけ。なら、確かに今回は失態かもしれねえなぁ。けどさ、初弾が外れたおかげで俺は顔に傷付けた程度で済んだし、二発目はおなつさんが阻止してくれた。

「よく二発目を防いでくれた。ありがとう」

 俺はおなつさんにちゃんと向き直り、そう感謝の言葉を述べた。そこで俺は漸く気が付いた。おなつさんの忍び装束があちこち斬り裂かれている。中に着込んでいる鎖帷子のお陰で怪我はないようだが、おなつさんはおなつさんでギリギリの戦いだったんだな。

「奥山さんや」
「なんだい伊東さんや」
「怪我はないか?」
「おう、俺は大丈夫だぜ? ただ、流石に疲れたねぇ。それに腹も減った」

 結局、一番の深手を負ったのは俺って事か。思わず苦笑が漏れてしまう。

「おなつさんも立てるか?」
「はい」
「よし、それじゃあみんなで戻って、一緒に桃姫様に叱られようじゃないか!」

 俺も相当疲れてたし、腹も減っていたんだが、取り敢えず元気だけは出していこうと思い号令をかけた。
 しかしこいつらときたら。

「「いやいやいや、遠慮します」」

 ……なんて奴らだ。
 二人の拒絶反応に、俺はガックリと肩を落としながら船着き場へと移動を開始した。

 疲れ切った俺達は、西の海に沈みゆく夕陽の橙色の光を浴びながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
 時折おなつさんが俺の頬の傷を気遣ってくれる。そりゃあ痛い。でも死ぬほどの怪我じゃないし、今後の生活に支障が出る訳でもない。何より、おなつさんのせいじゃないからな。そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。

 やがて船着き場が見えてきた。まだ夕陽は沈み切っておらず、海面は金色に輝いている。師匠おっさんとの島での生活を思い出すな。

「弥五郎! 弥五郎弥五郎弥五郎ーっ!!」

 俺の姿を目敏く見つけた桃姫様が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら駆けてくる。うん、駆けてくるね。全く減速しないで駆けてくる。

「弥五郎のバカ!」
「うごぉえぁっ!?」

 全速で駆けてきた桃姫様が、そのままの勢いで俺に突進してきた。砂浜の訓練の成果か、かなりの衝撃だ。
 なんとか倒れずに踏み止まるも、桃姫様は俺に抱き着いたまま、胸に顔を埋めて泣いている。
 う~む、どうしたもんかなぁ。

 ん?
 なんだ? 孫左衛門やおなつさんが身振り手振りで何かしろって要求してくる。

「こうか?」

 俺はあいつらの身振り手振りを真似て、桃姫様を抱えるように両手を回した。ああなるほど。こういう事か。抱きしめればいいんだな。
 俺の中で泣きじゃくっていた桃姫様が、一瞬ビクリとした。しかしそのまま俺の背中に腕を回したまま顔を埋めている。さっきよりも落ち着いた感じはする。

「ふう、取り乱しました」

 やがて泣き止んだ桃姫様が、恥ずかしそうに顔を伏せたまま俺から離れる。

「弥五郎、そこに直りなさい」
「は」

 俺は桃姫様の前で片膝を付いて畏まった。さて、首でも落とされるか。平手打ちくらいで勘弁してもらいたいがなあ。

「やはり貴方は、橙色が似あっていますよ」

 夕陽を浴びた桃姫様の横顔が橙色に染まっている。そうか、それなら俺も橙色だな。
 桃姫様の右腰に差された脇差。俺が打ったものに、姫様が拵えを作って下さった。俺の色はお日様を連想させる、橙色だという。だから、拵えも橙色だ。

「よく、生きて戻ってきました。その忠義、天晴です」

 そう言って桃姫様が、優しくその胸の中に俺の頭を抱え込んだ。

「桃姫様を命懸けで守るのが俺の務めなれば」
「ならば生涯、その命をもって私を守りなさい。途中で離脱する事、許しません」
「は」

 桃姫様から一生をかけて守れと言われてしまった。これは、桃姫様が生きている間は死ぬなって事だよな?
 難しい命を受けちまったもんだ。
 俺が短く返事をすると、桃姫様が俺を解放してくれた。どうやら俺の後ろにはおなつさんと孫左衛門が控えているらしく、そっちの方へ声を掛けにいった。

「二人共、よく無事で戻りました。ですが、私を置いて行くとは何事ですか?」

 桃姫様がぷりぷりと怒っている。可愛い。

「ですが、無事に弥五郎も戻った事ですし、今回は不問とします!」

 腰に手を当て、もう一方の手はビシッと二人の方へ向けて指をさす。それを見た二人が項垂れる。

「ははは! 良かったな、二人共! 不問だってよ!」
「弥五郎にはお仕置きがありますからね!」

 桃姫様がそのままの体勢でくるりをこちらに向き直り、頬を膨らませながら叱責してきた。
 はい。ごめんなさい。
 
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