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獣国編 毒蛇と魔女

獣人会議

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 「ふぅむ、喰らう者。ついに東の森にまで迫って来おったか。族長、集落の生き残りは?」

 「1人だけ居る。いや、居たと言った方が正しいな。既に弔った後だ」

 「そうですか……その者から何か新しい情報は?」

 「今までと変わらんな。突然喰らう者が現れて為す術なく蹂躙された。生き残るだけで精一杯だった。それだけだ」

 「くっ、これじゃ対処のしようが無いっすよ!」

 「吠えても何も変わりはせんぞ、落ち着けウルズ」

 んー? 話を聞くに、その喰らう者ってのは魔獣か何かの類っぽいな。突然現れる、かつ身体能力に優れる獣人達の集落を簡単に壊滅させるような化け物……あれ? ドラゴンじゃない? 空から奇襲って考えれば突然現れる部分にも納得がいくし、強さだって折り紙付きだ。

 お、おぉい~、ドラゴンだとしたらやめてくれよ。ただでさえ俺の心象は良くないってのに……!

 い、いやいや、早計だ。ここは未知の世界。俺が知らないだけでドラゴン級の魔獣が居てもおかしくはないだろう。居てほしくはないが。

 「……」

 「どうした? ガラル」

 え、ガラルさんも居たのか。んー、ちょっと中の様子が気になるな。何処かに穴でも……って、よく見たらこの建物隙間だらけじゃん。

 まぁ、いちいち探す手間が省けるから助かるけどさ。

 手頃な大きさの隙間を見つけて、音を立てないように慎重に中を覗き込む。するとそこには、ヴェロニカさんとガラルさんを含めて5人の獣人が座っていた。

 ツンツンとした金髪の女性獣人、顔に深い皺を刻む厳つい男性獣人。そして、ヴェロニカさんの斜め後ろで行儀よく正座しているコアちゃんよりも少し年上っぽい栗毛の小さな女の子。

 皆の前に広げられてるあれは地図だろうか。この辺りの地形が記されているのなら、俺も是非拝見したいところだ。

 「いえ、少し解せないと思いまして」

 「どういうことっすか? ガラル殿」

 「うむ、話せ」

 「私も聞きかじった程度で詳しい事までは分からないのですが、古より喰らう者は酷くおとなしい性格をしていると聞いた事があります。
 仮にその怒りを買ってしまったとしても、けして縄張りから出る事はない、と」

 「それならオレも知っておる。書庫に保管しておる古い文献にも同じ内容が記されていた。付け加えるなら、繁殖時期に限って外敵に対して敏感になるともな」

 「繁殖時期……ハッ! なるほど分かったっす! 捕らえているドラゴンは実は喰らう者の子で、攫ってきたガラル殿に怒り心頭で暴れているんすよ! どうっすか族長この名推理!」

 いや、そりゃねーよ獣人の姉ちゃん。

 「お前はアホかウルズ。少なくとも喰らう者はドラゴンではなかろう。子供でも知っておるぞ。
 それに、喰らう者が暴れ始めたのはガラルが幼竜を連れてくるよりずっと前の事だ。さっきも言ったであろうが」

 「貴様はもう少し考えてから発言せい」

 「何気に私に責任を押し付けようともしたな。いい度胸をしている」

 「うぐっ……す、すんませんっす」

 あのウルズって人に対する皆の評価を垣間見た気がするな。

 にしても、喰らう者はドラゴンじゃないのか。図らずも俺への風評被害は防げたが、これ、まったく他人事ではない。

 ヴェロニカさん達の話を聞く限り、獣人達は前々から喰らう者による被害を受けていたって事だよな? で、今回はこことは別の場所に住んでいる獣人達が襲われて集落まるごと壊滅。

 明日は我が身。仮に喰らう者が獣人を狙っているのなら、高い確率でここにも来るんじゃ……え、何それ最悪。

 「奴の習性が文献と大きく食い違っておるのも気にはなるが、今回で三度目の襲撃。もはや確定的と言わざるを得まい。
 喰らう者の目的はオレ達獣人。そう考えて備えるべきだとオレは思う。皆はどうか?」

 「後手に回るのは今回限りでよいでしょう。俺は族長の考えに賛同いたします」

 「同じく。悠長な事を言っている場合ではないかと」

 「えっ、あ、アタシも賛成っす!」

 「んはっ、決まりだ。では明日にでも準備に取り掛かるとしよう。皆遅くまで悪かったな。これから忙しくなる故、帰ってゆっくり休むといい」

 ヴェロニカさんの言葉に全員が力強く頷いていた。

 どうやらお開きのようだな。本来の目的とはまったく違うけど、貴重な話も聞けたし収穫は上々。あとは当初の予定通り食料見つけて帰るべし。

 いい加減腹の方も限界だ。実を言うと盗み聞きしてる最中も腹が鳴りそうで大変だった。
 気合と根性で腹の虫を圧殺していなければ、今頃バレて台無しだっただろうな。頑張りゃやれるもんである。

 あれ? そういえば、ヴェロニカさんの後ろに控えてた子……結局最後まで話そうとしなかったけど、誰なん――。

 「……」

 「(うげっ!!!?)」

 それはふとした疑問だった。なんの気なしに覗き穴からヴェロニカさんの方へ視線を移動させた刹那、その少女とバッチリ目が合ってしまった。

 偶然じゃない。あの女の子、間違いなく俺を見てる……! 

 「母――族長」

 「ん?」

 「あそこに誰か居ます」

 そう言って少女が指差したのは、俺だった。

 バレてるー!!! 何で!? 匂いも消した! 気配も極力殺した! 覗き穴だってこんなに小さいのに何故バレる!?

 「曲者っすか!?」

 「(せ、戦略的撤退ぃぃぃっ!!)」

 そこからの行動は早かった。脇目も振らず走り出し、来た道を全速力で駆け抜ける。焦りから想像以上の速度で走る自分にツッコミすら入れないまま、とにかく牢屋へ向けて走る走る。

 落ち葉やら何やら様々な物を巻き上げて、俺は無我夢中で風になった。

 だからこそ気付けなかった。近くに水場があった事、食糧庫らしき建物があった事、家畜が居た事、そして……木の上から何者かが俺を見ている事に。






――……。






 喰らう者についての対策会議も一段落し、今夜は解散にしようとした時、我が娘が溢した一言。

 誰か居る。

 オレが気付かなかったのだから気のせいだろうと一蹴はしない。娘の気配察知能力と嗅覚は一般的な獣人とさほど変わらないが、目の良さだけは随一だ。
 その一点に関してはオレ以上である娘の言に、どうしてケチなど付けれようか。娘が居ると言うのだからそこには確かに何かが居るのだ。

 「誰っすかーー!! って、あれ? 誰も居ないっすよ?」

 ウルズがいち早く外へ飛び出した。が、どうやら何者かは既に逃走してしまったらしい。

 んはっ、何者かは知らぬが判断力は素晴らしいな。

 「ワンコ様~、もしかしてアタシをからかったんすかー?」

 「何でそうなるのよ。ウルズだけならともかく、族長達が居る前でからかったりなんてしないわ」

 「そっすかぁ……ん? アタシだけなら?」

 「ワンコ、もう会議は終わったのだ。畏まらずともよいぞ?」

 「あ……うん。わかった、母さん」

 ワンコ・オージャ。オレの一人娘であり、次期族長候補。
 オレに似て力強い瞳を持って生まれ、そして身体能力にも恵まれた。族長の娘であり、力もある。故に少々、自らの力を過信するきらいがあるのは玉にキズだがな。

 まぁそんな所も可愛いものだ、んはははっ。

 「族長、逃げた者はどこぞの間者かもしれません。追いますかな?」

 そう言いつつも追いたいと目で訴えかけてきたのは、この中で最年長のアルフ・レオノール。オレの忠臣の1人であり、そして……前族長だった男である。

 「よい、害は無かろう」

 「ふむ、理由を聞かせていただいても?」

 「勘だっ! んははは!」

 「であれば仕方がありませんな。族長の勘は当たります故」

 「それでいいの?」

 「おや、ワンコ様は信じられませぬかな? 事実、族長の勘は外れた事がありません」

 「普通信じる方がおかしいでしょ。……でもまぁ、母さんだからなぁ」

 「そう! オレだからな! んはははははっ!!!」

 人によっては勘で行動するなど愚かの極みと吐き捨てるだろう。まして一国の王ともなればその指摘はもっともだ。

 だが生憎と、オレはこの生き方しか知らん。それが間違っておると宣う輩が居たならば、この身を持って証明してみせよう。

 オレの勘は百発百中だとな!

 「あーーーーーーっ!!!!」

 突然、外からウルズの悲鳴が聞こえてきた。

 既に集落の皆は寝静まっておる時間。流石に声が大き過ぎるぞ馬鹿者め。

 「おいウルズ、あまり――」

 「アタシの! アタシの干し肉が無いっすー!!
 絶対曲者の仕業だ! 大事に取っておいたお夜食なのにぃ! 許すまじこそ泥めぇ!
 うぉらぁぁぁぁぁぁっ!! 何処っすかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 オレの言葉は虚しく遮られ、止める暇なくウルズは闇の中へと消えていった。

 「はぁ、あの阿呆ぅが。誰ぞウルズを止めて来い。後々苦情が来るとオレの勘が言っておる」

 「俺が行きましょう」

 「頼んだぞアルフ。捕まえたら手痛いゲンコツでも食らわせてやってくれ」

 「手加減はするべきですかな?」

 「当然だろう。いくら集落一頑丈なウルズでも、お前が全力でやれば首がもげるぞ」

 「ではゲンコツはやめにして、尻叩き100回に留めておきましょう」

 んははっ、それはそれで屈辱的だな。まぁウルズが反省してくれるなら何でもよい。

 ボキボキと指を鳴らしながら出ていくアルフに続き、ガラルもこちらに一礼して会議場を後にする。

 「……」

 残されたのはオレとワンコだけとなった訳だが、何やらワンコの様子がおかしい。心ここにあらずな様子で、ボーッと外を眺めていた。

 眠気、ではないな。どうした?

 「ワンコ?」

 「…………え、なに?」

 たっぷり間を置いてオレの言葉に反応する。心なしか頬が上気しているようにも見えた。

 「なに? ではない。ボーッとして、らしくもないではないか」

 「あー、うん。ちょっとね」

 「先程の曲者が原因か? まさか惚れたとは言わんだろう?」

 「はぁ!? そんなんじゃないってば! 顔だって見てないし!」

 「んははっ、では何だ? 言えぬ事ではないなら母に教えてくれ」

 「別に特別な理由はないわよ。ただ、その……凄く綺麗な紅い目をしてたなぁって」

 紅い目? …………ふむ。




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!
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