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獣国編 毒蛇と魔女

瞬く赤雷

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 すっかり記憶からすっぽ抜けていた攻撃スキルを思い出して発動。
 数だけ見れば習得しているスキルはそこまで多くない筈なのに、忘れちゃうって恐ろしい。習得済みのスキル全てを管理できている人が居るとしたら本当に尊敬する。

 俺がポンコツなだけかもってのは考えない方向で行こうと思う。

 それはさておき、魔爪だ。巨大化は問題なく発動したとはいえ、こちらもおとなしく発動してくれるとは限らない為に一抹の不安はあった。
 しかしそれは杞憂に終わり、おそらく魔力で形成されたであろう赤黒い爪が俺の手を覆い尽くすが如く顕現した。

 考えている暇はない。無我夢中で化け物の胴体を魔爪で斬りつけてみる。

 「っ!」

 ダメージは……無い。胴体の表面が多少削れた程度で終わった。

 これでは魔力の無駄遣い。馬鹿な真似をした。
 などと、そんな事を思う事はなかった。何故なら、成果はあったからだ。

 確かに胴体にダメージは通らなかった。だがそれは胴体に限っての話である。
 同じく魔爪に触れた触手はいとも簡単に千切れ飛び、拘束されていた体が一気に軽くなる。それにより自由となった左手にも魔爪を纏わせて、今度は胴体を狙わず触手に狙いを定めた。

 ただ両腕をブンブンと振り回しているだけなのに、面白いように触手が斬り飛ばされていく。俺が噛み付こうがアルフさんの槍を受けようがビクともしなかった、あの触手がだ。

 魔爪か。思っていた以上の高威力スキルだな。

 もう俺を拘束している触手はほとんど無い。

 ここだ。ここで攻めずしていつ攻めるのだ。ほとんど自由の身となった今、あとは全力を持って頭を引きずり下ろすのみ! 障害は無くなった!

 「ギュイッ!!?」

 「イヴニア!!!」

 勝ち筋が見えた途端、それは一気に遠くなった。目の前にあった勝利が遥か彼方へと遠のいていく。

 腹部に走る激痛。先程までの比ではない痛みに視線を下ろせば、俺の腹を貫いている太い触手が目に映った。

 1本だけじゃない。見えるだけでも4本の太い触手……いや、違う。細い触手を何本も束ねて太くしてやがる。

 まるで俺がツタを編み込んで太くしたように、奴もまた殺傷能力を高める為に触手を編み込んだって事か。あぁ、ちくしょう。

 触手が体内を駆け巡り、やがて背中の鱗を突き破って貫通したのを感じた。喉の奥から込み上げて来るものを我慢できる筈もなく、盛大にぶちまけた。

 夥しい量の血が俺の口、傷から流れ落ちていく。体温が急激に下がっていくのを感じた。

 【条件その3 瀕死の重傷を負うを達成。条件その4を解放】

 「(瀕死……? あぁ、確かにな)」

 相変わらず無遠慮に知らせてくれるデーモン様の声に視線を彷徨わせ、その先に見えた体力も残り僅か。

 っっ……マズい、足に力が入らない……!

 己の意思に反して折れそうになる膝を何とか支える。だけどそれは苦し紛れにしかならない。
 意識が飛びかける。せっかく発動させた魔爪も消え失せた。もう少し慎重に行動すべきだったと後悔もした。

 でも、それでも俺は――。

 「(諦める訳にはいかない。諦めたくない! 泥臭くてもいい、最悪奴と刺し違えてでも! お前を倒して誓いを果たす! 女の子1人への恩返しくらいさせろよ! ドラゴンならっ、その程度の事を果たすなんて簡単だよなぁイヴニア!!!)」

 空元気? 痩せ我慢? 上等じゃねぇか!
 我慢くらいなぁ、前世で嫌ってほど経験してきてんだよ! それに比べたらこの程度の痛み、訳ないって話だ!

 「信じられん。あの出血で未だに退かぬとは」

 「イヴニアにも譲れんものがある、という事だろう。そしてそれはイヴニアだけではない。オレ達も……クロエも同じだ」

 んぐぅぅあぁぁぁぁぁぁっ!!! 血のせいで足元が滑る!! 踏ん張れない!!

 もうほとんど奴の体に寄りかかって立ってる状態だけど、だったらこのまま限界来るまで殴り続けてやる!

 「キュキュイッいい加減っキューッ落ちてこいよっ!!!」

 「……」

 血を撒き散らしながら、腕力だけで何度も何度も殴り付けた。だが、明らかにさっきとは奴の様子が違う。手応えもほとんど感じられない。

 あ、ダメだこれ。足で踏ん張れてないから殴打の威力が格段に落ちてる。いくら殴ってもコイツまったく効いた顔してない。いや表情無いから分かんないけどさ。

 ならもう一度魔爪を……って魔力量少なっ!!? 魔爪って確か消費魔力はそこまでじゃなかった筈なのに、何でこんなに減りが早いんだ!?

 もしかしなくても自然治癒のせい? 傷の深さによって消費量多くなるとかそういうパターンですか!?
 ふざっけんなよチクショウ! そんな事スキル詳細には書かれてなかっただろ!

 「(マズいマズいマズい……! もう魔力が500を切ってしまう! そうなったら終わりだ! こんな事なら腕力を底上げするようなスキルでも習得すべきだった!)」

 後悔先に立たず。本気の本気で焦り始めても、もう手遅れだ。
 体力的に考えても、どれだけ頑張ろうと、スキルを使わないで奴の頭を引きずり下ろすのは絶望的だろう。たとえ全体重をかけたところで状況が変わるとは考えにくい。

 加えて、それをおとなしく待っているほど奴も馬鹿ではない筈だ。十中八九、何かしらの反撃をしてくる。

 ……詰みだ。

 ああ、これが元兵士の限界か。俺が歴戦の冒険者や勇者だったなら、もっと華麗に立ち回れていたのかな。
 もっと良い作戦を思いついて、もっと的確な指示が送れて、もっと機敏に動けていたのかな。

 無力感が重くのしかかる。レティシア達を守ろうとしていた時と同じ、あの嫌な感覚を思い出した。

 ドラゴンに生まれ変わったところで、結局俺は俺のままでしかないのか。……でも。

 「(このまま終わるくらいなら、いっそここで切り札をぶっ放してやる。たとえ決定打に欠けているとしても、何もしないまま終わるよりずっといい。
 その後の事は、ヴェロニカさん達に任せよう。俺は、俺に出来る事をやる。だから待ってろコアちゃ――)」

 「……私の旦那様が苦しんでるでしょ。いい加減に落ちろよ、オマエ」

 「ギッッッ!!!?」

 玉砕覚悟の切り札ぶっ放し。まさに今それをやろうとした刹那、激しい衝撃音と共に化け物のうめき声が響いてきた。

 咄嗟に顔を上げてみると、そこにはグングンと頭を垂れ始めている化け物と、両手に抱えるようにして太い丸太を持つクロエの姿。
 丸太が半ばからへし折れている事から察するに、あれで奴の脳天を殴ったのか。あれだけ太い丸太が折れるくらいだ、今の一撃は相当重いものだっただろう。

 それよりも、クロエが奴の頭上に居るという疑問。何故と考え、直ぐに理解した。

 なるほど、奴の注意をクロエから逸らす事には成功していたんだ。触手はすべて俺を拘束、ないしは貫く為に使われていた。
 つまり、上へ向かう途中で阻む存在は無く、クロエは難なく奴の死角を突く事が出来たって訳か。

 馬鹿だな俺は。自分で言ってたじゃないか。1人で勝てるほど自惚れてはいないと。
 巻き込む事を恐れていたのはもちろんあるけど、もう少しヴェロニカさん達を信用すべきだったんだ。この人達は強いのだから。

 あぁまったく。どうしてこう、学ぶ事ばかりなんだろうな。

 「……旦那様の狙いは察しがついた。受け取って」

 「んはっ! 良いアシストだクロエ!」

 「ドラゴンの狙いは奴の頭……いや、口か!」

 アルフさんご明察! そうだ、そのまま落ちてこい。手の届く距離まで落ちてきてくれれば後は――。

 「ギ……ィッ……」

 「(っ!? うっそだろ!!? あの一撃受けて持ち直そうとしてる!?)」

 順調に落ちてきたのは途中まで。落下が止まり、再び奴の頭が上がろうとしている。

 ふざけるなっ、こんな千載一遇を逃したらもう……!

 「貴様の相手は飽きたぞ。往生際の悪さだけは認めてやるがな。ウルズ! クロエ! オレに合わせろ!!!」

 「ふおぉぉぉぉぉ!! 久しぶりに族長と共闘っすか!! 燃えてきたっすぅぅぅぅぅ!!!」

 「……全力でいいんだよね?」

 「んはっ!! 無論であるっ!!!」

 突然の声に俺が振り向く暇も無く、2人とのやり取りを終えたヴェロニカさんが軽やかに奴の体を駆け上がっていく。

 そうして登り続け、俺のすぐ横まで近付いてきた。

 「よく耐えた、よく頑張った。肩を借りるぞ、イヴニア」

 「……」ニッ

 短い言葉に小さな笑みで返した。というか、それが精一杯だ。

 ヴェロニカさんは文字通りに俺の肩を足場にして、一気に上空へと跳び上がった。
 その先に待っているのは、拳を振り上げて今か今かと力を溜めているクロエとウルズさんの2人。

 ヴェロニカさんも同じく拳を振り上げる。やがて奴の頭を越え、体が自然落下を始めたと同時に2人も飛び出し、3人が空中で円を描くように並んだ。

 「分かっておるな!」

 「もちろんっす!」

 「……頭を潰す勢いで、でしょ?」

 「んはははははっ!!! 然りっ!!!」

 「ギッ!?」
 
 今になって3人の存在に気付いた化け物が頭を上げるが、もう遅い。その距離は避けられない。触手も間に合わない。
 受けろよクソ野郎。お前がめちゃくちゃにした獣人達の、怒りの拳ってやつを!!

 「「「剛拳刹華ブラストナックル!!!!」」」

 目が眩む程の蒼い閃光と耳を劈く衝撃音。
 3人分の拳が叩き込まれた奴の頭は為す術なく落下を始め、あっという間に俺の目の前まで落ちてきた。

 もうしくじらない。

 頭を掴み取り、残った力の全てを両腕に集中。これ以上は開かないだろう限界まで奴の口をこじ開けて、俺もまた大口を開けて構えを取る。

 体を貫通した触手が無茶苦茶に暴れ回って激痛どころの騒ぎではないが、そんな事はもうどうでもいい。お互い最後の足掻きだ、覚悟しようぜ、なあ?

 「ギ……ギ……!」

 「(お前、喰らう者なんだろ? だったら、たらふく喰って逝けよ。嫌ってほど味わわせてやる)」

 魔力集中。全身を巡る魔力が脈動し、その全てが口元へと収束し始める。

 残り魔力526。ギリギリの勝負だったけど、俺の……いや、俺達・・の勝ちだ。

 溜めに溜めた魔力が弾ける瞬間、俺は心の内で大きく唱えた。


 コイツが俺の切り札だ。楽しめよヒモ野郎。

 固有スキル発動。皇雷ッッッ!!!!!



 瞬間、どこまでも赤い閃光と稲妻が瞬いた。




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!
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