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獣国編 英雄の受難
その厚意の裏側
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――――……
――……
「(……え?)」
予想外の事が起きた。目覚めたのだ。
意識が途絶える直前に思った3度目の人生が叶った訳ではない。上体を起こして自分の体を確認してみれば、そこには間違いなくドラゴンの鱗。
もはや見慣れた、イヴニアとしての姿に他ならなかった。
それに此処は……狭いけど、家の中だろうか。所々壁に隙間だったり穴が空いてるのを見るに、どうやら獣人達の住居みたいだ。
「(嘘だろ、生きてる……のか?)」
ハッとなり頭上の数値を確認した。体力を示しているであろう赤い線は元通りになっており、魔力の数値も全快している。特に変わった感じも無い。
ありえない。あの怪我で生き残るなんて都合が良すぎる。あの時に俺は確信したんだ、確実に死ぬって。自分の体だから直感でそれは分かってた。
にも関わらず、どうだ。死ぬどころか怪我の一切が綺麗さっぱり消えている。
どうなってるんだ???
「(ヴェロニカさん達に治療されたのかな……いや、だとしても無理がある。薬草やポーションでどうにか出来る傷じゃなかった筈だ。
あの規模の怪我を治癒するとなれば、それこそ最上級の治癒魔法が必要だ。でも獣人は魔力を持たないからそれもあり得ない。ホントに何がどうなって――)」
「理解できないって顔だな」
「っ!!?」
うんうんと頭を悩ませていると、突然耳元で声がした。
女の声。ギョッとして自分の横を見てみると、一体いつからそこに居たのか1人の少女が座っていた。
知らない女の子だ。少なくとも俺は見た事がない。俺の人間形態と負けず劣らずな桃色の長髪に、やたらと露出度が高い黒い服。更には、小柄な体躯にはあまりに不釣り合いな大きなとんがり帽子を被っていた。
驚く俺と目が合えば、ニカリと白い歯を見せてくる。金色に輝く瞳が酷く印象的だ。
「キュ……キュキュー?」
「あ? あぁそうか、ドラゴンって話せないんだっけ。めんどくさいなぁ。お前、思考伝達の魔法は使えるか?」
メッセージ? 知らない魔法だな。少女が何者かはともかくとして、敵意は感じられない。ヴェロニカさん達の知り合いだろうか?
とりあえず魔法は使えない……ってより習得自体してないから、否定しておこう。
「……」フルフル
「まぁ、だよなぁ。聖皇竜でも所詮は子供か、使えてる方がおかしい」
何か馬鹿にしてない? というか聖皇竜のこと知ってるのか。何者なんだこの子。
「なら身体創造でいい。とにかく喋れる状態になれ、出来るんだろ?」
そりゃ出来るが、何でこんなに上から目線なんだろう。俺が身体創造を使える事実を知っているって事は、少なくともバジリスクとの戦いを見ていたって事だよな。
この娘も獣人……じゃないな。耳は分からないが、どう見ても尻尾が生えているようには見えない。人間?
まぁいい。俺もこの状況について知りたいし、身体創造を使うのには賛成だ。
「(身体創造、発動)」
今回で三度目となる身体創造。直ぐに魔力の脈動を感じて体が光に包まれる。数秒の後には人間形態になっていた。
うぅむ、跳躍然り、やっぱり回数を重ねる毎に発動までがスムーズになっている気がするなぁ。事前にイメージを固めているのも大きな要因か。
とは言えやはり衣服は創造されていない。半ズボンだけしっかりそのままで上半身は裸だった。
「何でそんな中途半端な格好なんだ。服くらい創れよ」
「それが出来たら苦労してない。身体創造については、いまいち分かってないんだよ」
「身体創造? 妙な呼び方をするんだなお前。……まぁいいや、んじゃ試しにこれ着てみろ」
そう言うや否や、少女の手に光が集まり始める。それはやがて形を変え、色を変え、最終的には服の形となった。
簡素な白いコート。ついでと言わんばかりに下に着る黒いシャツと、同じく黒い長ズボンに靴までセットで渡された。
驚いたな……今のって、もしかしなくても魔力、だよな。あんな短時間でこんなにも精巧に衣服を作り出せるものなのか。
「えっと、代金は? 文無しだよ俺?」
「いらんし。いいから早く着て身体創造に覚えさせろ。そうしたら次に発動する時には、お前用に調整された物が勝手に形成される筈だ」
「……? スキルに服を覚えさせるってどういう事だ?」
「はぁ……お前何にも知らないのな」
うるせー、こちとら手探り手探りでスキル習得してるんだ。文句を言われる筋合いは無いぞ。
「身体創造はイメージが命だ。人の姿をざっくり想像するだけなら然程苦労はしない。だから姿自体は割と簡単に象る事ができる。それでも難しい事に変わりはないが、自覚はあるだろ?」
「思ってた姿とはかけ離れてたけど、まぁ一応一発で成功はしたかな」
「かけ離れてた? ……まぁいいや。だが服はそうはいかない。姿を変えるのとは勝手が違うからな。服込みで身体創造を発動するには、それなりに回数を重ねて感覚を覚えるしかないんだよ。
今みたいに単体で服を作り出す技術もあるっちゃあるが、こっちはより精密な魔力操作が要求される。初心者お断りってやつだから今は気にしなくていい。
まぁ、回数を重ねても一向に上達しない超絶不器用なバカもたまに居るが。そういうバカを補うのが身体創造に隠された仕様だ」
「隠された仕様?」
「お前、スキルを発動する時にそのズボンもイメージしてたか?」
そう言って指差された先には、俺が穿いている半ズボン。ふぅむ、言われてみればこれも謎だったんだよな。
「いや、いつの間にか穿いてた」
「当ててやるよ。元々お前は素っ裸で、身体創造発動中に何かしら股間を隠す物を穿いただろ?」
「……!」
見事に言い当てられてしまった。確かに初めて身体創造を使った時、素っ裸で外を彷徨くのは憚られるから麻袋を簡易的に腰へ巻き付けていたっけ。
「それが答えだ。身体創造発動中に、スキルで生み出した物以外の衣服類を着た場合、スキルがその服の情報を一時的に記憶する。
その状態で次回以降スキルを発動すれば、情報を元により良い衣服をスキルが自動的に創造してくれるんだよ。ちょっとばかし魔力は食うがな」
「ほえ~……知らなかった」
そうか、だから突然の半ズボンか。麻袋を衣服と認識したスキルが、二度目に発動した時に半ズボンへと昇華させたって事だろう。
そんなのスキル詳細には書かれてなかったじゃないか。どうなってんだまったく……。
「まぁ覚えといて損はないぞ。自分で衣服を生み出せるようになるまでの簡易的な措置として使ってけ。
以上の事を踏まえて、ウチが服を渡した理由が分からないとは言わないよな?」
「これを着てスキルに覚えさせろ。あわよくば感覚を覚えて、さっさと自分だけの服を創造できるようにしろ、ってとこ?」
「物分りがいい奴は好きだぞ? 褒めてやる」
「そりゃどうも。……あ、ちなみに服を記憶させた後に別の服を着たらどうなるんだ?」
「新しく着た方が上書きされる。だからよく考えて着ろよ。意図せずおもしろ格好になるのは初心者あるあるだからな」
確かにな。コート着てるのに下は短パンですじゃ流石に恥ずかしい。こりゃ早いとこ身体創造での服生成を覚えないと。
少女が言うには慣れが必要らしいし、今後は積極的に発動していった方が良さそうだ。
イメージが命……服のイメージねぇ。お洒落とは程遠い前世だったからなぁ、分からん。まぁ変に1人で悩むより、他人の服装を見て参考にするのが無難かね。
「ほれ、早く着てみ」
「お、おう」
少女に促されるまま、物は試しと渡された服を着込んでいく。久々に着た馴染み深い人間の服に何となく感動を覚えた。
でも少しばかり残念なのは、服のデザインがかなりシンプルな事と、俺の体には大き過ぎる事。コートの袖なんてブカブカで手が出てない。靴に至っては軽く足を上げるだけですっぽ抜けるし。
上半身素っ裸より遥かにマシだけども……これはこれで動きにくいぞ。
「創ってもらった手前わがままは言いたくないけどさ、サイズ全然合ってないぞ」
「当たり前だろ。お前の体のサイズなんざ知るか」
「えぇ~……あ、なるほどそういう事か」
あんまりな言い草に一言でも言い返そうとして直ぐに悟った。さっき少女も言ってたじゃないか、記憶させた服はより良い物へと生成されると。
試しに着てみろとはそういう事なのだろう。
「(身体創造、解除……あ゙っ!)」
さっそく試してみようとスキルを解除する。直後、このままドラゴンの姿に戻ったらせっかく貰った服が破れるじゃねーか! という当たり前の事に気付き、慌てて取り消そうとするが時既に遅し。
体は光に包まれ、みるみるうちに元の姿へと戻っていく。同時に、着ていた服はビリッビリに破けてしまった。
「……」
「キーッヒヒヒヒヒ!!! お前っ、わざとか!? バカ過ぎるー! キヒヒヒヒッキヒーッ! あー腹痛い!」
「キューッ!!」
すっげぇ恥ずかしい! あーもう、こういう所だよなぁ俺って……格好良く生きるなんて俺には夢のまた夢だよ。
というか笑い過ぎだろこの娘、そんなに他人の失敗が面白いかクソッタレめ。
とりあえず破けてしまった服を力任せに取っ払い、少女の笑いを尻目に仕切り直す。気にしたら負けだ。
改めて身体創造を発動させて、再び俺は人の姿となった。今回は人の姿に加えて、さっき貰った服をイメージしながらでの発動だが……さてさて。
「おお……!」
見下ろしてみれば思わず感嘆の声が漏れた。
何の飾り気もなかった白コートは所々に赤い刺繍を施されたものに変わっており、シャツとズボンも細かい部分がかなり作り込まれた物になってる。何よりブカブカだったサイズがぴったりだ。靴もまったく脱げない。
これは凄い、素っ裸に四苦八苦してたのが嘘みたいだ。でも何か、俺には不釣り合いっていうか、凄くお偉いさんが着るような服なんだけど……これが所謂、服に着られるってやつなのかな。
「魔力の減り具合はどうだ?」
「えーっと」
チラリと上を見てみる。確か最大魔力量が1900くらいで……今の残り魔力が1400ちょい。げっ、たった2回身体創造を発動しただけなのに500も減ってるじゃないか! 服作るだけで皇雷並みに消費すんの!?
「すげぇ減ってる」
「完璧にイメージし切れてない証拠だな。身体創造の補正効果が発動したら著しく魔力は消費される。元の服が出来の良い物ならそれだけ消費量も増えるから、それも覚えとけ」
「じゃあ、やたらめったら発動しない方がいいのか。魔力がごっそり削られるのはかなり痛いし」
「使わなきゃそもそも上達しないぞ。それと心配するな。一番多く魔力が消費されるのは最初の1回だけだ。次回以降も同じ服なら消費魔力もそこまでじゃない。
ま、それでも服単体を創り出すよか遥かに燃費は悪いがな」
「じゃあ仮に、服込みで完璧にイメージした場合はどれくらい消費するんだ?」
「少なくとも大量に減る事は無いな。そこまでやれれば魔力の心配はしなくていい。一度感覚を覚えちまえば面白いぞ? 複雑な造りの物じゃなきゃ、基本的にはどんな衣服だってイメージだけで創り出せる」
へぇ、なるほどなー。やっぱり要練習、回数を重ねるべし、か。覚えたスキルくらい完璧に使えるようになりたいし、頑張っていこう。魔力の節約が出来るというなら尚更だ。
「いろいろ教えてもらっちゃって悪いな。何かお礼できればいいんだけど」
服については今後の課題にも入れていた。それが思わぬ形で一気に進歩したのだから、純粋にお礼をと思っての発言だったのだが、何故か途端に少女の顔色が悪くなった。
「あー、いや……ウチとしても、ちっとばかし後ろめたいというか。これでチャラ、は流石に図々しいか。まぁこれくらいはして当然? みたいな事しちゃったしな~」
「ずいぶん歯切れが悪いな。俺が寝てる間に何かしたのか?」
「お前が寝てる間というか、バチバチに起きてる時というか、もっと言うならお前が現れる以前からというか」
露骨に視線も逸らし、落ち着き無く指同士をチョンチョンとくっつけ合ったり、更に頬には一筋の汗。
この顔は見た事がある。嫌ってほど前世で見てきた。この顔は人には言えないような事をした奴が、問い詰められて焦っている時のそれと同じだ。
ホントに何した。体に良からぬ事をしたとかなら、ちょっとお話する必要はある。でも俺も鬼ではないし、多少の事なら笑って許すのが大人ってもんだ。今は子供だけど。
「ま、まぁそれは置いといてだ! まだ名乗ってなかったな」
誤魔化したつもりだろうか。いいけどさ、話した限りじゃ敵意も無さそうだし。
「ウチはヤァム、しがない魔術師だ。お前の傷もウチが治療してやったんだから感謝しろよ? キヒヒ」
「えっ、それを早く言えよ! 命の恩人じゃないか! やっぱり何かお礼しないと……鱗とかいる?」
「ホントか!? いやぁドラゴンの鱗って意外と材料に――うおっほんっ! だーから気にすんな。ちょっとしたお詫びだしな」
めちゃめちゃ欲しそうな顔してたぞおい。よく分からんが、やっぱりどこか遠慮してるっぽいな。後で渡しておこう。
「俺はイヴニアだ。よろしく」
「おう、よろしくな」
いろいろと聞きたい事はあれど、一先ずそれは後回し。俺と少女は固い握手を交わした。
――……
「(……え?)」
予想外の事が起きた。目覚めたのだ。
意識が途絶える直前に思った3度目の人生が叶った訳ではない。上体を起こして自分の体を確認してみれば、そこには間違いなくドラゴンの鱗。
もはや見慣れた、イヴニアとしての姿に他ならなかった。
それに此処は……狭いけど、家の中だろうか。所々壁に隙間だったり穴が空いてるのを見るに、どうやら獣人達の住居みたいだ。
「(嘘だろ、生きてる……のか?)」
ハッとなり頭上の数値を確認した。体力を示しているであろう赤い線は元通りになっており、魔力の数値も全快している。特に変わった感じも無い。
ありえない。あの怪我で生き残るなんて都合が良すぎる。あの時に俺は確信したんだ、確実に死ぬって。自分の体だから直感でそれは分かってた。
にも関わらず、どうだ。死ぬどころか怪我の一切が綺麗さっぱり消えている。
どうなってるんだ???
「(ヴェロニカさん達に治療されたのかな……いや、だとしても無理がある。薬草やポーションでどうにか出来る傷じゃなかった筈だ。
あの規模の怪我を治癒するとなれば、それこそ最上級の治癒魔法が必要だ。でも獣人は魔力を持たないからそれもあり得ない。ホントに何がどうなって――)」
「理解できないって顔だな」
「っ!!?」
うんうんと頭を悩ませていると、突然耳元で声がした。
女の声。ギョッとして自分の横を見てみると、一体いつからそこに居たのか1人の少女が座っていた。
知らない女の子だ。少なくとも俺は見た事がない。俺の人間形態と負けず劣らずな桃色の長髪に、やたらと露出度が高い黒い服。更には、小柄な体躯にはあまりに不釣り合いな大きなとんがり帽子を被っていた。
驚く俺と目が合えば、ニカリと白い歯を見せてくる。金色に輝く瞳が酷く印象的だ。
「キュ……キュキュー?」
「あ? あぁそうか、ドラゴンって話せないんだっけ。めんどくさいなぁ。お前、思考伝達の魔法は使えるか?」
メッセージ? 知らない魔法だな。少女が何者かはともかくとして、敵意は感じられない。ヴェロニカさん達の知り合いだろうか?
とりあえず魔法は使えない……ってより習得自体してないから、否定しておこう。
「……」フルフル
「まぁ、だよなぁ。聖皇竜でも所詮は子供か、使えてる方がおかしい」
何か馬鹿にしてない? というか聖皇竜のこと知ってるのか。何者なんだこの子。
「なら身体創造でいい。とにかく喋れる状態になれ、出来るんだろ?」
そりゃ出来るが、何でこんなに上から目線なんだろう。俺が身体創造を使える事実を知っているって事は、少なくともバジリスクとの戦いを見ていたって事だよな。
この娘も獣人……じゃないな。耳は分からないが、どう見ても尻尾が生えているようには見えない。人間?
まぁいい。俺もこの状況について知りたいし、身体創造を使うのには賛成だ。
「(身体創造、発動)」
今回で三度目となる身体創造。直ぐに魔力の脈動を感じて体が光に包まれる。数秒の後には人間形態になっていた。
うぅむ、跳躍然り、やっぱり回数を重ねる毎に発動までがスムーズになっている気がするなぁ。事前にイメージを固めているのも大きな要因か。
とは言えやはり衣服は創造されていない。半ズボンだけしっかりそのままで上半身は裸だった。
「何でそんな中途半端な格好なんだ。服くらい創れよ」
「それが出来たら苦労してない。身体創造については、いまいち分かってないんだよ」
「身体創造? 妙な呼び方をするんだなお前。……まぁいいや、んじゃ試しにこれ着てみろ」
そう言うや否や、少女の手に光が集まり始める。それはやがて形を変え、色を変え、最終的には服の形となった。
簡素な白いコート。ついでと言わんばかりに下に着る黒いシャツと、同じく黒い長ズボンに靴までセットで渡された。
驚いたな……今のって、もしかしなくても魔力、だよな。あんな短時間でこんなにも精巧に衣服を作り出せるものなのか。
「えっと、代金は? 文無しだよ俺?」
「いらんし。いいから早く着て身体創造に覚えさせろ。そうしたら次に発動する時には、お前用に調整された物が勝手に形成される筈だ」
「……? スキルに服を覚えさせるってどういう事だ?」
「はぁ……お前何にも知らないのな」
うるせー、こちとら手探り手探りでスキル習得してるんだ。文句を言われる筋合いは無いぞ。
「身体創造はイメージが命だ。人の姿をざっくり想像するだけなら然程苦労はしない。だから姿自体は割と簡単に象る事ができる。それでも難しい事に変わりはないが、自覚はあるだろ?」
「思ってた姿とはかけ離れてたけど、まぁ一応一発で成功はしたかな」
「かけ離れてた? ……まぁいいや。だが服はそうはいかない。姿を変えるのとは勝手が違うからな。服込みで身体創造を発動するには、それなりに回数を重ねて感覚を覚えるしかないんだよ。
今みたいに単体で服を作り出す技術もあるっちゃあるが、こっちはより精密な魔力操作が要求される。初心者お断りってやつだから今は気にしなくていい。
まぁ、回数を重ねても一向に上達しない超絶不器用なバカもたまに居るが。そういうバカを補うのが身体創造に隠された仕様だ」
「隠された仕様?」
「お前、スキルを発動する時にそのズボンもイメージしてたか?」
そう言って指差された先には、俺が穿いている半ズボン。ふぅむ、言われてみればこれも謎だったんだよな。
「いや、いつの間にか穿いてた」
「当ててやるよ。元々お前は素っ裸で、身体創造発動中に何かしら股間を隠す物を穿いただろ?」
「……!」
見事に言い当てられてしまった。確かに初めて身体創造を使った時、素っ裸で外を彷徨くのは憚られるから麻袋を簡易的に腰へ巻き付けていたっけ。
「それが答えだ。身体創造発動中に、スキルで生み出した物以外の衣服類を着た場合、スキルがその服の情報を一時的に記憶する。
その状態で次回以降スキルを発動すれば、情報を元により良い衣服をスキルが自動的に創造してくれるんだよ。ちょっとばかし魔力は食うがな」
「ほえ~……知らなかった」
そうか、だから突然の半ズボンか。麻袋を衣服と認識したスキルが、二度目に発動した時に半ズボンへと昇華させたって事だろう。
そんなのスキル詳細には書かれてなかったじゃないか。どうなってんだまったく……。
「まぁ覚えといて損はないぞ。自分で衣服を生み出せるようになるまでの簡易的な措置として使ってけ。
以上の事を踏まえて、ウチが服を渡した理由が分からないとは言わないよな?」
「これを着てスキルに覚えさせろ。あわよくば感覚を覚えて、さっさと自分だけの服を創造できるようにしろ、ってとこ?」
「物分りがいい奴は好きだぞ? 褒めてやる」
「そりゃどうも。……あ、ちなみに服を記憶させた後に別の服を着たらどうなるんだ?」
「新しく着た方が上書きされる。だからよく考えて着ろよ。意図せずおもしろ格好になるのは初心者あるあるだからな」
確かにな。コート着てるのに下は短パンですじゃ流石に恥ずかしい。こりゃ早いとこ身体創造での服生成を覚えないと。
少女が言うには慣れが必要らしいし、今後は積極的に発動していった方が良さそうだ。
イメージが命……服のイメージねぇ。お洒落とは程遠い前世だったからなぁ、分からん。まぁ変に1人で悩むより、他人の服装を見て参考にするのが無難かね。
「ほれ、早く着てみ」
「お、おう」
少女に促されるまま、物は試しと渡された服を着込んでいく。久々に着た馴染み深い人間の服に何となく感動を覚えた。
でも少しばかり残念なのは、服のデザインがかなりシンプルな事と、俺の体には大き過ぎる事。コートの袖なんてブカブカで手が出てない。靴に至っては軽く足を上げるだけですっぽ抜けるし。
上半身素っ裸より遥かにマシだけども……これはこれで動きにくいぞ。
「創ってもらった手前わがままは言いたくないけどさ、サイズ全然合ってないぞ」
「当たり前だろ。お前の体のサイズなんざ知るか」
「えぇ~……あ、なるほどそういう事か」
あんまりな言い草に一言でも言い返そうとして直ぐに悟った。さっき少女も言ってたじゃないか、記憶させた服はより良い物へと生成されると。
試しに着てみろとはそういう事なのだろう。
「(身体創造、解除……あ゙っ!)」
さっそく試してみようとスキルを解除する。直後、このままドラゴンの姿に戻ったらせっかく貰った服が破れるじゃねーか! という当たり前の事に気付き、慌てて取り消そうとするが時既に遅し。
体は光に包まれ、みるみるうちに元の姿へと戻っていく。同時に、着ていた服はビリッビリに破けてしまった。
「……」
「キーッヒヒヒヒヒ!!! お前っ、わざとか!? バカ過ぎるー! キヒヒヒヒッキヒーッ! あー腹痛い!」
「キューッ!!」
すっげぇ恥ずかしい! あーもう、こういう所だよなぁ俺って……格好良く生きるなんて俺には夢のまた夢だよ。
というか笑い過ぎだろこの娘、そんなに他人の失敗が面白いかクソッタレめ。
とりあえず破けてしまった服を力任せに取っ払い、少女の笑いを尻目に仕切り直す。気にしたら負けだ。
改めて身体創造を発動させて、再び俺は人の姿となった。今回は人の姿に加えて、さっき貰った服をイメージしながらでの発動だが……さてさて。
「おお……!」
見下ろしてみれば思わず感嘆の声が漏れた。
何の飾り気もなかった白コートは所々に赤い刺繍を施されたものに変わっており、シャツとズボンも細かい部分がかなり作り込まれた物になってる。何よりブカブカだったサイズがぴったりだ。靴もまったく脱げない。
これは凄い、素っ裸に四苦八苦してたのが嘘みたいだ。でも何か、俺には不釣り合いっていうか、凄くお偉いさんが着るような服なんだけど……これが所謂、服に着られるってやつなのかな。
「魔力の減り具合はどうだ?」
「えーっと」
チラリと上を見てみる。確か最大魔力量が1900くらいで……今の残り魔力が1400ちょい。げっ、たった2回身体創造を発動しただけなのに500も減ってるじゃないか! 服作るだけで皇雷並みに消費すんの!?
「すげぇ減ってる」
「完璧にイメージし切れてない証拠だな。身体創造の補正効果が発動したら著しく魔力は消費される。元の服が出来の良い物ならそれだけ消費量も増えるから、それも覚えとけ」
「じゃあ、やたらめったら発動しない方がいいのか。魔力がごっそり削られるのはかなり痛いし」
「使わなきゃそもそも上達しないぞ。それと心配するな。一番多く魔力が消費されるのは最初の1回だけだ。次回以降も同じ服なら消費魔力もそこまでじゃない。
ま、それでも服単体を創り出すよか遥かに燃費は悪いがな」
「じゃあ仮に、服込みで完璧にイメージした場合はどれくらい消費するんだ?」
「少なくとも大量に減る事は無いな。そこまでやれれば魔力の心配はしなくていい。一度感覚を覚えちまえば面白いぞ? 複雑な造りの物じゃなきゃ、基本的にはどんな衣服だってイメージだけで創り出せる」
へぇ、なるほどなー。やっぱり要練習、回数を重ねるべし、か。覚えたスキルくらい完璧に使えるようになりたいし、頑張っていこう。魔力の節約が出来るというなら尚更だ。
「いろいろ教えてもらっちゃって悪いな。何かお礼できればいいんだけど」
服については今後の課題にも入れていた。それが思わぬ形で一気に進歩したのだから、純粋にお礼をと思っての発言だったのだが、何故か途端に少女の顔色が悪くなった。
「あー、いや……ウチとしても、ちっとばかし後ろめたいというか。これでチャラ、は流石に図々しいか。まぁこれくらいはして当然? みたいな事しちゃったしな~」
「ずいぶん歯切れが悪いな。俺が寝てる間に何かしたのか?」
「お前が寝てる間というか、バチバチに起きてる時というか、もっと言うならお前が現れる以前からというか」
露骨に視線も逸らし、落ち着き無く指同士をチョンチョンとくっつけ合ったり、更に頬には一筋の汗。
この顔は見た事がある。嫌ってほど前世で見てきた。この顔は人には言えないような事をした奴が、問い詰められて焦っている時のそれと同じだ。
ホントに何した。体に良からぬ事をしたとかなら、ちょっとお話する必要はある。でも俺も鬼ではないし、多少の事なら笑って許すのが大人ってもんだ。今は子供だけど。
「ま、まぁそれは置いといてだ! まだ名乗ってなかったな」
誤魔化したつもりだろうか。いいけどさ、話した限りじゃ敵意も無さそうだし。
「ウチはヤァム、しがない魔術師だ。お前の傷もウチが治療してやったんだから感謝しろよ? キヒヒ」
「えっ、それを早く言えよ! 命の恩人じゃないか! やっぱり何かお礼しないと……鱗とかいる?」
「ホントか!? いやぁドラゴンの鱗って意外と材料に――うおっほんっ! だーから気にすんな。ちょっとしたお詫びだしな」
めちゃめちゃ欲しそうな顔してたぞおい。よく分からんが、やっぱりどこか遠慮してるっぽいな。後で渡しておこう。
「俺はイヴニアだ。よろしく」
「おう、よろしくな」
いろいろと聞きたい事はあれど、一先ずそれは後回し。俺と少女は固い握手を交わした。
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