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お前はどうしてそこまで出来る…?

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 ──そして、その日のお昼時
 俺はとうとう、山下に白旗を揚げる時が来ちまったんだ。

 昼休みのチャイムと同時に、いつもならくしゃみ野郎と購買争奪戦争に行くはずなのに、独りでに教室を駆け出していく山下。

 くしゃみ野郎も山下の突然の行動に、何が何だか分かっていない様子でどこか戸惑いも滲み出していた。

 山下…どうしたんだよ…
 友達でもなんでもないのに、山下の行動が気になる…

 そして、何故あんなに無我夢中で駆け出していったのか…

 その答えは数分後、若干ボロボロになりながら教室に帰ってきた山下が、教えてくれる事になったんだ。

 ──教室に戻ってきた山下は、若干ボロボロになりながらも他の目も憚らず、一直線に俺の元へと寄り添ってきて、ある物をまた机の上にちょこんと乗せてきた。

 そして…

「山際くん、数学の時間ありがとう…僕、すごく嬉しかったよ…?これ良かったら飲んでみて?僕の大好物だから…!」

 そう、俺のために…俺にお礼を伝えるために山下は、あの購買争奪戦争に一人で立ち向かっていったんだ…

 Ωで華奢で…体力もないはず…
 あの戦争に山下が入ったら、怪我どころでは済まない可能性だってあるはずなのに…

 自分の大好物を自分のためではなく…
 俺のために、こいつは買ってきてくれたんだ…

 山下の行動が嬉しくて堪らなかった。
 その反面、俺なんか『ありがとう』もこいつに伝えられていないのに…

 お…俺の負けだ…

 俺はそっと山下に目を向けてみたんだ。
 そこには目を向けてくれた驚きもあっただろうに、俺に優しく微笑む山下の姿…

 だ、ダメだ…!やっぱり直視は出来ない…
 可愛すぎて、胸がおかしくなりそうだ…

 俺はそのまま山下から目を逸らし、山下の大好きないちごオレに目を向け、両手で大事に握りしめた。

 俺は…俺はずっとこいつに『ありがとう』を言えないのか…?

 もう、素直になれ…
 こいつなら、こいつなら大丈夫…
 いや違う…俺には、こいつしかいない…

 落ち着け…落ち着け…
 ちゃんと思いを伝えろよ…俺っ!

 俺は握ったいちごオレを潰れない程度にギュッと握りしめ…山下の顔なんかに目も向けず、渾身の一言を吐き出したんだ。

「…ありがとな…」

 やっと伝えられたこの一言に、嬉しそうな表情で席へ戻る山下とは裏腹に、俺の鼓動は感じたことがないほど高鳴っていたのは、俺だけの秘密だ。
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