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番外編 クリスハートの結婚
溝
しおりを挟むあの初夜の日から、以前のようにフランシスが俺の全てを受け止めるという事がなくなった。
どうやら俺に対して一線引いたようだ。
でも嫌悪とか憎悪とかそういったものではなく、一途に俺の愛情を求めるものでは無くなった、という感じだ。
俺の話しを聞いてこうなったんだろうけど、どの辺を聞いてこうなったのかが分からない。
同情ではないだろうし、呆れたってわけでもなさそうで、この関係がどういうものなのかが分からなかった。
夫婦の寝室はたまに使っている。
フランシスが、子供は一人は作りましょうと月のこの日に子種を下さいと申告してくるようになった。
なので月に数回抱いている。
そしてフランシスは懐妊した。
知らせを聞いた俺は、フランシスの所へすぐに向かった。
「フランシス、子供が出来たと聞いた。
身体は大丈夫か?悪阻は酷いのか?」
「フフ、身体は大丈夫ですよ。悪阻も今のところ大丈夫です。
嬉しいですか、クリス様。」
「ああ、俺達の子供だ、嬉しくないわけないだろ。」
「良かった、本当に喜んでるんですね、安心しました。」
「俺は家族というものをブライアン以外知らないんだ。
母上の記憶もあるし、愛された記憶も残っているが、たった数年しかない。
父上と過ごす時間などなかったし、ブライアンとしか過ごして来なかった。
だから、俺に妻がいて子供がいるなんて信じられないくらい嬉しいよ。」
「本当だったらクリス様は子沢山でしたものね。」
少し棘のある言い方をしたフランシスを見つめた。
「だってそうですわよね、クリス様。
何人もの方がクリス様のお子を身籠ったのでしょう?ようやく私も仲間入りですわね。」
「何が言いたい。」
「いえ、何も。クリス様に抱かれ、子を身籠り、堕胎した女性はさぞクリス様を恨んでいるでしょうね。
だって今の私のような方に堕ろせと言ったのでしょう?信じられませんわ。」
「そうだな。私がしてきた事はそういう事だ。気に入らないのなら、私は子が産まれるまで顔を出すのはやめよう。
其方の腹の子も私の声など聞きたくもないだろうからな。」
俺の顔付きが変わったのが分かったのか、途中から顔色を変えたフランシスは言い過ぎたと思ったのだろう。
汚いと、穢らわしいと、思っているならそれでも良い。
最低限の付き合いをすれば良いだけだ。
「クリス様・・・私・・・」
「出産するまでは共寝はやめよう。
身体を冷やさぬよう、気をつけなさい。」
「待って、クリス様!私は…」
「執務に戻る。妊娠中は精神的に不安定になると聞く。
俺では其方を癒してはやれないだろうからしばらく食事は別々に食べることにする。
それでは。」
今フランシスの側にいたら、余計な事を言いそうだ。
急な暴言に、最初はどうした?と思ったが、あれは明らかに俺を傷付けようと攻撃した。
まあ、最低なクズだから仕方ないが。
しばらく顔を合わせるのを控えよう。
そしてこの日から俺はフランシスとは没交渉となった。
何度か食事をと、お茶をと、誘われたが忙しいと断った。
まあ意地になっていたのもある。
フランシスなりに俺がしてきた事を飲み込むまでに時間がかかる事も分かっている。
だが、あれは明らかに俺を侮辱した言い方だった。
女として許さないだろうし、婚約者として最低だったのは間違いない。
不貞に当たるし、裏切ったと罵られても仕方ない。
でもある程度は俺の行いは広がっていた。
それを知っても婚約を解消せず、俺を選んだのかと思ったが、意外と知らなかったのかもしれない。
それでも・・・仕方ない・・俺がわるいのだから・・・。
ああ・・・癒されたい。
出かけようか。
少し外に出たい。
息が詰まる。
俺の執務室にいる側近に、
「済まないが少し出る。」
と言い着替える為に部屋に戻った。
着替えて廊下に出ると、フランシスの侍女が廊下で俺を待っていた。
「クリスハート様。少しお時間を頂けないでしょうか。」
「少し外出する。帰ってからではダメなのか?」
「ほんの少しでもフランシス様にお会いする事は出来ませんでしょうか。
フランシス様はとても悔やんでおります。
あんな酷い言い方をする気などなかったと泣いておられます。
身体にも影響が出てしまいます。
どうか、数分で構いません。
フランシス様にお顔をお見せになっては頂けないでしょうか。」
「酷い言い方だったな、アレは。
私を明らかに侮辱した言い方だった。
会いたいと言うなら、何故あのような事を言ったのだろうか?
心の奥底で、そのように思っているからであろう?
顔も見たくないと言いたげな眼差しだったが?
私が最初に傷付けたのだから仕方ないのであろうが、私も傷付かない訳ではない。
今、顔を見ればお互いまた汚い言葉を言ってしまうだろう。
せめて安定期に入るまで、心穏やかに過ごして欲しいと伝えてくれ。」
「食事も取れないほど窶れているのです!
どうか、少しだけ、少しだけお会いになって下さいませ。」
と廊下に跪き、頭を下げる侍女をため息を吐きながら立たせた。
「ハア…顔を見るだけだ。」
そしてフランシスの自室の寝室に行くと、顔色の悪い窶れたフランシスがベッドに横たわっていた。
「フランシス。食事が取れないと聞いた。
身体を大事にしてほしい。
きちんと食事は取りなさい。」
「クリス様⁉︎」
「廊下でお前の侍女に土下座された。
二度とそのような事はやめて欲しい。」
「あ…申し訳ございません…。」
「何故食事を取らない。産みたくないのか?
俺はお前に子が出来たことを本当に嬉しいと思った。
あの時もそう言った。
なのにお前は俺を侮辱した。
産みたくないのならばはっきり言って欲しい。」
「産みたいに決まっています!
ただあの時は・・・急に思い出してしまったのです・・・クリス様がお付き合いされていた方々を…。
嫉妬してしまったのです…クリス様には子を孕ますまで抱いた女性がいると、急に思い出してしまったのです…。
それであんな言い方を・・・」
「私がやってきた事は最低なのは分かっているし、許してもらおうとは思っていない。
過去は変えられないが、だからこそ其方を大切にしようと思っている。
だが、あのタイミングでの其方の言葉は私の気持ちをへし折った。
だからもう少し待って欲しい。
決して二度と会わないというわけではない。
だから食事はちゃんと食べて欲しい。
のんびり好きな事をしてくれて構わない。
これから少し出かけねばならない。
もう行くが、何かいい足りない事はないか?」
「いつ頃までお待ちすれば良いのですか?」
「・・・其方を嫌いになったわけではない。
だから、休暇だと思い、ゆっくり過ごせば良い。」
「・・・・はい。」
寝室を出る時に振り返り、
「名前を考えておく。其方も考えておいて欲しい。」
と言うと、フランシスは少し笑って「はい」と言った。
フランシスが引いた一線は、線ではなく溝になった。
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