帰らなければ良かった

jun

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もう逃げない

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ブライアン視点


シシリーが刺された。


あんなに近くにいたのにシシリーを守れなかった。
最年少副団長就任?
次期団長?
なんだそれ?
最愛の婚約者も守れない男が団長?

そんなのいらない…
シシリーがほしい。
他は何もいらない。


シシリーは処置室に入って、かなりの時間が経っている。

こんな事件はよくある事なのに、初めての事件ように身体が震える。


シシリーから貰った懐中時計を握りしめる。

シシリーの写真を入れておけば良かった…。

結婚式の写真を入れたかったからまだ何も入れていない。

今朝、一緒に出勤し、久しぶりの二人の鍛錬で汗を流した。
シシリーの流れるような剣筋は相変わらず綺麗だった。

シシリーが入隊した事は知っていた。
実技満点に近い点数を叩き出した美女が入隊したと噂になっていたから。
興味はなかったが、剣の腕は見てみたかったので、何回か訓練所を見に行った。

俺目当ての入隊希望の女性が後を絶たないらしく入隊試験は数年前から厳しくなった。

なのでここにいる女性騎士は俺に興味がない者がほとんどだ。
それでもチラチラ見てくる者はいる。
だが、それだけで何かしてくるわけでもないので気にはならない。

シシリーの剣筋はとても綺麗だった。
シシリー自体美しかったが、興味はなかった。

何度か見かけても俺と目が合ったことはなく、俺もそれを気にした事はなかった。
それから数年後、シシリーは一番隊のリーダーになっていた。

団長の執務室に報告書を提出する為や、任務の事でちょくちょく顔を合わせるが、他の男性団員と何も変わらないシシリーの態度に好感を持っていた。

好感を持っている事に俺自身、気付いてなかった。

ある日、制服の袖のボタンが取れそうになっていたので、自分で縫い付けていた時、シシリーが執務室に入ってきた。
団長は不在で俺だけしかいなかった。
よくある事なので、シシリーは書類入れに報告書を入れ、出て行こうとした時、
シシリーが笑った。
驚いたが、笑われた事に恥ずかしくなり、

「笑うな!」と言うと、

「私がやりましょうか?」

と声をかけてきた。

実は裁縫が苦手な俺のボタンはつけたにも関わらず、ブラブラしていた。

「頼む…」

と言うと、シシリーはサッとつけてしまい、俺に制服を渡してきた。

「副団長ってなんでも出来そうなのに意外と不器用なんですね。
それでは失礼します。」

シシリーは微笑んだ後そう言って出て行こうとしたので、

「ありがとう…」

と言ったら、一瞬驚いた後、嬉しそうに笑った。

その顔がその日から忘れられなくなった。


それからは顔を合わせれば雑談を交わすようになった。

俺は子供の頃から女性と会話なんてした事がない。
なのに何故かシシリーとは自然と会話する事ができた。

シシリーは他の団員と同じように俺と話す。
目をギラギラさせる事もなく、
ベタベタ触ってくる事もなく、
会話も必要以上に長引かせる事もなく、
逆に物足りないほどあっさりしていた。

知らずシシリーを目で追うようになった。

するとシシリーが誰と仲が良いのか分かってくる。
二番隊のミッシェル・リーガルと一番隊副リーダーのカール・ケンネルだ。

シシリーの横には常にこの二人がいた。

そしてカールがシシリーを好きな事が分かった。
何故か面白くなかった。
俺はたまにしかシシリーと話せないのに、アイツは毎日シシリーの横にいる。
副リーダーなので当たり前だが、仕事が終わった後も一緒なのだ。

“俺もシシリーの隣りにいたいのに”

そう思った。

そして気付いたら、シシリーを食事に誘っていた。

二人での食事は楽しかった。
シシリーはよく笑い、よく食べた。
俺もこんなに笑った事も、こんなに楽しく食事した事もなかったから楽しくて仕方なかった。

ここでようやく気付いた。

あー俺はシシリーが好きなんだと。

だからカールに取られる前にと、シシリーに告白した。

生まれて初めて女性に告白した俺は、
正直何を言ったのかよく覚えていない。

でも、シシリーが泣きながら、
「嬉しい…」
と言って抱きついてきてくれたから、俺も嬉しくて、初めて女性を抱きしめた。

こんなに女性って柔らかいんだと思った。
シシリーは身体も締まっているし、筋肉もそれなりに付いているのに、柔らかくて良い匂いで離したくなかった。

それからはシシリーしか見えなくなった。
他の女性なんか目に入らなかった。
だからシシリーが嫌がらせされてる事に気付かなかった…。
何やってたんだよ、俺…。

シシリーと付き合うようになって、ミッシェルやカールとも話すようになり、団長が嬉しそうに、
「やっと人間らしくなった」と言っていた。

俺が笑うようになったと団長が言ってた。

そう言われてみれば、楽しいなんて思った事なんてなかった。

シシリーと会って、好きになって、付き合い始めてからは切なくなったり、イライラしたり、嬉しくなったりと感情が溢れてきていた。

それから婚約するまではあっという間だった。
幸せだった。

後少しで、シシリーが毎日朝も夜も俺の隣りにいてくれる毎日が待っていた。

なのに…。


シシリーがいなくなるのが怖い。
俺の世界からシシリーがいなくなるなんて考えられない。

だからシシリー、頑張れ、早く俺の側で笑ってくれ。

そんな事をずっと考えていた時、団長が来た。


俯く俺に団長が、犯人を捕まえた事、ラルス団長が手伝ってくれるので俺はシシリーに付いていていいと言ってくれた。
そして、

「ブライアン、俺はお前を弟のように思っている。
その弟をこんな姿にしやがった女は俺がキッチリ締めてやる。
必ずお前達を笑顔で結婚させてやる。
だからお前もシシリーの為に、しんどくても頑張って踏ん張れ!分かったな?
じゃあ、また後で顔を出すからな。」


いつも無愛想な俺を連れ出し、飯を食べさせ、酒を飲ませては、ゲラゲラ笑って俺に付き合ってくれた団長が、俺達の為にこんなに殺気を出し怒ってくれている事に涙が出そうだった。
だから、俺はここで俯いてなんかいられないと、踏ん張らなければと思えた。

そうシシリーは死なない。
その辺にいる女とは違う。
シシリーは絶対諦めないはずだ、必ず目を覚ます。

そう思ったら身体の震えは止まった。

だから俺は今起きてる事を完璧な形で終わらせてみせる。

ナタリアは許さない。
アイツに二度と俺たちの邪魔なんかさせない。二度と日の目なんか見させない。

シシリーに嫌がらせをしてた女達には俺を見れば震え上がるようにしてやる。

薬を盛った女は、俺を好きになった事を後悔させてやる。

俺に付き纏っている女達にはシシリーに手を出したらどうなるかキッチリ教えてやろう。

もう無視なんかしない。
放置もしない。

シシリーと笑って結婚式を挙げられるように、俺の事が好きな、大っ嫌いな女達と真正面から顔を合わせてやろう。

そして、俺を大っ嫌いになってもらおう。


そう思った時、処置室が開けられた。


「処置が全て終わった。刃先が後ちょっと深かったら死んでただろう。
もう大丈夫だ。」
と先生が言った。


良かった・・・・
安心して泣いた俺を見て、先生が、

「お前が泣くとは思わなかった。もう大丈夫だよ。」
と優しく肩を叩いた。










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