帰らなければ良かった

jun

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番外編 奪還と返還〜エドワードの純愛

最愛を守り続けた男は…

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エドワード視点


シシリーとブライアンが手を引いたあの時から五年が経った。

ブライアンの直筆の刑期終了の手紙が二枚。
一枚は修道院に保管、そしてもう一枚は俺が書いた手紙。
五年前、きちんと陛下にも説明し、公文書偽造にならないよう手は打ってある。

10年目の今日ベルがその手紙を受け取る所を隠れて俺とラルスが見守っていた。

手紙を受け取ったベルは手紙を胸に泣いていた。

名前はブライアンだが、書いたのは俺だ。

「あーあ、なーんにも変わってないんだね、あの子。」

「ああ、ここを出てからどう出るかだな。」

「この街に止まる事はないね、きっと。」

「俺もそう思う。俺はこのまま尾行する。お前は帰っていいぞ。」

「じゃあエドに任せようかな。全部終わったら教えて。」

そう言ってラルスは帰って行った。

修道院の外で、ベルを待っていると、案の定近くの街に行くわけではなく、すぐに街とは逆方向に向かって歩き出した。

王都への立ち入り禁止とブライアンとシシリーへの接近禁止命令にちゃんと従うのであれば、働き先も治安も良い修道院のすぐ近くの街に行くだろうとラルスと話していたが、真っ直ぐに王都近くへと行こうとしているのだろう。

途中辻馬車に乗りながら、休み休みではあるが止まる事などなく、真っ直ぐ王都のギリギリ手前の街にようやく働き先を決めたようだ。

俺も移動しっぱなしで一日だけ休んでから、ベルが働く店に行った。

俺の顔を見たベルは、俺が何しに来たのかすぐ分かったようだ。
最初はシラを切ったが、ベルはこの地でブライアンが通りかかるのをずっと待つつもりだった。

声を潰し、馬車を降り、娼館へ向かう直前、手紙の種明かしと脅しの一言を言った後、俺はその場を後にした。

数年後、ベルは死んだ。




俺は、親に勧められた女性と見合いをし、結婚した。
相手は十歳歳下で落ち着いた大人しい女性だった。
結婚して一年後、息子が生まれた。

その後の夫婦生活は妻に頭を下げて、跡取りが出来たのでもう子作りはしない、と告げると寂しそうに笑って頷いてくれた。

息子はとても可愛かった。
妻もこんな愛想のないおじさんに文句も言わずに尽くしてくれている、良い妻だ。

寝室は別だが、仲は悪くはなかった…と思う。

息子が結婚式を挙げた日、妻に、

「離婚して下さい」

と言われた。

理由は分かっている。
妻は気付いていた、夜会や騎士団の集まりの時、俺の視線の先に誰がいるのかを。

「いずれは私を見てくれると思っていました…。
でも息子の結婚式までも、貴方はあの方をさりげなく見つめていました。
もう疲れました…。」

「お前の事を大事に思っていた。
だが、長い間、お前を傷付けていた。
済まなかった。」

「最後まで愛しているとは言って下さらなかった・・・さようなら」


出て行く準備は出来ていたのだろう。
本邸を息子夫婦に譲り、俺達は別邸に移る予定だったが、妻は実家に一旦帰り、貰った慰謝料で小さな家を買い、一人でそこに住んだ。
俺はすでに息子に仕事を引き継いでいたので、別邸には行かず、旅に出る事にした。

転々としながら、ふと、辺境伯領の小さな墓の事を思い出した。

その墓を一度見てみたかった。

ブライアンの話しでは、もう天国に行ってしまったらしい、ちびブライアンはいないけれど、あのキャシーが悔い改め、毎日祈りを捧げた墓を見たかった。

途中にある孤児院にも寄ってみよう。
カールが子供達の先生をしながら剣士を育てた場所。

俺は辺境伯領へ向かった。

のんびりした一人旅はとても楽しかった。

馬で移動し、宿には身体を洗いたい時に泊まるだけで、後は野宿だ。
街や村で家の修理や護衛のような事をやり、食糧やお金をもらいながら、ようやく辺境伯邸に着いた。

連絡はしていたので、ロドニー辺境伯が出迎えてくれた。

そして、小さな墓を見た。

大きな木の根元に、本当に小さなお墓。
今でも花とパンが供えてあった。

ここにあの時の子がいたのか…。

俺も手を合わせ、その場を離れた。




墓を見ても、“ここなんだなぁ”としか思わなかった。

来たくて来たのに、この感動の薄さ。

何故だと思ったが直ぐに謎が解けた。




俺はシシリーの育った場所に行きたかったんだ。

一度で良いから見てみたかったんだと。




こんなんだから離婚されるのだ。



何十年も片想いを続ける気持ち悪いおっさんに、妻は愛想もつきるわなと苦笑してしまう。


ロドニー殿に挨拶し、辺境伯邸を出た。
泊まっていけと誘ってくれたが、今日中に寄りたいところがあると嘘をつき、すぐさま邸から離れた。
勘のいいロドニー殿は、私の気持ちなどとっくに知っているだろうが、これ以上ボロを出さないためにここを早く離れたくて馬を走らせた。

走らせている途中、カールがいた孤児院があった。

馬を止め、外で遊ぶ子供達や景色を眺めていると、殺気を感じ、そちらを見ると男が俺を睨みながら近付いてきた。

「何か御用が?」

「済まない。昔、知り合いがここにいた事を思い出していた。もう離れるので心配ない。」

「昔・・・カール先生の事ですか?」

「カールの弟子なのか?」

「はい。カール先生に鍛えてもらい、オニキス騎士団に入る事が出来ました。
貴方は、カール先生のお知り合いなんですか?」

「ああ、部下だった。辞めてから一度も会えずにいた…。
カールはこんな立派な弟子がいたんだな。」

「立派ではありませんが、たくさんの弟子がいますよ、先生は俺達の父親であり、大切な存在でした。」

「カールに家族はいなかったのか?」

「家族…と言えるのかは分かりませんが、最後を看取った人はいました。
辺境伯邸にいた…ちょっと訳ありで働いていた女性なんですが、その人も先生が死んですぐに亡くなりました。」

「訳あり…」

「詳しくは言えませんが、王都にいた時の知り合いみたいですね。
恋人ではなかったけど…お互い好きだったと思います。」

「そうか…カールは最後は一人ではなかったんだな。良かった…。
カールの墓は何処にあるんだろうか?」

カールの墓を教えてもらい、そこへ行くと、
カールの墓の隣りに、“キャシー”の墓があった。


カールはたくさんの子供達を健やかに育て、
自分の最後を看取ってくれる相手も見つけ、
穏やかに死んだんだな…

それに比べて俺は…。

自分のしてきた事に悔いはないが、せめて妻となった女を幸せにしてあげたかった。
あんな顔をさせて、一人で家を出してしまった俺が一番の罪人だと、やっと分かった。


そして、ひたすら馬を走らせた。


小さな家の庭で、花壇の花に水をやっているその女性が気配を感じてこちらを見た。

目を見開いた後、

「待っていても無駄と思っていました…。
思っていましたが、きっと来てくれるとも思っていました…。」



「待たせてしまって済まなかった。
だいぶ遠回りをしてしまった。

俺は…





お前を愛している。」













***********************


エドワードの気持ちをどうするか、迷いに迷ってしまい、投稿出来ませんでした。

待って下さっていた方々、申し訳ございませんでした。

これで『奪還と返還~エドワードの純愛』は完結となります。

次に結婚式の裏側を書いて、完結となります。


もう少し、お待ち下さいませ。


いつも読んでくださり、ありがとうございます。

頑張ります!









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