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The Cross Bond Side Story Ⅲ
第九話
しおりを挟む京子に浦美から連絡があったのは、あれから暫くしての事であった。浦美は序盤から、一人の少年に目星を付けていた。化け物の波長と合う少年に近づき、わざわざ能力を使ってまで同じ学校に近づいて彼の行動を監視していた。しかしエイリアンの事件が起こる時に彼がその場に居なかった為、彼の嫌疑は晴れ
かていた。そんな時に、浦美は一人の少年と出会ったという。
「情報提供者の人狼の子が良い作戦を考えてくれたわ。智也っていう子なんだけど」
そう言って、彼女は時間を遡り、少し前に起きた出来事を語り始める。
智也は、病院行きのバスの中で溜息を吐いた。もう夜になってしまったが、仕方が無い。これ以上親友に事件に関わらせていたら、いつか彼は正義の為に命を投げ出すだろう。昔から、正義感の塊の様な人間で、放っておけばいい事に自ら首を突っ込む癖があった。人が良いと言ってしまえばそれだけの話ではあるが。他人の為に火の中へ飛び込む義に熱い男故にいつかその炎に身を焼かれるだろうと危惧していた。
(・・・・・・・・・全く、困ったもんだ)
あの匂いを嗅いで智也も斉藤庄司が唯の人間では無い事を確信した。血の匂いを纏わりつかせる黄色いレンコートと自転車を警察が調べれば何か分かるかもしれないが、人の物でない可能性もある。空回りに終わればそれに越した事はないが、嫌な予感がしていた。学生や、社会人に老人と沢山の人が乗っては降りていく中で先ほど嗅いだ斉藤庄司の匂いが、智也の鼻についた。
(――――ッ!?・・・・・・嘘だろ!?)
斉藤庄司が、このバスの中に乗っている。慌てて周囲を見渡すと、匂いは最前列の右側から匂ってきた。心臓が鳴る音が大きくなるのが分かる。
(病院に居ると聞いていたが、もう退院したのか?)
バスが公園の前で止まって、あの男の匂いを纏う席に居る者が立ち上がって降りる準備を始めた。黒い髪の女学生で男ではない事に気づいたが少女に目を向けた。
(ありゃ、普通の人間じゃないな。妖気も桁外れだし)
何か関係があるのかもしれない。そう考えて彼女の後を追いかける。同じ場所でバスを降りて、彼女がどこへ向かうのか智也は気づかれない距離を保った。行き着いた先は、古いマンションの5階にあるアパートの扉の前。何をしているのかと様子を伺っていると彼女は何か呟いている。
「じゃあ、私の体を貸すから思う存分やりなさいな」
急に少女が光に包まれて、全くの別人へと変化する。20代半ばの茶髪の女性だが、目がどこか虚ろである。ノックを2回程すると、扉が開いたが男は驚いた様子で大声を上げた。
「ひぃああああああああ!!なっ・・・・・・何でお前が・・・・・・死んだはずじゃ・・・」
声にならない声で、掠れた声で震え始める。
思い切り、扉を閉じようとした様子だったが、全く動かない。
「ねぇ、どうして私を裏切ったの?私、あんなに貴方に尽くしたのに」
「ちっ・・・・・・違うんだ、そうじゃない!!俺はお前を愛してた!!」
「じゃあ、その後ろに居る女は・・・だぁれ?」
急に扉が勢い良く開いて、奥に居る女が吃驚してこちらを覗き込む。薬をキメているせいか、肌もボロボロで髪も綺麗とは言えない女性である。下着姿ではあるが、痩せ細っており、生気に欠けている。
「え、そいつ死んでなかったの?」
「馬鹿野郎、一緒に殺して埋めに行っただろうが!!」
男の怒声が響き渡ると、生気の無い女性が狂った様に笑い始めた。
「アハハハハハハハハハハ!!そうだった!!」
「―――もっぺん殺して埋めてやる!!」
男性が、台所から包丁を持って来て、女性に襲い掛かるが、男性が刺したと思うと、女性の姿が消える。気が付けば、後ろ回って男性を抱きしめ、耳元で女性は囁いた。
「・・・貴方も、一緒に死んでくれるよね?」
男はぞっとして、背筋が凍りついた。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
力一杯、声を荒げて振りほどいて目の前の女性に殺意を向ける。興奮して、頭に血が上っていた。先ほどとはうって変わって弱弱しく見える彼女が兎に見える程に。
「今、殺してやるからな」
「ちょ・・・?何、何、私じゃないよ!?ぐえ!!」
男性が振り下ろした包丁が、女性の喉を一突きする。血が流れて畳の床を赤く染め上げる。何度も、何度も、何度も突き刺す。やがて動かなくなった事を確かめると、男は息を切らしながら安堵の表情を浮かべた。
「何だ、もう終わりかよ!!ええ?オイ」
「私は、こっちよ?」
後ろを振り向くと、目の前に女性が映っている。前を向きなおすと、生気の無い女性が血塗れで倒れていた。唇が震えて、体が動かなくなって、恐怖で顔が歪む。
「すまなかった・・・・・・俺が悪かった・・・・・・許してくれ伊代ォ!!」
女性はゆっくりと、彼の後ろに回り込んで彼の手に持つ包丁の刃を一緒になって彼の首筋に持っていく。耳元で、殺意を孕んだ目を向けて、静かに彼女は彼に告げた。
「――――イヤよ、死んで」
そのまま、手を動かして男は自分の手に持つ包丁で首を刺した。
痩せ細った女性と重なり合うように倒れ込む。
床がまた血に染まっていく。
女性はまた黒髪の少女へと戻ると、一言呟いた。そして上に浮かんでいる何かに諭すように告げた。実際、彼女の目には先程の女性が浮かんで見えている。
「これで、貴方の怨みは晴らしたわ。後は天界の遣いが来るまで、元の場所に戻りなさい。グズグズしてると地獄の門が開いて貴方も一緒も連れてかれちゃうわよ?・・・・・・さて、後は」
浦美は玄関の扉を開けて、先ほどまで覗いていた少年の背中を見た。全力で疾走して逃げていく。階段を段飛ばしで下りながら智也は息を切らしながら全力で階段を下りた。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!とにかく逃げろ!!)
斉藤庄司を追いかけようとして、とんでもない物に遭遇した事に後悔した。アパートの敷地から抜け出そうとすると目の前に先程の黒髪の少女が待ち構えている。反対側に逃げようとしたが、振り向いた瞬間に先回りされてしまった。
「貴方、バスから私を追いかけて来たわよねえ?理由をお聞かせ願えるかしら?」
足を止めて、冷や汗と背筋を凍らせながら、智也は観念して首を縦に振った。
智也と浦美は、近くの公園まで来ると浦美はベンチに座って智也に尋ねた。先程居たマンションからは、パトカーの音が鳴り響いていた。騒々しい騒ぎになっているに違いない。目の前に犯人が居るがどうしたものかと智也も困惑していた。というか、全力でこの場から去りたい一心だった。
「じゃあ、私を追って来た理由を聞かせてくれる?」
「あんたの体から、斉藤庄司の匂いがしたんだ。俺、人狼で普通の人間より嗅覚良いから。知り合いが正義感の塊みたいな奴で4月の初旬に子供を殺した犯人を追ってる。知り合いが言うには匂いがそいつだってんで今から少しばかり会いに行こうかなと思ってたらあんたに出くわした。こっちも聞かせてくれ。どうしてあんたから匂いが?それに・・・・・・」
ちら、とマンションを移すして、次に浦美を見る。
「人を殺してた」
「それが、私の存在意義だもの。私の名前は晴野浦美(はれるやうらみ)。昔からウラミちゃんって呼ばれてるわ。私は人の怨み辛みを晴らしたい思いから生まれた化身の様な存在。さっきは、あの男に殺された女性の声を聞いてその願いを叶えてあげたのよ」
「つまり・・・妖怪?」
「そうよ?純粋な妖怪に会うのは初めて?」
「そうかも」
「人狼って言ったわよね。ひょっとして、陰陽庁に情報提供したのも?」
「俺の知り合いです」
「成程ね、私は今街に出没する妖怪に殺された子の願いを聞いてそいつを追ってるの。私も初めは同じ気を感じる庄司君の事を疑って近づいたんだけどね。あの子にはアリバイがって白になったのよ」
「アリバイ?」
「4人の男の子が殺されたダンスクラブの一件の時、彼は病院に居て現場には行ってない。私に彼の匂いがするのは最近会ってたせいね」
「それで、匂いがしたんだな」
智也は、大きく息を吸い込んで、それから勢い良く吐いた。
「あー・・・もう、何か疲れた。結局、あいつには2つの容疑が掛かっているんですね」
「そうね。そしてどちらにも関与していない。悪い子じゃないし」
(幾つか疑念は抱いてはいるんだけどねえ)
智也はペンを取り出して、小さい紙のような物に何かを書き込んでいる。それが終わるとすっくと立ちあがって、智也は礼をした。
「情報、ありがとう御座います。あいつにも、少し頭を冷やす様に言ってこの件から引くように言い聞かせます」
「それが良いと思うわ。もう帰るの?これから庄司君の所に見舞いに行く予定なんだけど、何なら一緒に行く?」
「いえ、結構です」
さっきの殺人現場が頭に残っていて、正直それどころではない。さっさと寝て、忘れたいと切に願っていた。浦美も、公園を後にして病院に向かおうとしたが地面に何か落ちている事に気づく。
「・・・あらあら」
浦美は、拾った財布を届けようと智也を追いかけた。背中に追いつくと、財布を掲げて声を掛ける。
「落とし物よ?」
差し出したが、智也は受け取ろうとしない。
「その財布、斉藤庄司に渡して貰えませんか」
「あら、どうして?」
「中に、嘘の住所を書いたメンバーカードが入ってます」
「成程、それで確かめるのね。でも私が普通に貴方の財布を届けに行く事は考えなかったのかしら?」
「僕の中で貴方は白確定って安心できるじゃないっすか」
浦美の眉が片方吊り上がる。
「まぁいいわ。許してあげる。私も試そうとしたのは少し感に触るけど、いい案ね」
「あいつに、事件を追っている奴が居る事と、その財布について話を持ち掛けて下さい。今日にももし、そいつが住所に書かれた場所に来たのなら、あいつが事件に関与している事は明白でしょ」
病院に向かって、庄司の病室で、智也という少年の出会いを面白おかしく脚色して庄司に言い聞かせた。余り愉快な顔をしていないが、その少年に興味があるようでもある。
「全く、僕が子供を殺した殺人犯だなんて酷い言い掛かりだね」
「でしょ?財布落としちゃうくらいだから、結構間の抜けた人なのよ」
「へぇ、どんな財布?」
「返さなきゃいけないし面倒ったらないわ」
そう言って、茶色い二つ折り財布を
庄司に手渡すと財布の中にある物を物色し始める。
「お金は入ってないんだね」
「そうよ。入ってなかったの」
「ふーん、メンバーズカードが色々入ってるなぁ」
その中の、服飾のブランドショプのメンバーズカードに目を引いた。律儀に彼はそのカードに住所と名前を記載している。庄司は何か思いついたかのように告げた。
「ああ!そういえばこいつ知ってる!!昔の知り合いなんだ」
「そうなの?」
「うん、何なら僕があいつに連絡して渡しておくよ」
「助かったわ、ありがとう庄司君!!」
「いや、そんな大した事じゃないよ」
経緯を説明されると、令二は化け物の行動に納得がいく。化け物の正体は一人の少年から生まれた殺人願望である事、病院に居る少年が浦美から渡された財布の持ち主・・・化け物と子供を殺した者を追っている者の所へ向かっている可能性。
そしてその少年が住所へと動く事は、化け物と正体を明確する事になる。
「どうあれ、これで時間が稼げるな」
令二は上空から化け物を監視しつつ、安堵の声を漏らした。
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