悪役令嬢をプロデュースして、お礼に最高の玉の輿を紹介してもらいますわ

ちゅんりー

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
翌朝、私は学園の廊下でセシリア様を待ち伏せしていました。

昨日のクロード様との遭遇には肝が冷えましたが、今の私には立ち止まっている暇などありません。

「おはようございます、セシリア様! 今日もバラのように美しく、そして金貨のように輝いていらっしゃいますわ!」

「……朝からうるさいわね、ルミエル。それに、その例えはどうかと思うわよ」

登校してきたセシリア様は、相変わらず取り巻きを寄せ付けない冷徹なオーラを放っています。

ですが、私にはわかります。彼女のその険しい表情は、単に「どう振る舞えばいいか分からず緊張しているだけ」なのです。

「さて、セシリア様。昨日の約束は覚えていらっしゃいますわね? 今日から貴女は『微笑みの公爵令嬢』として生まれ変わるのです」

私は彼女を廊下の端へと連れ込み、手鏡を突き出しました。

「さあ、笑って! 口角を上げて、目は三日月のように! 獲物を狙う鷹のような目は厳禁ですわ!」

「こ、こうかしら……?」

セシリア様がぎこちなく口端を上げました。

「……ひっ! 怖いですわ! それでは『毒を盛る直前の暗殺者』です! もっとこう、ふわっと! 焼きたてのパンのような柔らかさを意識してください!」

「注文が多いわね! 私は今まで、媚びを売るような笑い方なんて教わってこなかったのよ!」

「媚びではありません、戦略ですわ! さあ、あそこにちょうどいいターゲット……いえ、生徒が歩いてきます。彼に向かって挨拶を!」

角から曲がってきたのは、教科書を抱えた気弱そうな下級生の男子生徒でした。

セシリア様は私の視線に促され、覚悟を決めたように一歩前へ出ました。

「……ご、ごきげんよう。良い朝ね」

セシリア様が、顔を引きつらせながらも必死に微笑みを浮かべました。

男子生徒は一瞬、石像のように固まりました。

「ひ、ひいいいっ! 申し訳ありません、セシリア様! すぐにそこをどきます! 命だけは助けてください!」

「ちょっと待ちなさい! 私はただ挨拶を……!」

「ひいいいいっ!」

男子生徒は脱兎のごとく逃げ去っていきました。

廊下には、差し伸べられたセシリア様の正拳突きのような手だけが虚しく残されました。

「……ルミエル。今のは、私の微笑みが完璧すぎて、彼が恐れ多くて逃げ出したということでいいかしら?」

「いいえ、完全に『命の危機』を感じていらっしゃいましたわ。セシリア様、貴女の笑顔にはまだ殺気が混じっています」

私は深いため息をつき、彼女の肩を叩きました。

「毒舌を封印するのは当然として、まずはその『威圧感』を削ぎ落とす必要がありますわね。そうだ、何か可愛いものを思い浮かべてください。子犬とか、子猫とか、ふわふわしたお菓子とか」

「可愛いもの……。……エドワード様の、幼い頃の写真かしら」

「重いですわ。もっとこう、普遍的な可愛さを求めてください。……あ、あそこにいる特待生の女の子はどうです? 彼女、いつもニコニコしていて評判が良いですわよ」

指差した先には、数人の令嬢に囲まれて楽しそうに笑う、庶民出身の特待生マリアさんの姿がありました。

「……ふん。あんな、誰にでもヘラヘラと笑いかけるような下品な真似、私にできるわけないじゃない」

セシリア様が、分かりやすくツンと横を向きました。

ですが、その視線はどこか羨ましそうにマリアさんを追っています。

「セシリア様。あのマリアさんこそが、今エドワード様が最も注目している『癒やし系』の象徴ですのよ。彼女の真似ができれば、王子の心を取り戻すのは容易いですわ」

「なっ……! あの子が、殿下の好みなの!?」

「ええ。殿下は今、刺激の強いスパイス(セシリア様)よりも、優しいミルクティー(マリアさん)を求めていらっしゃるのです。ならば、貴女が『ロイヤルミルクティー』になれば良いだけのこと!」

「ロイヤルミルクティー……。……わかったわ。やってみる。私は公爵令嬢だもの、できないことなんてないはずよ!」

セシリア様は、妙な対抗心を燃やして拳を握りました。

これですわ。この扱いやすさ。これこそが私の金脈!

「その意気ですわ! では次のステップ。次はマリアさんに、自分から声をかけに行きましょう!」

「はあ!? 私が、あんな平民に!? 断るわ!」

「ダメですわ! 『貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)』を拡大解釈してください! 身分の低い者に、慈悲深い笑みと声をかけてやる……これも立派な高貴さの証明ですわ!」

「……そうね。私が彼女に声をかけるのは、一種の慈善事業だと思えばいいのね?」

「その通りです! さあ、行ってらっしゃい!」

私はセシリア様の背中を力いっぱい押しました。

セシリア様はよろけながらも、マリアさんたちの輪へと突き進んでいきます。

「(ふふふ……。これでセシリア様が『聖女』として覚醒すれば、私の玉の輿ルートは盤石。……あ、ついでにマリアさんの周囲にいる金持ちの取り巻きもチェックしておかなくては)」

私は柱の影から、ノートを取り出して「独身・資産家・性格は不問」のリストを作成し始めました。

しかし、現実はそう甘くはありません。

マリアさんの前に立ったセシリア様は、あまりの緊張からか、昨日よりもさらに険しい形相になっていました。

「……ちょっと、貴女」

低く、地を這うような声。

マリアさんとその友人たちは、一瞬で顔を真っ青にしました。

「せ、セシリア様……! 何か、お気に召さないことでも……?」

「……いいえ。貴女、その……。……今日の髪型、マシじゃない」

「……えっ?」

マリアさんが目を丸くしました。

セシリア様は顔を真っ赤にし、そっぽを向きながら、絞り出すように続けました。

「褒めてあげたのよ! 感謝しなさい! べ、別に、貴女の笑顔を研究しに来たわけじゃないんだからね!」

そう叫ぶなり、セシリア様はこちらへ向かって猛ダッシュで戻ってきました。

「ルミエル! もう限界よ! 私、あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだわ!」

私の胸ぐらを掴んで揺さぶるセシリア様。

ですが、私は見ていました。

言われたマリアさんが、困惑しながらも「……ありがとうございます、セシリア様」と、少しだけ嬉しそうに微笑んだのを。

「セシリア様、大成功ですわ! 貴女の今の態度は、いわゆる『ツンデレ』という、一部の層に熱狂的に支持される高度な技術ですわ!」

「つんでれ……? よくわからないけれど、褒められているのね?」

「ええ、最高ですわ! この調子で、どんどん毒をデレに変換していきましょう!」

私は確信しました。

この調子なら、卒業式までに彼女を「愛される公爵令嬢」に仕立て上げられる。

そして私は、その功績によって、最高の金持ち旦那様を手に入れることができるのです。

……と、その時。

「……面白い見世物だったな」

聞き覚えのある冷ややかな声が、頭上から降ってきました。

見上げると、テラスの二階から、クロード様がこちらを冷たく見下ろしていました。

「(げっ! また宰相閣下!?)」

「ルミエル・ダントン。君は公爵令嬢を、一体何に改造するつもりだ? 昨日の詐欺師から、今日は猛獣使いになったのか?」

「……し、失礼な。私はただ、友情を育んでいるだけですわ、閣下」

私は精一杯の淑女スマイルを浮かべましたが、クロード様の鋭い眼光は、私の「下心」を完璧にロックオンしていました。

「まあいい。……セシリア嬢。今の貴女は、以前よりはマシな顔をしている。精々、その男爵令嬢に騙されないように気をつけることだ」

クロード様はそう言い残し、翻したマントの隙間から、宝石のような輝きを放つ懐中時計をチラつかせて去っていきました。

「(……あの時計だけでも、我が家の領地が買えそうですわね)」

私は去りゆく彼の背中に、熱烈な視線(という名の金銭欲)を送るのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います

織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。 目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。 まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。 再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。 ――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。 限られた6年の中で、セレノアは動き出す。 愛する家族を守るため、未来を変えるために。 そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。

処理中です...