悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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翌朝。
リリアンナは日の出とともに森を出発した。

昨夜のルーカスの襲撃(とキス)のせいで、睡眠不足の頭がズキズキと痛む。

「あの男、絶対に許しません……!」

愛馬ユキチの手綱を握りながら、彼女は悪態をついた。

「私の完璧な逃亡計画を『鬼ごっこ』呼ばわりして、あまつさえ余裕を見せつけるなんて。これはもはや戦争です」

リリアンナは闘志を燃やす。
相手が国家権力なら、こちらはゲリラ戦術だ。
目指す隣国の国境までは、あと馬で二日ほどの距離。
山を越えれば、宰相の手もそう簡単には届かないはずだ。

「さあユキチ、急ぎますよ! 追加のニンジン代は弾みますからね!」

馬腹を蹴り、街道を駆け抜ける。
風を切り、景色が後ろへと流れていく。

順調だ。
このまま行けば、今日中には山岳地帯の入り口に到達できる。

……そう思っていた、その時だった。

ドシ、ドシ、ドシ、ドシ。

背後から、奇妙な地響きが聞こえてきた。

蹄の音ではない。
もっと重く、それでいてリズムの速い、何かが地面を叩く音だ。

「……なんでしょう? 地崩れ?」

リリアンナは振り返った。
そして、我が目を疑った。

遥か後方の砂煙の向こうから、何かが猛スピードで迫ってくる。
馬ではない。
馬車でもない。

ドレスの裾をまくり上げ、全力疾走している「人間の少女」だ。

「は……?」

リリアンナの思考が停止する。

少女の足が速すぎる。
全力疾走している馬(ユキチ)と、ほぼ同等の速度が出ていた。
いや、むしろ徐々に距離が縮まっている。

「待ってくださいぃぃぃぃぃッ!! ししょおおおおおッ!!」

聞き覚えのある、可憐なハイトーンボイス。
そして、風圧でめくれ上がったスカートの下に見える、鍛え抜かれたふくらはぎ。

「み、ミナ様!?」

「見つけましたぁぁぁ! ハァ、ハァ、やっと追いつきましたぁぁ!!」

「追いつく!? 自分の足で!?」

リリアンナは恐怖で手綱を引き絞りそうになったが、逆にムチを入れた。
逃げなければ。
あれは人間ではない。魔獣の一種だ。

「止まってください師匠! お話があります!」

「嫌です! 貴女とお話しすることは何もありません!」

「そんな! 私、感動したんです! あの夜会の時の、師匠の動き!」

ミナは走りながら(しかも笑顔で)叫ぶ。

「ドレスを一瞬で脱ぎ捨てる際の、広背筋の収縮! そして窓から飛び降りる時の着地姿勢! あれぞ私が求めていた『実戦的筋肉(マッスル)』の極地!」

「筋肉の話はやめてください!」

「お願いです! 私を弟子にしてください! あの『早着替え』の極意をご教授いただきたいのです!」

「どんなお願いですか!」

リリアンナは叫び返すが、ミナは止まらない。
むしろ加速している。

(なんなんですか、このヒロインは! 原作小説の設定資料には『か弱き守られ系女子』と書いてあったはずですけど!?)

リリアンナは混乱した。
そう、ミナは本来、王子に守られるべき存在だ。
それがなぜ、馬と並走しているのか。

「師匠! 前! 前を見てください!」

「え?」

ミナの叫び声に、リリアンナは慌てて前方を向いた。
そこには、昨夜の嵐で倒れたらしい巨大な倒木が、道を完全に塞いでいた。

「しまっ……!」

馬の速度が出ていすぎる。
急停止は間に合わない。
飛び越えるには高さがありすぎる。

(ぶつかる……!)

リリアンナが衝撃に備えて身を硬くした瞬間。

「フンッ!!」

横から風が吹いた。
ミナだ。
彼女はさらに加速して馬を追い抜き、倒木の前に滑り込んだ。

そして、細腕を大きく振りかぶり──。

「どいてくださぁぁぁぁいッ!!」

ドガァァァァン!!

轟音と共に、太さ一メートルはある巨木が宙を舞った。
ミナが素手でアッパーカットを放ち、木を物理的に吹き飛ばしたのだ。

「……はい?」

リリアンナとユキチ(馬)は、呆然と口を開けたまま、その下を通り抜けた。
宙を舞った丸太が、背後の地面にズシンと落ちる。

リリアンナは馬を止め、振り返った。
そこには、土煙の中で「えへへ」と照れ笑いをするミナの姿があった。

「ま、間に合いましたね! ナイスマッスルでした!」

「……ミナ様」

「はい! なんでしょう師匠!」

「貴女、男爵令嬢ですよね?」

「はい!」

「ゴリラの化身とかではないですよね?」

「はい! 純度100パーセントの人間です!」

ミナは無垢な瞳で言い切った。
リリアンナはこめかみを押さえる。
頭が痛い。ルーカスの時とはまた違った種類の頭痛だ。

「……それで? わざわざここまで走ってきて、私に弟子入りしたいと?」

「はい! 王城での師匠の動きを見て、ビビッときたんです。あの方こそ、私の理想とする『しなやかで強い筋肉』の持ち主だと!」

「筋肉はありません。ただの貴族のたしなみです」

「ご謙遜を! あんなに見事な足払いや、ドレスの脱ぎ捨ては、一朝一夕ではできません!」

ミナは目をキラキラさせて詰め寄ってくる。

「王子様との婚約より、今は師匠との修行の方が大事なんです! だから追いかけてきちゃいました!」

「王子はどうしたんですか……」

「『ミナ、どこへ行くんだい?』と聞かれたので、『ちょっと山へ修行に』と言って、ボディブローで気絶させてきました!」

「王族傷害罪!!」

リリアンナは戦慄した。
このヒロイン、悪役令嬢より凶悪である。

「お願いします師匠! 旅のお供をさせてください! 荷物持ちでも、用心棒でも、岩砕きでも何でもしますから!」

リリアンナは断ろうとした。
一人旅の方が気楽だし、コストもかからない。
しかし、目の前の光景を思い出す。

巨木を一撃で粉砕する腕力。
馬と並走する脚力。
そして何より、この単純そうな(失礼)性格。

(……待てよ?)

リリアンナの脳内で、そろばんが弾かれた。

追っ手はルーカスだ。魔法を使うし、頭も切れる。
私一人では、物理的なトラブル(魔獣や盗賊)に対処しきれない場面も出てくるだろう。
そんな時、この『人間投石機』のような少女がいれば……。

(盾……いえ、優秀な護衛として使えるのでは?)

しかも、「弟子」という名目なら、給料を払う必要がない。
むしろ授業料(指導料)を取れるかもしれない。

リリアンナの表情が、スッと「悪徳商人」のものに変わった。

「……ふう。わかりました。そこまでの熱意があるなら、無碍にはできませんね」

「本当ですか!?」

「ええ。ただし、私の旅は過酷ですよ? 野宿は当たり前、食事は干し肉のみ。追っ手もかかります」

「望むところです! 負荷が高ければ高いほど、筋肉は喜びます!」

「(会話が通じない……)あと、授業料として、道中の障害物排除と、荷物持ちをお願いしますね」

「はい! 喜んで!」

ミナは満面の笑みで敬礼した。
こうして、リリアンナの逃避行に、最強にして最凶のオプションパーツ(ヒロイン)が加わったのである。

「では行きますよ、ミナ。まずはあの馬車を持ち上げ……いえ、なんでもありません」

「はい、師匠! どこまでもついて行きます!」

リリアンナは馬を進める。
その横を、ミナが軽快なフットワークで走り始めた。

「……ねえミナ様。馬に乗ります?」

「いえ! 有酸素運動になりますのでお気になさらず!」

「そうですか……」

リリアンナは遠い目をした。
ルーカスに居場所がバレている上に、ゴリラ系ヒロインが仲間になった。
スローライフへの道のりは、どんどんカオスな方向へとねじ曲がっていく。

(でもまあ、戦力増強は事実。使えるものは使い倒してやりましょう)

リリアンナは前を向く。
新たな「契約」を結んだ二人の背中を、森の鳥たちが呆れたように見送っていた。
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