悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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「……詰みましたわね」

リリアンナは、目の前にそびえ立つ巨大な石造りの門を見上げて呟いた。

そこは隣国へと続く唯一の街道、国境関所『鉄壁の門』である。

普段であれば、交易商人や旅人で行き交う場所だ。

だが今は、重厚な鉄格子が固く閉ざされ、蟻一匹通さない完全封鎖の構えを見せている。

門の前には、煌びやかな鎧に身を包んだ王宮騎士団がズラリと整列していた。

「な、なんですかあの数は! 戦争でも始まるんですか!?」

隣でミナが目を丸くしている。

リリアンナは深く溜息をつき、騎士団の中央に掲げられた『横断幕』を指差した。

そこには、達筆な文字でこう書かれている。

『リリアンナ嬢、帰還歓迎キャンペーン実施中(特別ボーナスあり)』

「……あの男、公私混同にも程がありますわ」

リリアンナはこめかみに青筋を浮かべた。

国境封鎖。

一人の令嬢を捕まえるためだけに、国家の流通を止める暴挙。

宰相ルーカス・フォン・グランツの権力と執着心は、彼女の想像を遥かに超えていた。

「どうしましょう師匠。正面突破しますか? 私、あの鉄格子なら素手で曲げられる自信があります!」

ミナが腕まくりをし、上腕二頭筋をパチパチと叩く。

「待ちなさい。あれだけの数の騎士です。いくら貴女がゴリ……いえ、怪力でも、多勢に無勢です。それに、騎士を傷つければ国際問題になります」

「じゃあ、全員気絶させるくらいの手加減で?」

「それもダメです。捕まれば即、王都へ強制送還。私のスローライフ計画が水泡に帰します」

リリアンナは頭をフル回転させた。

賄賂は通じないだろう。相手は宰相直属の精鋭だ。

変装もバレている。

ならば、どうするか。

その時、門の上の監視塔から、拡声魔法を使った大声が響いた。

『告ぐ! そこの怪しい二人組! 直ちに停止し、武装解除せよ! なお、金髪の女性には宰相閣下より伝言がある!』

騎士の一人が叫ぶ。

『伝言読み上げ! ──「やあリリアンナ。そこまで来た努力は認めよう。だが、ここが終着点だ。大人しく投降すれば、君の好きな限定スイーツ一年分を支給する。あ、隣の筋肉娘にはプロテインをやろう」──以上だ!』

「プロテイン……!」

ミナの目の色が変わった。

「師匠! あの方、私のニーズを完全に把握しています! 悪い人じゃないかもしれません!」

「餌付けされないでください! あれは罠です、甘い蜜の中に劇薬が入っているタイプの罠です!」

リリアンナはミナの襟首を掴んで引き戻す。

しかし、状況は悪化する一方だ。

騎士たちがじりじりと包囲網を狭めてくる。

「くっ……万事休す、ですか」

リリアンナが唇を噛んだ瞬間。

彼女の脳裏に、ある「計算式」が閃いた。

国境の壁の高さは、およそ十メートル。

騎士たちは地上の守りを固めているが、空への警戒は薄い。

そして自分の隣には、常識外れの出力を持つ『人間投石機』がいる。

「……ミナ。貴女、私に弟子入りしたいと言いましたね?」

「はい! もちろんです!」

「では、最初の試験を与えます」

リリアンナは愛馬ユキチから飛び降りると、ミナに向き直った。

「私とこの馬を、壁の向こうへ飛ばしなさい」

「……はい?」

さすがのミナも、きょとんとした顔をする。

「と、飛ばす? 師匠と、お馬さんをですか?」

「ええ。貴女のその筋肉があれば可能でしょう? 物理演算の結果、貴女の背筋力とスクワットのバネを利用すれば、質量二百キロの物体でも放物線を描いて壁を越えるはずです」

「は、はい! 理屈はわかりませんが、やれと言われればやります! 筋肉は不可能を可能にしますから!」

ミナは即答し、ユキチの腹の下に潜り込んだ。

「ちょ、ちょっと待って!? ヒヒーン!?」

ユキチが恐怖で嘶く。

しかしミナは「フンッ!」と気合一閃、馬ごとリリアンナを肩に担ぎ上げた。

「軽い! 羽のようです!」

「よろしい。では、あの岩場を助走台にして、角度四十五度で射出してください。着地は私の風魔法で制御します」

「ラジャー!」

騎士たちがざわめき始める。

「お、おい! あいつら何をしているんだ?」

「馬を……担いでいるのか!?」

「止めろ! 何か危険なことをする気だ!」

騎士団長が抜剣し、号令をかける。

だが、遅い。

ミナの足には、すでに爆発的なエネルギーが充填されていた。

「行きますよ師匠! 筋肉発射台(マッスル・カタパルト)、装填完了!」

「カウントダウン! 3、2、1……発射(ローンチ)!!」

ドォォォォォォン!!

地面が爆ぜた。

ミナの脚力が大地を蹴り砕き、その反動でリリアンナとユキチが空へと打ち出される。

「ひゃっはぁぁぁぁぁぁ!!」

リリアンナは空中で叫んだ。

恐怖ではない。

眼下に広がる騎士たちの、ポカンと口を開けた間抜けな顔があまりに愉快だったからだ。

体はぐんぐんと上昇し、十メートルの壁を軽々と越えていく。

「見なさいルーカス! これが貴方の計算に含まれていなかった『筋肉』という変数ですわ!」

放物線の頂点で、リリアンナは王都の方角へ向かって中指を……立てるのは淑女として控えたが、渾身の「アッカンベー」を贈った。

そして、国境の向こう側。

重力に従って落下が始まる。

「ウィンド・クッション!」

リリアンナは即座に魔法を展開した。

攻撃魔法は苦手だが、自分を守るための防御魔法や緩衝魔法は、悪役令嬢としての護身術で叩き込んである。

ふわり。

風の塊が馬体を包み込み、リリアンナたちは綿毛のように優しく地面に着地した。

そこは、隣国の緩衝地帯。

緑豊かな草原が広がる、自由の大地だ。

「……せ、成功、しました……?」

ユキチが腰を抜かしてへたり込む中、リリアンナは震える足で立ち上がった。

壁の向こうから、ドシン! という重い着地音が聞こえる。

続いて、壁をよじ登ってきたミナが、笑顔で飛び降りてきた。

「師匠ー! ナイスフライトでしたー!」

「……貴女、壁も登れるんですね」

「はい! 指懸垂の要領で!」

リリアンナは呆れを通り越して感動すら覚えた。

この弟子、使える。

「よくやりました、ミナ。合格です」

「本当ですか!?」

「ええ。今日から貴女は正式に私の一番弟子です。ついでに荷物持ち兼、移動手段(カタパルト)として認定します」

「光栄です! 一生ついていきます!」

二人はガッチリと握手を交わした。

壁の向こうでは、騎士たちが大混乱に陥っているのが気配でわかる。

リリアンナはニヤリと笑った。

これで追っ手を撒いた。

国境を越えてしまえば、こちらのものだ。

「さあ、行きましょう。目指すは地図の端、辺境の村『エデン』。私の理想郷(スローライフ)はもうすぐそこです!」

「はい! ランニングで行きますか? それとも馬車を引きますか?」

「……普通に歩きましょう」

リリアンナはユキチの手綱を取り、歩き出した。

その足取りは軽い。

ついに、彼女は逃げ切ったのだ。

……その頃。

王都の宰相執務室。

水晶玉の映像を通じて、一部始終を見ていたルーカスは、机に突っ伏して震えていた。

「くっ……くくく……」

「……閣下? 大丈夫ですか?」

側近が恐る恐る声をかける。

ルーカスは顔を上げると、涙が出るほど笑っていた。

「いやあ、参った。まさか『人間大砲』で国境を越えるとはね。僕の予想の斜め上を行き過ぎだよ、彼女は」

彼は目尻の涙を拭い、愛おしそうに水晶の中のリリアンナ(のアッカンベー顔)を撫でた。

「いいだろう。今回は君の勝ちだ、リリアンナ」

ルーカスは椅子に深くもたれかかる。

「しばらくは泳がせてあげよう。君がその『理想郷』とやらで、どれだけ退屈せずにいられるか……見ものだからね」

彼は指先でパチンと音を鳴らす。

「ただし、僕の目は常に君のそばにある。──楽しんでおいで、僕の可愛い奥様(予定)」

逃げ切ったと確信して歓喜するリリアンナ。

だが、その背中には見えない「蜘蛛の糸」が、まだしっかりと繋がっていたのである。

こうして、第一部『王都脱出編』は、物理法則を無視した大ジャンプによって幕を閉じた。

次なる舞台は、憧れの田舎暮らし。

しかし、元悪役令嬢と筋肉ヒロインが住み着く村が、ただの平和な村で終わるはずがなかった。
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